第12話
本当に面白いことに誰一人として公園に現れることはなかった。双子である蒼大でさえも姿を消していた。もしかしたら蒼大がどうにかして人を遠ざけていたのかもしれない。
瓜二つの弟のために。
「悪かったな、巻き込んで」
「別に。私は蒼大の為にしたことですから」
これで蒼大も少しは気が休まっただろうか。それならいいのだが。けれど、蒼大の心配が解消されたことに喜ぶべきなのだろうが、私は不安が隠し切れなかった。
蒼大の姿がないのは、きっと侑大さんの涙を見ないためだと思う。そう思いたい。
未練が無くなったから、おじいちゃんのところにいったわけじゃないよね?
本当は侑大さんに挨拶して、早く家に戻りたい。だけど、不安定な侑大さんを置いて行くわけにもいかなかった。
「お前って、蒼大のなんなんだ?」
「恋人ですよ」
遠慮のない視線を感じる。
おかしな女だと思われているんだろう。そんなことは承知している。常識的に考えて、幽霊を恋人にする人間などいないのだから。
「おかしいですか?」
「おかしいだろ、どう考えても。本気で言ってるのか?」
「本気ですよ。でも、私たちにはタイムリミットがあるんです、悲しいことに」
でもそのタイムリミットはまだ始まったばかり。それよりもそんなことを無視して蒼大はいってしまったかもしれない。
「タイムリミット?」
「まぁ、良いじゃないですか。気が済んだなら行きましょう」
「行くってどこへ?」
「忘れたんですか? 侑大さんの犬預かって貰ってるんです。早くしなくちゃ怒られちゃうんですよ」
もうしばらくしたら加藤さんの夕食が始まってしまうし、そのあと寝るまでの時間はあまりにも短い。
「影があるんですねぇ」
夕日を背に侑大さんと並んで歩いていた時に私が零した言葉だ。
「は?」
「蒼大には影がないから」
蒼大は生きている人間と何ら変わらないように見える。けれど、唯一違うとしたら影がないところだろうか。
二人並んで歩いても影は一つしかない。蒼大と一緒に歩いているはずなのに、一人で歩いているような気がして悲しくなるのだ。
侑大さんの影は、私のより長くて、そんな些細なことが何だか嬉しかった。一人じゃないことが無性にうれしかった。
「辛いなら止めたらどうだ?」
「辛くなんてありませんよ。幸せです」
辛くないと言ったら、偽りになってしまうかもしれない。けれど、幸せだということは間違いのないことだ。
蒼大が傍にいるだけで、その姿を目にしているだけで私は幸せなのだ。
「でも、もしかしたら蒼大はもう行っちゃったかもしれませんね」
「行っちゃった?」
「天国ですよ。幽霊はこの世に未練がなくなるとあっちに行っちゃうんですよね? 今日、蒼大の未練はなくなったんですから。現に今蒼大の姿がありません」
蒼大の姿が見えないことが不安で不安で仕方なかった。自分の中で我慢しようと思っていたのに、ついに侑大さんに弱音を吐いてしまった。
「それがお前の言うタイムリミットか?」
「え? ああ、それは違います。二人で決めたことなんです。来年のお盆、おじいちゃんが帰って来た時にお別れするって。だから、私たちが一緒にいれるのはあと一年もないということです」
「そうか。……なあ、俺は思うんだけどな。今日解消されたのは蒼大が生前感じていた未練だろ? 蒼大は死んで、そのあとお前に会った。お前に会ったことでもう一つ未練が生まれたんじゃないか?」
「え?」
「え?って、お前だよお前。この世に未練が残ってる最大の要因はお前。俺たちのことよりお前のことの方が大事なんじゃないか? 蒼大にとっては初めての恋人なんだからな」
私……。
蒼大にとって私は未練と成り得るんだろうか。
「本人に確かめてみるんだな」
考え込んでしまった私に、そんな言葉を放り投げた。
蒼大は間違いなく優しい。侑大さんはぶっきらぼうに優しい。蒼大と違って喋り方も声も優しくないけれど、解りにくい優しさがそこここに含まれているのが解る。
侑大さんの顔を見た加藤さんは、何か言いたそうな顔で私を窺ったが、実際何かを口に出したわけではなかった。
侑大さんと私がお礼を言うと、面白くなさそうに頷いただけだった。私は知っている。その仕草が加藤さんの照れ隠しだということを。
「加藤さん、また明日来るね。おやすみなさい」
そう言った私に手だけ上げて答えた。この後早々に眠りにつくのだろう。
玄関の中に姿を消した加藤さんを見届けた後、侑大さんを見た。
「それじゃ、私はこれで」
軽く頭を下げた。うちと侑大さんの家は反対なのだ。
「おい。今度うちに遊びに来い」
「へ?」
「小さい頃の蒼大の写真たくさん見せてやる」
「えっ、本当ですかっ。私っ、蒼大の写真が欲しいです。一枚でいいんです。いただけますか?」
ああ、と短く答える侑大さんはもう背中を向けてしまっていた。
「絶対ですよ。約束ですよ」
その背中にしつこく呼びかける私に振り向き、しつこい、と吐き捨てて帰って行った。その背中をなんだか名残惜しい気持ちで暫らく眺めていたが、ハッと蒼大のことを思い出し、家路を急いだ。
家の中へ騒々しく駆け込んできた私を驚いたように見ている母が目に入ったが、それを無視して縁側にたった。
そこに蒼大の姿はなかった。
ここでないのならと、階段をかけあがって自室へと飛び込むと探し人はベッドの上に座って私の帰りを待っていた。
「おかえり、みどり」
「ただいま」
今、無性に蒼大の胸に飛び込みたい。けれど、そんなことをすればベッドにダイビングするだけだと解りきっている。自分の感情を押し殺すように、拳に力を込めた。
「みどり。今日は本当にありがとう」
「そんなの、私は蒼大の想いを伝えただけだよ。それより、良かった。蒼大がいてくれて。もう行っちゃうかと思った」
「俺の最大の未練は、みどりだよ。来年の夏までは何があってもみどりから離れたりしないよ」
侑大さんが言っていたことは正しかった。私という存在が蒼大の未練になっていたのだ。無神経かもしれないが、それが無性にうれしかった。




