21 新人神父の経験値
孤児達は今日も走り回っています。
何をあんなに走り回る理由があるのかわからないのだけれど、ひどく忙しそうです。
今日は祝福の儀式が午前と午後に一件ずつ入っています。
午前は公爵家の嫡男様、生まれて間もない赤子だと聞いています。
午後は伯爵家の次女様で、三歳になったところだと聞いています。
教会にとっては日常の儀式ではありますが、来られる方にとっては一生に一度のことです。
慣れによる手抜かりなく、怠ること無く儀式を終えることを心がけなければなりません。
祝福の儀式の時には孤児達が聖歌を歌い出迎えて、神父による祝福が行われ、皆に祝われます。
公爵家の方々は儀式終了後、親族の方々と一緒にここの教会に併設されている、結婚式後の披露宴などに使われる会場でお食事をされるとのことで調理部が忘れられない食事をと頑張っているところでしょう。
儀式自体は滞り無く・・・ええ、赤子は泣くものです。
ちょっと今までにないくらい泣かれた事以外は恙無く終了しました。
食事会場へ孤児が案内致します。
ここの孤児達は公爵家相手でも怯むこと無く対応できます。
見ている私は時々ヒヤッとすることもあるのですが、孤児達の立ち回りには感心してしまいます。
孤児達は一体誰からマナーや貴族との付き合い方を習うのか不思議でなりません。
貴族の方は平民・・・とくに孤児達に同じ人間だという意識を持っていない方が多いと聞いていますが、ここの孤児達はそのような扱いをされているのを見たことがありません。
過去に最も尊いお方が来られて、この教会を褒め称えていると聞いたことがあります。
それも孤児達が素晴らしいと絶賛されたとか。
中規模のこの教会に尊いお方が来られたなどと信じられませんが、誰に聞いても首を傾げるばかりでした。
過去の帳簿を確認すると、無名で行われた葬式が一件ありました。
その時支払われた金額がとても多いもので、孤児院への寄付金が多く、そのおかげで孤児院の設備などが新しくなっていました。
孤児達も神父も本当に口が硬いと感心しました。
情報伝達はきちんとされているようですが、その現場に居なかった者には、口を開かないというところが素晴らしいと思いました。
私も、決して口を開かない神父にならなければならないと心に誓いました。
午後の祝福の最中に「最短で結婚式ができるのはいつでしょうか?」とカップルがやって来ました。
孤児達の目が輝きます。
孤児達が「おめでとうございます」
と祝福を述べます。
カップルにとっては孤児達の姿は心から結婚を祝っているように見えるかも知れませんが、孤児達の頭の中は金貨がチャリンチャリンと落ちていく音が鳴っているのでしょう。
付き合いの短い私にもそれくらい理解できるようになりました。
そして私も頭の中で金貨が落ちてくる音が聞こえるようになりました。
「まず、規模はどのくらいでしょうか?」
孤児の一人が進み出て質問を開始します。
「招待客は三百人くらいを考えています」
「でしたら、最短でも一ヶ月後以降になるかと」
「そんなに早くできるのですか?」
「勿論、ご家族の方にも頑張っていただかなければなりません。遠方から来られる方が多い場合、招待状が届いてから先方様が来られるまで、それから来られてからの滞在先等のご計画はお有りでしょうか?」
カップルは顔を見合わせて「何も考えていません」と答えられました。
「一番遠方の方に招待状を発送して、来ていただくまで何日かかるかによって、結婚式ができる日が変わってきます」
「なるほど・・・」
「では二ヶ月先で予約が取れる日がありますか?」
孤児は目を輝かせて二ヶ月後のスケジュールの空きを提示します。
「ウエディングドレスのご準備は出来ておられますか?」
「・・・いえ、これからです。私達、まだ出会ったばかりで・・・」
カップルの背後にいる孤児達がちょっと嫌な顔をしました。
どうしたのでしょうか?
話はトントン拍子に進んで、二ヶ月半後の予約が取れました。
一切合切を丸投げの最も実入りの良い結婚式の予約です。
カップルが帰ってから背後に居た孤児達に「さっきちょっと嫌な顔していたよね?どうしてかな?」と尋ねました。
「出会って直ぐのカップルはひと時に燃え上がって、直ぐに熱が冷めることがあるんですよ。二ヶ月半後には愛想を尽かしているかもしれません。キャンセルが多いのです」
まだ十歳くらいの孤児の言うことかと驚きと納得が入り混じります。
「キャンセルの割合はどれくらい?」
「六割キャンセルになりますね」
「そんなに?」
「はい。こちらにとっては頂くものは頂くのでかまわないのですが、キャンセルだとやはり実入りが少ないですから・・・」
「ではあの二人の愛が燃え上がり続けることを神に祈りましょう」
孤児は苦笑して「神はそんな事に興味はありませんよ」と諭されてしまいました。
ということがありましたと司教になられたばかりの方に報告をしました。
司教は「ここの孤児達は酸いも甘いも噛み分けているからね。我々より人間が熟れている」と笑われていました。
「私もキャンセルが出ないように神に祈りましょう」
私も神に祈りを捧げました。
二ヶ月半後、無事結婚することになったカップルは今目の前で口汚く罵り合っています。
何があったのかと一人の孤児に聞くと「初めての共同作業に互いの理想が理解できずにいるところです」意味が分からなかった。
首を傾げていると「よくあるのです。価値観の違いで喧嘩は」と孤児達は笑います。
一人の孤児が進み出て二人の喧嘩を仲裁します。
その仲裁に入ったのがまだ七歳くらいの子供で「喧嘩は止めて」と胸元で手を組み合わせて言われると黙るほかないでしょう。
年長の孤児が妥協案を提示すると新郎新婦は「それならば」と納得していただけました。
後で聞いたところ「結婚式は終わるまで油断ができない」とのことで、まだなにか起こるのだろうかと戦々恐々としてしまいました。
私がするべき仕事をすべて終え、ホッとして自室でお茶を頂いていたら早いノックの音が響いた。
「どうぞ」
年中組の孤児の一人でした。
「休憩中のところ申し訳ありません。先程結婚されたお二人が婚姻の取り消しを願い出ていますので、取り敢えず来ていただけますか?」
私は目を剥いた。
「えっ?先ほど終えたばかりですよね?」
「よくあることなのでお気になさらず。取り敢えず来ていただいて、婚姻の取消しは出来ないので離婚するしかないと説明していただきたいのです。年長組が一通り説明していますが、神父様に言っていただかないと納得しませんので。あっ、ですが、神父様が話されても納得はされませんので気になさらず。婚姻解消方法として白い結婚という方法があるとも説明願います」
「よくあるんですか・・・?」
「まぁ、年間に二〜三度はありますので。どれだけ説明しても婚姻誓約書にサインして誓約書が指定の場所に置かれた時点で婚姻解消方法は、離婚か白い結婚以外ないと説明しても理解してもらえないのです」
「これが結婚式は終わるまで油断ができないというものですか?」
「そうですね。・・・一週間くらいは婚姻取り消しを言いに来る人は稀ですが、居ることは居ますが」
「そうですか・・・」
私は呼びに来た孤児に案内されて行くと、披露宴会場のあちらこちらで取っ組み合いの喧嘩が起こっていました。
私にはこれを収める能力はありません。
この場を取り仕切っているリーダーを見ると、一つ頷いてテーブルを叩いてパシンパシンと大きな音を立てました。
取っ組み合っていた人達がその音に気を引かれて離れていきます。
リーダー凄い・・・!!
そしてリーダーは静かに「お席にお着きください」とだけ言うと全員がのろのろと席についた。
孤児達が急いでテーブルの上を片付けてお茶の用意をします。
あまりにひどい格好のご令嬢には孤児が近寄り何事かをささやくと席を離れていきます。
ここまで案内してくれた孤児が私をリーダーの横に立つように言うのでそれに従います。
リーダーは神にご報告してしまった以上は結婚の取り消しはできないこと、白い結婚で三年間過ごしていただけば色々な手続きの上で解消できること、それ以外は離婚しかないことを説明し私に「それで間違いないでしょうか?」と言うので「それで間違いありません」と言うだけでその場は収まり、招待客は帰っていきました。
リーダーは破損した食器などの請求書を提出してそのお金を支払ってもらっています。
「神は結婚の報告を聞いて満足されています。後のことは両家の話し合いでお決めになってください」
両家とも帰っていって教会は静かになりました。
「で、結局揉め事の原因は何だったのかな?」
「事の発端は新郎の母親が新婦のことを『伯爵家にはそぐわないんじゃないかしら?』と言い出したことから始まります。それを聞きつけた新婦側の方々が不満を持ち、新婦が新郎にこの結婚はご両親に認められたものではないのか?と尋ね、新郎がその質問に真面目に取り合わなかったことが原因です」
「そんなことが、あんなふうになるものなのかい?」
「結婚式、葬式、儀式は魔物なのです。何が起こるかなんて起こってみなければ解りません」
「儀式は魔物・・・」
年長の孤児達は破損した食器の弁償料で新しい食器を買う算段を話し合っています。
それ以外の孤児達は片付けに奔走しています。
いつもの景色にホッとします。
明日の朝には綺麗に片付き、埃一つ落ちていない聖堂と会場が見られるでしょう。
地球の教会、神事とは違うので、この異世界特有のものとご理解ください。




