22 夢遊病で累代墓を建てた男
神父は戸惑っていた。
狭い告解室の中で紗が掛かった小さな窓から見える男の言葉に。
「自室で眠っていて目が覚めると全く知らない場所で目が覚めるのです。それも毎晩。目が覚める場所も毎朝同じなんです」
「夢遊病ということですか?」
「そう、なのでしょうか?」
神父は疑問形で聞かれても私には解らないのでお医者様に掛かって欲しいと内心では思っていた。
「私が眠っている間、我が家の使用人に見張ってもらっているのです。ベッドから降りたら起こしてもらうために・・・。ですが、夢遊している時は何をしても起きないらしくて・・・」
「何をしても?」
「はい。桶で水を掛けても、翌日痣ができるほど殴っても目を覚まさず歩き続けるそうなんです」
そう言って殴られたと思われる目の周りの青痣を見せる。
「ど、どなたに殴られたんですか?」
流石に使用人が青痣が出来るほど殴れるとは思わない。
「はははっ・・・。父です」
そうだろうと思ったけれどちょっと気まずい。
「そ、そうですか・・・。えっと、・・・あ、そう!どこで目を覚まされるんですか?」
「ここの教会の墓所で目が覚めます」
「え?ここの?」
「はい」
「誰かの墓石の前で目が覚めるのですか?」
「いいえ、誰の墓石もない所で目が覚めます・・・」
「大木のある場所ですか?」
引き取り手や犯罪者などが灰になって埋められている場所がある。そこだったらなにか因縁があるのかと考えた。
「いいえ。墓所の空の区画です」
「毎回同じ場所なのですか?」
「はい。いつも同じ場所です。一緒に来ていただいてもいいですか?」
「宜しいのですか?」
「はい。構いません」
紗の向こうにいたのは二十代前半の立派な体躯をした男だった。神父は男を伺い見ながら墓所へ向かって一緒に歩く。
男はまだ空きが多い区画の前で立ち止まった。
「ここで毎朝目が覚めます」
何の曰くもないただの空き区画だった。
神父は首を傾げる。なにか言わなくてはならないと少し焦って、孤児達の顔が浮かんで販売意欲が全面に出てしまった。
「この区画に何か縁があるのかもしれません。既に決められた場所がないのならば、ここを買われてみてはいかがでしょうか?」
貴族なら先祖代々決められた場所があるので、今まで縁がなかった墓所を買うことはそうそうないなと思いながら勧めてみた。
「ここを買う・・・」
告解室に来た男はその日の内に夢遊病で目覚める区画を買って帰っていった。
それから数日経って告解室に入らず神父の前に立ち「夢遊病が治まった」と喜んで報告してくれた。
「なぜ区画を四つも買われたのですか?」
「累代墓の建物を建てようと思いまして。・・・あっもしかして建物は駄目でしたか?」
「いいえ。構いませんよ。ご子孫も喜ばれることと思います」
「良かった。工事のことはまた相談させてください」
「解りました。結婚式の日はご遠慮していただきたいくらいで後は問題ありません」
神父はこの男が入るのは遠い未来でありますようにと神父らしく神に祈った。
数カ月後、それは見事な累代墓が立てられた。
一階建ての平屋のような立派な作りで、壁側三辺に火葬した遺骨を埋葬できるように作られていた。
中央には祭壇があり、献花やお供えものが供えられるように作られている。
「立派なものを作られましたね」
「はい。実は夢遊しなくなってから夢を見るようになりまして、その夢を形にしたものがこの建物なんです。恥ずかしながら貴族になったのはつい最近のことで・・・」
「そうなのですか。それはおめでとうございます」
「ありがとうございます。この累代墓を建て始めてからはこの場所に係る夢も見なくなりました」
「そうなのですね。それはよかったですね」
「はい。やっと何の気兼ねもなくゆっくりと眠れるようになりました」
そう言って笑顔で帰っていったこの男を見るのは三ヶ月後のことだった。
日常をありがたく思うようになったのは歳をとったからからだろうか?
それとも一度何か起こった時のここの孤児達の暗躍に肝が冷えるからだろうか?
孤児達がニッコリ笑うと心臓がドクドクとなり始めるのだが、神父では孤児達を止めることができない。
そして、悲しいかな神父が止めない方がうまくいくことが多いので、溜息一つで受け入れることにしている。
他の神父たちともたまに話をすることがある。
ここの孤児達について。
他所から来た神父は特にここの孤児達の自由奔放さに苦言を呈してくる。
そして自由にさせているここの神父達のことも神父見習いからやり直せとばかりに色々言ってくる。
それも三ヶ月もすると孤児達にやり込められ、孤児達には役に立たない神父と思われるようになる。
新しく来た神父が今、ちょうどその狭間にいる。
まだ孤児達を押さえつけようとしながらも、孤児達のおかげでお腹いっぱい食事が取れることに感謝もしている。
ここの孤児達は稼いだお金は自分達の食事を増やすことを一番に考えているけれど、寄付金の少ない孤児院へ食料支援などもしている。
おかしなものだ。孤児が孤児に寄付するなど。
その上、悪どい神父達に上前をはねられないように、調理済みの食事を寄贈しているのだ。
ここの孤児達の寄付がなくなると飢えて死んでしまう孤児もいるかも知れない。
孤児院を併設している教会にここの成人した孤児達を配して見てはどうだろうか?
そんな事を考えて、孤児達の未来は孤児達が決めるのだとため息を吐いた。
うわぁ・・・孤児達が走り回っているよ・・・。
ちょっと執務室にこもって司教からの手紙を読んで返事を書いている間に何があったのか?
華やかなパンフレットを持って走っている子が見えるから結婚式の予約だろうか?
六人の大人の周りをあれだけ走り回っているのに、相手に気づかせないのはどうやっているのだろうか?と不思議でならない。
他の神父が対応しているので立ち去ろうとしたら一人の男に見覚えがあった。
ゆったりした足取りを心がけて集っている場所へと足を運ぶ。
「ここの夢は見られませんか?」
全員の視線が一斉にこちらへと注がれる。
「神父様・・・先の時にはお世話になりました」
「こちらこそ色々配慮いただいてありがとうございました」
「今回は結婚することになりまして、こちらでお世話になろうと思いました」
「それはおめでとうございます」
六人が一斉に「ありがとうございます」と答えた。
新郎と新婦のご両親なのだろう。
男爵ではここで結婚式をするのは厳しいのではないかと思ったが口にはしない。
費用等がしっかり書かれているパンフレットを提示しているか確認してひとつ頷く。
「先日戦功をあげることができまして、子爵となりました」
「この短期間で?それはおめでとうございます。ですが、これからは無理をなさいませんように」
「はい」
新郎は新婦の方を伺い見て互いにほほえみあっている。
累代墓を建てて徳を積んだのだろうか?
夢遊病でここの墓所に日参するのだと言ってきた時、嫌なものを感じていたけれど、今はその影も見当たらない。
心から安堵の息を吐き結婚式の細かいことを一つ一つ丁寧に決めていく新郎と新婦を眺めた。
はぐらかそうとすると山場のない話になってしまいました。
孤児は活躍しませんでしたし・・・。




