24 孤児院の建設が始まる
放火犯が捕まったのは孤児院が更地になり新しい建物の柱が三本立てられた頃だった。
神父や大人たちは孤児たちに知られないようにと気を使っていたので、孤児たちは知らないフリをしていた。
教会の中で孤児の目のないところなどないのに、知られていないと思っているところが神父たちは抜けていると孤児たちは肩をすくめる。
放火犯は自分よりも贅沢な暮らしをしている孤児たちを羨んで火をつけたという自分勝手な理由だった。
放火犯は生涯労役という罪に決まったと聞いた。労役がなにか想像してみるが孤児たちにはよくわからない。仕事がもらえるのだと勘違いしていて、仕事がもらえるなら喜ばしいことだと思っていた。
ただ孤児院を焼いた犯人に仕事がもらえるだけなんていう、そんな罪は軽すぎると思ってもいた。
もっと重い罪でも良かったのになと不満を溢す。
ただそれ以上の重い罪も理解していなかったので、これからはそういった情報も仕入れなければと年長組は皆で頷きあった。
何人かの子供は建物が建っていく姿を日がな一日眺めている子も居て、神父が「興味があるなら雑用の手伝いをしてみるか?」と声を掛けた。
三人の孤児が孤児院建設の手伝いに出て、残りの孤児たちも手が空いているときは邪魔にならない程度に手伝いをしていた。
孤児たちの仕事の手伝いは好評で何人かが孤児院を出て仕事につかないか聞かれて初めから手伝っていた三人が孤児院を出て孤児院を建てている親方のもとで働くことになった。
まだ孤児院にいていい年齢から仕事に出る孤児は初めてで神父は「辛かったらいつでも帰ってきなさい」と声をかけて送り出した。
とはいってもしばらく働くのは孤児院建設場なので少しずつ離れられるのは孤児にとってはいいことなのかもしれなかった。
孤児院が燃えたことで孤児たちの寝る場所がなくなってしまった。
年少組は神父たちの館の空き部屋に詰め込まれ、年中・年長組は聖堂の外周の二階部分にマットを敷いて眠っていた。
結婚式のときは困ることはないのだけれど、葬儀の時には寝床に困ることになる。
三分の一の年長組は通夜の対応するために起きているものの、残りの三分の二は寝床に困ることになった。
みんなで話し合い神父の館の廊下で寝るしかなく、廊下にマットを敷き詰めて男女の区別なく雑魚寝をすることになった。
孤児たちは寝転がりながら今日あった出来事を皆で共有していた。
この日は位の高い貴族の通夜だった。
通夜は特に問題なく終わったのだが、どうやら相続問題で個々思うところはあるようで一触即発な雰囲気が漂っていてこれから面白いことになるかもしれないとワクワクしていた。
聖堂の方で何やら大きな物音と人の争う声が聞こえてきて孤児たちは目をランランとさせて何人かが聖堂へと走った。
残った孤児たちは明日になれば情報共有することになるのだからわざわざ見に行かなくても・・・と思っていたのだが椅子が倒れたりする音を耳にして残っていた孤児たちもいそいそと聖堂へと走った。
ありがちな遺産相続問題で異母兄弟が殴り合っているとのこと。
四人がけの椅子が壊れているのを見て、やっぱり古いものを最前列にして正解だったなと笑い合う。
新しい椅子をこれで買えると大喜びした。
孤児達が喜んでいる間も喧嘩は殴ったり蹴れたりと続いていた。
あー!!そこは足を出すんだよ!!顎を蹴り上げてから〜の〜踵落としをするんだよ!!!とか、左で小さく拳を当てながら右ストレート!!などと喧嘩もしたことのない孤児がワイワイと静かに騒いでいる。
そこに存在していると知られないように静かにだ。
ここで見物していることがバレたらこの教会の名折れなのでバレないように存在を消している。
喧嘩をしている当人たちがそろそろ疲れ始め肩で息をするようになったので年長組のリーダーが喧嘩する二人の横に行き、大きな咳払いをして「お茶のご用意をさせていただいてもよろしいでしょうか?」と声を掛けた。
喧嘩をしていた二人は気まずそうに目をそらして「頼む」と言って倒れたイスや壊れた物を見てため息を吐いていた。
わらわらと孤児達が出ていき壊れた物の支払いをお願いしてから喧嘩がなかったかのように整える。
喧嘩をしていた二人とその場に居た大人たちが気まずい思いをしている。
それが終わる頃を見計らったようにお茶が提供される。
出されるお茶は超高級品で孤児達が口にすることなど叶わない一品である。
明日の朝、出がらしを集めて自分たちのお茶を入れるのが楽しみでならない。
その出がらしで一流品と二流、三流を知っていくのだ。
この出がらしを飲むことで商品を買うときに騙される確率を少しでも減らすのだ。
孤児や騙しやすい神父相手だと二級品を一級品だと言って売りつけてくる商家も多い。
そんなところからは二度と仕入れなどしないのだが、いざというときのためには小さな繋がりでも持っていなければならない。
それぞれ交代で仮眠を取って冷たい水で目を覚まさせる。
神父が唯一活躍できる葬儀を終え墓所へと棺を運ぶ段になりまた昨夜喧嘩した二人が揉めだした。
どちらが頭側を持つのかと胸ぐらをつかみ合っている。
こういうときの神父は全く役に立たないので居ないものと考えて年長組が冷静な声を掛ける。
お二人で頭側を持たれてはいかがかと。
すると今度はどっちが右でどっちが左でと揉め出すので、兄が右で弟が左と決まっております。と伝える。
本当はそんな決まりなどないが言い切ってしまえばそんなものかと納得するので言い切ってしまう。
胸ぐらをつかみ合っていた二人は互いの胸を二度ほど叩いて手を横に広げて一歩また一歩と離れていった。
「そろそろお疲れになってこられた頃でしょう。あと少しです。一緒に乗り切っていきましょう」
身なりを整え棺を抱え墓所までゆっくりと運ぶ。
たまに落とす人がいるので気をつけながら掘られた穴の横に棺を下ろす。
ここからは墓堀人がロープで穴の中に下ろしていく。
ロープが引き抜かれ、神父がありがたい言葉を二、三言って最後の別れを済ませる。
揉める二人に棺を挟んだ左右から花を投げ入れてもらって、最後に正妻の方に土をかけてもらったら葬儀は終了となる。
年長組が執事に請求書を渡すと喧嘩した二人を執事が睨みつけた後、支払いを済ませてくれる。
心の中で狂喜乱舞しながら恭しくお金を受け取って、後は片付けだ。
年少組が現れて各々自分のできる片付けを始める。
並んでいるイスの数を減らして礼拝用に聖堂を整えていく。
その途端に懺悔室に入っていく人が見えたので孤児の一人が神父を呼びに行く。
神父が懺悔室に入るとそれからは誰も近寄らない。
一度痛い目にあったことがある孤児がいるので懺悔室は孤児達の禁忌の場として扱われている。
神父は長い時間懺悔室から出てこず、出てきた時には顔色が真っ青になっていた。
これは酷い話だったのだろうと理解して神父に葬儀で残ったお茶を一杯入れて孤児達は下がった。
孤児達の休まるときはない。
手が空いたものから建築現場のお手伝い、結婚式の下見に来た人を歓待しなければならない。
今日も明日も変わりなく孤児達は走り回る。
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ある場所での会話
「放火で燃えた孤児院の子供たちは優秀だと聞くがそれ程よその孤児院と違うものなのか?」
「全く違います。あそこの孤児院の子供たちは神父より食い扶持を稼ぐこともできますし、結婚式、葬式などの手配が優秀だと聞いております」
「ならばその孤児院に子供を集めて育てさせろ。ちょうど孤児院も燃えて規模を大きくすることも可能だろう?」
「解りました。そのように手配いたします」
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ある職人たちの会話
「孤児院を大きく建てろとお達示があった。予定の倍の大きさに作るように言われた」
「横にはもうこれ以上大きくはできないから裏へと大きくするしかないな」
「今の図面に廊下を挟んで同じものを建てるか」
「早く建てさせるために職人の数も増やすらしい」
「ここの孤児院は何もかも異例中の異例だな」
「そうだな。孤児院を建てるために王様が寄付金集めをしたらしいな」
「あぁ、俺も聞いた!!集まった金額も孤児院だけでなくて聖堂も建て替えられるほど集まったらしいぞ」
「ここの孤児達は孤児だと言われないと気が付かない格好をしているよな」
「貴族様の前に出ることが多いらしい。結婚式に葬式、俺達が参列する礼拝の手配も孤児達がしてるって噂だ」
「まさか?!神父様の差配で孤児達が動いているんだろう?!」
「いや、孤児達の差配で神父が動いているらしい」
「俺も噂を聞いた!!何でも神父様は説経以外では役に立たないとか聞いた!」
「そう言えば孤児達が手伝ってくれることがあるんだが、邪魔にならない手伝いを心得ているよな」
「ああ、そう言われてみればそうだな!」
「親方が三人も引き抜いていたよな?」
「見習いに雇ったんだ」
「嫌々働いている町の衆なんかよりよっぽど役に立っているぞ」
「そうだな」
「ここの孤児たちは孤児院を出て働くところは商家だったりするらしいぞ」
「小さな子供まで文字を読めて計算できるらしいぞ」
「計算できるのか?!すごいな」
「ここの子供たちは世の中に出ても騙されることなく生きていくんじゃないか?」
「見ろよ。俺達が休憩している間も走り回って片付けに、次の段取りをしてくれているぜ」
「俺よりよっぽど働きものだ!」
がはははっはっ!!と建築作業員たちが笑っていた。




