移民の少年(5)
茉莉香は、移民の少年──コーンと共に、保険衛生センターに来ていた。コーンのESPチェックをするためだ。
『脳科学研究室』の武田室長は、コーンを検査室に呼ぶと、前回に茉莉香が着けたのと同じようなゴーグルと、赤銅色のメタルバンドを取り出した。
「さぁて、コーンくん、……と言ったかな。君には、このゴーグルをかけてもらう。それから、このESP制御バンドをつけてもらうよ。んーと、そうさなぁ。これは、左腕にでも巻いておこうかのぅ」
武田室長は、コーンがゴーグルをかけるのを見ながら、何度も頷いていた。
「よし、次はコードを繋ぐぞ。じっとしてるようにな。……よし、これでオーケイ。苦しくはないかね?」
「ノープロブレム、ダイジョブです。でも、これかけたら、何も見えなくなった」
コーンは、そう言って首を傾げたりしていた。
武田さんは、異様な計測機械にコードを繋ぐと、端末を操作し始めた。
「今から、いくつかの数字を見せるよ。見えた数字のナンバーを教えてくれないかな」
すると、コーンは、
「オーケイ。アンダスタン」
と答えた。
「では、始めるよ。これは」
と、聞かれたコーンは、
「ノー、真っ暗。何も見えない」
と、答えた。すると、武田室長は、
「よしよし、では今度はどうじゃ?」
と、言った。
「あ、何か見えた。し、シックス」
「6かね。オーケイオーケイ。じゃぁ次は?」
「ワン」
という調子で、コーンのESP検査が進んでいった。
「さぁて、これで一旦終了かな。ゴーグルを取って良いぞ、少年」
武田室長はそう言うと、コーンからゴーグルを受け取った。
「この赤っぽいバンド、取れなくなった」
コーンは、茉莉香が首に巻いているのと同じメタルバンドが、彼の左手首から取れなくなって、慌てていた。
「なぁに、心配することじゃない。それはな、少年の超能力を制御するもんじゃ。害は無いから大丈夫だぞ。ほれ、嬢ちゃんとお揃いじゃろ」
室長は、呑気にそんな事をコーンに答えた。
「おそろい、マリカと。……ちょと、ウレシイ」
コーンもそれに乗せられて、メタルバンドを気に入ってしまったようだ。
「それじゃぁ、次の検査するぞ。少年よ、こっちの部屋へ来てくれたまえ」
彼はそう言って、コーンを隣の部屋へ連れて行った。
「テレポーターは珍しいんでの。しばらく使っとらんかったが……まぁ、大丈夫じゃろう」
と、少し不安になるような事をぶつくさ言っていた。
「大丈夫かな? コーン、怖くない?」
茉莉香は、コーンに連れ添って、そう訊いた。
「ボク、ちょと、ドキドキ。でも、ノープロブレム。ダイジョブ」
コーンは、少し額に汗をかいていたが、落ち着いているように見えた。
次にコーンが通された部屋も、よく分からない装置やケーブルで埋まっていた。
「よし、少年、覚悟はいいか? なぁに、とって喰うとかせんから、安心しろ。ほら、こっちこんかい」
室長の言葉に、コーンはおずおずと部屋の中に入った。続けて、茉莉香達母娘も入る。
「ふふふ。少年よ、覚悟はよいか」
「室長、馬鹿なこと言ってないで、さっさと始めてください」
看護師に指摘されて、ちょっと不満そうになった武田室長は、ブツブツ言いながらも機械をいじっていた。
「よし、では少年よ、この椅子に座るのじゃ」
と、コーンを部屋の中央に導くと、何の変哲もないパイプ椅子に座らせた。
「では、始めるぞ。少年よ、移民街区からテレポートしたそうだが、それをもう一度やってくれ」
と、武田室長は、唐突にそう言った。コーンは、
「分からない。ボク、どうやった、記憶、無い。ただ、願っただけ」
武田室長は腕を組んで考え込むと、機器群の中から、ヘッドフォンのような物を取り出した。そして、それをコーンに身に付けさせた。
「ちょっと苦しくなると思うが、これでどうかな。少年よ、やってみよ」
と、またもや無理難題を言い始めた。
そして、室長が何かコンソールを操作し始めると、コーンは途端に苦しみ始めた。
「わ、わぁぁぁぁ」
コーンの悲鳴が室内に響いた。それを見た茉莉香は、
「何してるのよ。苦しんでんじゃない!」
と、室長に、抗議を始めた。それを全く気にもせず、検査は続行された。
我慢できなくなった茉莉香は、コーンに近づいて、ヘッドホンを引き剥がそうとした。まさにその瞬間、コーンの姿が<フッ>と消えた。
茉莉香が「あっ」と思った瞬間、すぐに部屋の壁際にコーンは現れた。
「お、瞬間移動したぞ」
武田室長は、歓声を挙げた。
「なにが、「瞬間移動したぞ」ですか! 苦しんでんじゃない!」
茉莉香は、室長に喰ってかかった。そして、苦しんでいるコーンに駆け寄ると、
「コーン、大丈夫? どこも、怪我とか無い?」
少女は、コーンの背中をさすりながら、そう訊いた。
「ま、マリカ。ボク、だいじょぶ。どこも、ケガ、ない」
彼はそう言ったが、全身に脂汗をかいていた。
「おい、そこの少年、大丈夫か」
武田室長は、ニヤニヤしながら二人に近づいてきた。
「大丈夫じゃないに決まってんじゃない! 見ていて分からないの」
茉莉香は、強く抗議した。しかし、室長は呑気に手に持った小型端末の画面を色々と眺めているだけであった。
「まあ、いいじゃないか。これで、彼がテレポーターであることは証明された。では、ちょっと設定を元に戻すぞ」
武田室長は、そう言いながらコーンの左手に触れようとした。しかし、茉莉香はそれを振り払った。
「何しようとしてるんですか。もう、変なことしないで下さい」
それに対して室長は、
「そう怒らんでいいじゃないか。設定を変えるだけじゃ。これをしないと、今度はどこにテレポートしてしまうか分からんぞ。いきなり、宇宙船の外に出ちまったら、一瞬で窒息・凍死じゃな。怖いじゃろ。な、お嬢ちゃん」
室長の言葉に、茉莉香は不承ぶしょうではあるが、彼をコーンに触らせた。
彼は、コーンの左手のメタルバンドに、手に持った端末からコードを繋ぐと、再び端末をいじり始めた。しばらくすると、設定が完了したのか、メタルバンドからコードを外した。
「ハイ、これで完了。もう休んで良いぞ」
飄々と言う室長に、茉莉香は「あっかんべー」をすると、コーンの額の汗を拭いていた。
しばらくして、皆が落ち着くと、武田室長は次のように言った。
「この少年のESPじゃが、テレパシーが少しと、テレポート能力を持っている事が分かった。今は制御バンドのお陰で、これらの能力を、おおっぴらには使えないようにしてある。これで納得したかな」
武田室長は、そうまとめた。
そこに、茉莉香の母が、心配そうに声をかけた。
「あのう。それで、この少年は、今後どのような扱いになるのでしょうか?」
一泊とはいえ、移民を家に泊めたのだ。関わってしまった以上、彼を無視することは出来ない。行き場のない少年を保護した当人としては、気がかりなことだろう。
「ああ〜っと、奥さん。心配いりませんよ。テレパスとしては、相手が敵か味方かを雰囲気で読み取るくらいで、とてもパイロットになれるようなものじゃない。テレポートについては、見た通りです。まぁ、勝手に船内を移動されても困るので、制御バンドで使えないようにしてあるのです」
と、解説をされた。
しかし、その返事に納得しない由梨香は、
「それは分かりました。それより、この少年は、この後どういう処遇となるのでしょう。私達で保護しないと、いけないのでしょうか?」
と、不安そうに尋ねた。
「そうさなぁ、女所帯に男の子が入るのもなぁ。まぁ、心配しなさんな。この少年はうちで保護するよ」
それを聞いてホッとしたのか、茉莉香の母は、胸をなでおろした。しかし、茉莉香にとっては、不満のようだった。
「それじゃぁ、コーンと離ればなれになるの? もしかして、コーンを実験材料にするんじゃないでしょうね」
と、激しい口調で、室長に迫った。
「大丈夫じゃよ、お嬢ちゃん。まぁ、最初は掃除とかの手伝いをさせるつもりだから。それで、この少年にも仕事が出来る。仕事をすれば、お金が入る。お金が入れば、自立できる。つまり、自分で部屋を借りて、生活することが出来るんじゃ。な、それでいいじゃろう」
と、室長はニヤニヤしながら言った。
「ホント? じゃぁ、ここに来れば、コーンに会えるんだ」
「ま、そゆことかな。安心したかい、お嬢ちゃん」
「うん」
これで、一件落着である。どのみち、茉莉香もこのGブロックへ引っ越さなくてはならないのだ。住むブロックが同じなら、会える確率も高くなる。
茉莉香はそう思うと、近く始まるパイロットの訓練も、苦にならないような気になっていた。




