23 孤児は目覚めると咳き込んだ
火災が起こります。
苦手な方はこの話しは飛ばしてください。
夜中なんだか異臭がするような気がして年長組の孤児の一人が目を覚ました。
目が覚めると一気に咳き込む。
何かが燃える匂い・・・?
煙が充満している!!
「みんな!!起きて!!」
手当たり次第孤児たちを叩いて回る。
「火事だ!!火事だよ!!皆起きて!!」
一人、二人と目を覚ます。
「火事だ!!何かが燃えてる!!年長組は年少組を起こしに行って!!」
目を覚ますと咳が出るのかそこかしこで咳が聞こえる。
「みんなしっかり目を覚まして!!年中組!!今直ぐ外に出て!!年長組!!年少組を連れて出て!!」
「わ、解った」
「みんなで火事だ!!火事だ!!って声を上げながら外に出ていくんだよ!!」
みんなが口々に「火事だ!火事だ!」と声を上げながら出ていく。
一番最初に目を覚ました年長組の一人は各部屋に誰も残っていないか確認して、一番最後に孤児院を出た。
年長組のリーダーが点呼していて九、十、十一と自分の番号を答えているのが聞こえる。
四十二まで数字が聞こえて四十三と四十四の声が聞こえない。
四十二と四十三番はまだ喋れない赤ん坊でもしかして孤児院に残してきたのかと焦る。
すると二人の神父が赤ん坊を抱いている。
「あーーえっと四十二!」
「あっ、点呼に答えるように言われたんだっけ。何番だったかな?」
「四十三ですよ!」
「あっ!そうそう四十三!!」
間の抜けた声が聞こえて安堵の息を吐いたあと、無性に腹がっ立った。
本当に役に立たない神父たちなんだから!!
「神父様は全員揃っていますか?」
「え・・・とどうかな?一、二、三・・・」
呑気に数えだす。まず全員が揃っているか確認だろう!!
「シスターは全員いますか?」
「ええ。私達は揃っているわ」
「神父様?」
「ああ、全員いるよ」
孤児達の殆どがほっと息を吐いた。
年中組が争って半鐘を勢いよく叩き始める。
これで火事が起こっていることに皆が気がつく。
孤児院を見ると普段は火の気のないところから火が上がっている。
「放火かな?」
「さぁ、どうだろうね。・・・さぁ、火消しを始めないと」
「大仕事だね」
「助けに来てくれる人もいるよ」
井戸からバケツリレーで火に水を掛ける。
腕が重くて上がらない。このまま眠れたらどんなに幸せだろうか?
疲れた・・・。
真夜中から火の手が上がって今はもう人の顔の判別がつくくらいに明るくなっている。
誰も彼も煤で薄汚れた全身でのろのろとバケツを運んでいる。
「がんばれ!まだ火は消えていないぞ!!」
一人が声を上げると次々に声が上がる。
「まだまだだぞ!!」
「僕頑張る!」
「そうだまだ頑張れる!!」」
最初は教会関係者しかいなかったけれど今はバケツリレーの列が四本になっていた。
みんな汗とバケツの水をかぶってドロドロになりながら火元に水を運んでいる。
およそ十時間掛けて火は消えた。
燃えるものが無くなって消えただけかもしれない。
教会に類焼しなかったけれど孤児院は綺麗に燃え尽きてしまった。
消火を手伝ってくださった方達にみんなでお礼を告げる。
年少、年中組はそのへんに転がって眠っている。
今晩からどうすればいいのだろう?
みんなバラバラになるのかもしれない・・・。
「神父様。明日の結婚式のお話をしたいのですが」
「ああ。そうだね」
「私達の制服が燃えてしまいました」
「そうだね・・・」
「どんなに頑張っても明日までに制服を用意するのは無理です」
「そう、だね・・・どうしたらいいだろう?」
「いままでお付き合いのある貴族の方に子供サイズの白いシャツと黒のズボンを寄付していただけないか手紙を書いていただけませんでしょうか?」
「ああ、いいね。でも間に合うかな?」
「私達が今から貴族の屋敷を回ります」
「でも君たちも疲れただろう?殆ど寝ていないんだし」
「ですが仕事は私達の都合なんて聞いてはくれません」
「そう、だね。急いで手紙を書くよ」
この場のことは年中組のリーダーに任せて年長組は子供がいた貴族の屋敷を手分けして回ることにした。
顔や手足を綺麗にして神父が書いた手紙を無くさないように大事に持って走り始めた。
貴族の屋敷に付くと門前払いをされる。
物乞いかなにかと勘違いされることは初めから解っていた。
神父からの手紙を見せて取次を願う。
神父からの手紙を見せると嫌そうな顔をしながら取次をしてくれる。
小半時ほども待たされただろうか。
屋敷の中から執事と思わしき人が出てきて声を掛けてくれた。
「大変でしたね」
「厚かましくも申し訳ありません。明日結婚式がありまして、どうしても見た目のいい衣装が必要なのです」
「とりあえず中に入ってください」
「いえ、こんな格好ですので・・・」
「だからこそ入りなさい。他の屋敷にも行くのでしょう?ならば身綺麗にしなければなりません」
「あっ・・・ありがとうございます」
入浴させてもらって綺麗な衣装を用意してくださる。
食事の用意までしてくれて食べなさいと言ってもらえた。
この時、孤児は神は本当にいるのかもしれないと心から祈りを捧げて食事をいただいた。
他の子供たちは何か食べているだろうか?
出された食事を残さず食べて感謝を告げる。
貴族様が孤児の前に現れる。
「子供の衣装やその他、生活に必要なものを纏めて馬車で送るから君は次の屋敷へ行きなさい」
「ありがとうございます」
神父の手紙を返してもらって次の屋敷へと走る。
三軒の貴族の屋敷を周り、これ以上遠くへ行くと帰れなくなるので諦めて帰ることにした。
日が暮れる少し前に教会に着くとその光景に驚いた。
そこかしこで炊き出しが行われ、沢山の馬車と沢山の物資が山となっていた。
年少組が迎え入れてくれる。
「お疲れ様。とりあえずご飯食べて!その後は明日の打ち合わせするから」
教会の様子を知ることが出来てお腹が膨れた途端、眠気が来た。揺り動かされて目が覚める。
「眠っているところ悪いけど明日の打ち合わせだけはしっかりしないといけないから」
「ああ。ごめん。寝るつもり無かったんだけど・・・」
「無理もないわ。年長組は火事から一睡もせずに動き回っていたんだもの。教会に行きましょう」
「解った」
教会の中は結婚式の準備が整っていた。
指定通りのリボンに花が飾られていてこの中だけ火事があった事を忘れる。
ハッとして慌てて告げる。
「表を片付けなければなりません!!」
「表?」
「なにか問題があったことが即座に解ってしまう光景は隠さなくてはなりません」
「ああ、その通りだな。今直ぐ片付けなければ」
「神父様。シスターも手伝って!!全部裏側に片付けますよ!!」
「あぁ?わ、解ったよ?」
この神父なぜ疑問形なのか不思議でならなかった。
疲れた体に鞭打つ気分で表通りから見える位置にあるものすべて片付けた。
「明日も物資が届くかもしれません。結婚式とは別のリーダーを決めて対応するようにしましょう」
「そうだね。それがいいだろうね」
元々明日の結婚式には参加しない孤児達を編成して物資担当に任命する。
「結婚式があるから、結婚式という非日常を壊さないように気をつけてね」
物資担当の孤児達が頷く。
結婚式はあいも変わらず問題が持ち上がる。
誰かが何かを忘れただの、衣装の色がかぶってしまっただの、問題は次々に起きる。
孤児達はそれに一つ一つ丁寧に対応していく。
火事があって寝るところにも困っているなど噯にも出さない。
無事に披露宴まで終えて片付けを始める。
「片付けは明日にして今日はもう休んだらどうですか?」
神父が孤児たちに告げる。
「いえ、決められたことはきちんと守らないと、明日何が起こるか解りませんから」
孤児達はもう一歩も動きたくないと思いながらきっちりと絨毯まで片付けた。
流石に持ち上げる時みんなふらついた。
披露宴会場に持ち寄られた布団が敷かれている。
人数分の布団には足りないけれど、全員が眠ることは出来る。
年長組と結婚式組は夕食もそこそこに布団に入って死んだように眠った。
翌朝目覚めると孤児院が建っていた場所に沢山の人が集まっていた。
年中組の一人が大人たちの後ろをウロウロしているので話しかける。
「なにをしているんですか?」
「火災の現場検証らしいです。本当は昨日に検証したかったらしいんですが結婚式だっただために今日になったらしいです」
「ああ、放火だったものね」
大人数人が振り返り孤児の方を見る。
「どうして放火だったと思うんだ?」
詰め寄るように聞かれて一歩後退する。
「えっと、火の手が倉庫から上がっていたんです」
「倉庫?」
「あっ、こっちです」
建物があった時の倉庫の前まで行く。
「ここから火の手が上がっていたんです。だからみんな逃げられたんです」
「ここから火の手が上がると放火になるのか?」
「はい。ここには火の手が上がるものは何も置かれていないんです。真夏の昼間なら放火ではない可能性は少しはあったかもしれませんが、夜中にこんなとこから火の手が上がることはありえません」
「なるほど。君よく見ているね」
「ありがとうございます」
それからも大人たちは何時間も調べて最終判断で放火だと判断したらしかった。
神父やシスターたちにいらぬ責任が問われることがなくてよかった。
火災の後を大人たちが片付けていく。
きれいな更地になるまでに二度の葬式と一度の結婚式があった。
この後孤児院を建てなければならないけれど、実際のところ孤児院を建てるだけの費用はないだろうと思う。
年少組がバラバラになるのではないかと不安がっているけど安心させるための言葉をかけられない。
年長組のほうが現実を知っているので、年少組よりもっと不安に思っているからだった。
神父に披露宴会場に全員集まるように言われ、布団が山となって積まれている会場に全員が集まった。
「この度の火災で皆いろんな不安を抱えていることだと思います。一番の不安はこの先孤児院が建設されるのかということでしょう」
孤児達だけでなく神父たちも不安に思っていることに気がついた。
神父たちにとっても孤児たちがいなくなれば結婚式や葬式を今までのようにはできなくなるのだから不安に思うのは当然のことだったかもしれない。
孤児たちは神父やシスターに必要とされていることに気がついて誇らしい気分になった。
「火災で喪失した孤児院は建設されることが決まりました」
「本当ですか?!」
孤児より先に神父の一人が声を上げる。
「本当です。最も高貴なお方から『前は世話になった』と言っていただき、貴族の方々から寄付を募ってくださいました。孤児院を建てて全ての部屋を整えるだけの費用が既に集まっています」
この場にいる全員が歓声を上げて喜んだ。




