表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/89

移民の少年(3)

 茉莉香(まりか)は、拾ってきた移民の少年──コーンと談笑していた、


 そして、夕方になって、母が帰宅した。

「あら、楽しそうね。茉莉香のお友達?」

 母──由梨香(ゆりか)は、テーブルの前に座っているコーンに声をかけた。

「コーンって言うのよ。コーン、こっちは、あたしのお母さん」

 と、茉莉香は彼を紹介した。

「そう、コーンて言うの。凄いハンサムさんね。ひょっとして、茉莉香の彼氏?」

 母は、少しニヤニヤしながら、そう尋ねた。

「えーと、今は分からないけど、彼氏になるかも知れない。コーンとは、今日知り合ったんだ」

 と、茉莉香は応えた。

「ボク、コーン、言います。ヨロシク、お願いします」

 コーンも、そう言って挨拶をした。

「はい、よろしくね。でも……、あまり見ない顔ねぇ。このブロックに、こんな子いたかしら?」

 と、母は首を傾げていた。

「実はね、お母さん。コーンは、道に迷って、このブロックに来たのよ。それを、あたしが家に連れてきたのよ。四日も食べてなかったんだって」

 と、茉莉香は説明した。できるだけ、『移民』と言う事には触れずに。

「まぁ、四日も食べてないなんて、大変だったわね。端末をどこかに落としたの。それなら、最寄りの総務局へ行けば、掌紋確認でスタンダードの端末が手に入るのに。知らなかった?」

「ボク、最外層から来た。ボクの掌紋、登録されていない。ボクのパスコード、ここの機械、受け付けてくれなかた」

 コーンが、こう答えると、

「ちょっと、コーン。そんな事まで話さなくっていいのよ」

 と、茉莉香が制した。しかし、母は、片言の日本語と最外層(・・・)から来たということに反応した。

「最外層って、……もしかして、あなた『移民』? いや、まさかねぇ。移民が、中層部のこのブロックまで入ってこれる訳はないし」

「あたり」

「え?」

 娘の一言に、母は最初、何のことか理解出来なかった。

「コーンはね、『移民』なの」

 少女の言葉に、母は難しい顔をすると、

「……ちょっ、えーっと。……よく聞き取れなかったんだけど。もしかして、『移民』って言った?」

「言った」

「『移民』て、あの『移民』よね。あーっと、お母さんの聴き違いでなければ、この子は『移民の子』って事?」

「そう。コーンは、移民なんだ。でも、ひどい目にあって、おじさんのところから逃げてきたのよ。お母さん、家においちゃダメ?」

 茉莉香は精一杯に深刻そうな顔をすると、母に訴えた。

 しかし由梨香は、複雑な顔になった。

「えーっとぉ、お母さんの知っている移民の人って、工場に赴任する技師さんだったり、子会社の重役さんだったりするんだけどぉ。コーンは、どこの家の子なの?」

 と、質問した。

「コーンはね、最外層のブロックから来たの。生活苦で、第七十七太陽系に行くの。お金持ちの移民じゃないわ」

 茉莉香から、この事を聞いた母は、一瞬固まってしまった。

「あーと、茉莉香……。確認するわね。この子は、コーンと言って、最外層の移民街区から迷ってきた。それを茉莉香が拾って家に連れてきた。これで、合ってるかしら」

 母は、一言ひとことを区切るようにして、尋ねた。

「そうなんだ。でも、ちゃんとお風呂に入れて、三回石鹸で洗わせたんだよ。着るものだって、お父さんのお古だから、今は汚くないよ」

 と、茉莉香は言ったが、母は一言こう言っただけだった。

「捨ててきなさい」

 予想したことと全く変わらない展開に、さすがの茉莉香も少し蒼い顔になった。

「あーと、やっぱ、そうだよね……」

「当たり前です。移民の子なんかを飼っておく余裕はありません」

「で、でもね。コーンはね、特別(・・)なのよ」

 茉莉香が反論するも、母は一方的だった。

「茉莉香、確かにこの子は、凄いハンサムくんだけれども、移民なのよ。扶養義務どころか、移民街区外への脱走者なのよ。報告こそすれ、家に置くなんて、以ての外です」

 母は、厳しい口調で言い切った。

「しかたがないわね。奥の手を出すか」

「何ですか、茉莉香」

「コーンはね、エスパー(・・・・)かも知れないの」

「え? えーと、何、それ」

 娘の発言に、母は困惑していた。

「コーンはね、おじさんから逃げたいって、強く願ったら、最外層からこの中層部のCブロックまでテレポートしたのよ。コーンのバーコードじゃぁ、エレベータも非常階段の扉も反応しないわ。テレポートじゃなければ、最外層からエレベータも階段も使わずに、ここまで来れるはずがないじゃない」

 それを聞いた由梨香は、天を仰いだ。

「ということは、その子は『移民』で『超能力者』って訳? もしそれが本当だとしたら、ずいぶんと厄介なことになるわねぇ」

 上を向いていた由梨香は、今度は俯向いて頭をかかえた。

「でも、四日間もこのブロックにいて、保安部に見つからないなんて想像できる? 普通の人間にできる事じゃないわ。きっと、テレポートの他に、ステルス能力もあるのよ」

 母は両腕を組むと、考え込んだ。


(私だって茉莉香だって、『移民』なんかとかかわり合いになんか、なりたくない。でも、『超能力者の移民』ならどうだろう……。当局に訴え出たらどうなるかしら。まず、軟禁状態でESP検査をされるわよね。それで、人体実験かESPエンジンの部品になるのが関の山だわ。可愛そうだとは思うけど、捨ててこさせるしかなさそうね)


 由梨香はそんな事を考えていた。移民船とは言っても、ギャラクシー77の乗組員にとって、移民など犬猫などの動物に等しい。いや、それ以下の、ただの積荷でしかない。安価な分譲のアパートでペットが禁止されているのと同じように、移民を飼っておく(・・・・・)なんて、論外だ。

「コーンはね、地球に居た時から貧乏で、いつもお腹を空かせてたの。宇宙船に乗ってからも、自分の取り分の食料を、おじさんに取り上げられて、やっぱりお腹を空かせているの。あたし、彼の背中を見たわ。もの凄く痩せていて、肋骨と背骨が浮き出してるのよ。それから、殴られたような痣もあったわ。このまま、最外層へ強制送還なんて、させられないわ」

 母は、娘を見つめると、

「まぁ、ねぇ……。さすがに、強制送還は、なさそうね。茉莉香の言う通り、この子が本当に超能力者だとしたらだけれど。きっと、保安部と保険衛生センターの監視下に置かれるでしょうね」

 と、溜息を吐くように、独り言ちた。

「それで、モルモットにされるんだ、きっと。ねぇ、お母さん、超能力者(エスパー)も移民も、同じ人間だよね。どうにかして、コーンを助けられないかしら」

 茉莉香は、母にそう訴えた。コーンは、それをきょとんとして聞いていた。そして、こんな事を言った。

「マリカ、アリガト。ボク、ここにいると、マリカ、迷惑かける。ボク、出て行く。これで、みんな、ハッピー」

 それを聞いた茉莉香は、激しい口調で怒った。

「バカ、コーン。そんなんで、ハッピーになんかなれるはずがないでしょう。あたしが……、あたしが、きっと何とかしてあげるから。だから、「出て行く」なんて言わないで!」

 それに対して、コーンはしょぼんとして、こう言った。

「ボク、移民の子。みんな、移民、嫌い。ボク、マリカのところ、いる。マリカにも、マリカのお母さんにも、迷惑かける。移民、嫌われてる。ボク、一緒にいる。マリカ達、嫌われる。良くない。だから、ボク、出てゆく」

 それを聞いた母──由梨香は、

「ふぅ、そんなの聞かされちゃぁ、こっちだって黙って追い出せないじゃない。……もう、仕方ないわね。今晩は泊めてあげます。その代わり、明日は、保険衛生センターへ連れて行くわよ。なにせ超能力者(・・・・)なんだから」

 と、やれやれといった調子で言った。そうして、

「やっぱり、私の娘ね。ホントに面食い(・・・)なんだから。じゃぁ、夕飯の支度をするわよ。四日も食べてないんだってね。なら、胃に優しくて、消化の良いものよね。お肉と野菜たっぷりのやわらか煮込みビーフシチューでいいかしら?」

「お母さん、ありがとう。やっぱりお母さんは、茉莉香のお母さんだよ。コーン、今夜はいっぱいお話しようね。地球の事を、いっぱい教えて。ねっ」

「分かた。ホクなんか、泊めてくれるお母さん、優しい人。サンクス。感謝。感謝です」


 そうして、その晩は、コーンを含め三人で夕食のテーブルを囲んだ。

「ホント、三人で食事をするなんて、何年ぶりかしら。まぁ、茉莉香は小さかったから覚えてないかも知れないけど」

 母は、昔を懐かしむようにそう言った。

「お父さんのこと? あたしは、ちょっとだけ覚えてるよ。間違った事が大嫌いで、弱い人には優しくて。あたしは、大好きだったよ」

「そうね。でも、こうと決めたら融通が効かなくって。それで、優秀な機関士だったのに、首になったのよ。あの頃は、喧嘩もよくしたけど……。今になって考えると、「どうしてもっと優しく出来なかったか」って、後悔することの方が多いわ」

 珍しく、今夜の母は饒舌だった。


「ボクのお父さん、お母さん、随分前に死んだ。ボク、おじさんのとこ、厄介、なってた。ボクのお父さん、強くて、優しかった。間違った事、大嫌い。だから、ボク、なるべく、迷惑ならないよう、してきた」

 コーンも、少しずつ自分の事を話し出した。

「小さい子やお年寄りから、食べ物盗る、その人お腹減る。良くない。だから、ボク、お腹減ってても、盗むしなかた。ボクのお父さん、生きてたら、きっと同じ事、言う。だから、ボク、我慢。でも、ボク、お腹減った。倒れた。マリカ、いないと、ボク、死んでた。マリカ、恩人。感謝です。感謝」


 それを聞いた、由梨香も、

「そうねぇ、茉莉香のお父さんが生きてたら、茉莉香と同じことをしたかもね。やっぱり、親子なのねぇ」

 と言って、遠い目をしていた。

「本当は私達も、移民の事を知っておいた方が、いいのかもね」


 そう言う母の目は、帰ってきたばかりの時とは、違って見えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ