20 神父が聞きたくない話
この教会で一番新参の神父(他所の教会から来た)は子供達の働きにいつも感嘆している。
今までいた教会の孤児達とは全く違うのだ。
神父には思いつかないような方法で非常事態に対応している孤児達の発想の豊かさを羨ましく思う。
神父は何か起こったときには一時停止してしまう者が多い。
それも結構長い時間。
想定外の出来事に弱いのだ。
若いときから穏やかな人に囲まれて神父見習いとして育つので、もう今さら対処能力はどうにもならないだろうと諦めている。
だが、神父は孤児達に比べたらいい大人なはずだ。
たまには孤児たちにいいところも見せたいと思ってはいる。
実行できる日は来ていないが。
商売っ気でも孤児たちには敵わないし、どんなことなら孤児たちに感心してもらえるだろうかと夢想してみたが、何も思いつかなかった。
「情けない・・・」
つい口について出た言葉に、年少の孤児に「気にするだけ無駄ですよ」と言われてしまった。
心の中を読まれたのだろうか?がっくりと肩を落とした時に扉が開いた。
孤児たちの目がキラキラしている。
きっと獲物が来たとでも思っているのだろうと、溜息を一つ小さく吐いた。
「こんにちは」
「神父様、こんにちは」
「神とお話されますか?」
「はい。近くを通ったのでご挨拶をさせていただこうと思いまして」
「神もお喜びでしょう。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
孤児達ががっかりしたのが目の端に映った。
ときおり訪れるまだ若い女性だ。
熱心に長い時間祈りを捧げて、帰っていく。
告解室に入ったことがないので本当に信心深いのか、何か罪の意識があるのか神父には判断つかなかった。
孤児たちのあの目のギラつきはどうにかしなければならないと思いながら、神父は聖堂から離れる。
他の神父と話したところ、信者の見えている前ではしていないから心配しなくていいと言われて、様子をうかがっていると、それは徹底されているようだった。
ただ、年少組はまだまだ要教育だと年長組に伝えると「徹底させます」と返答された。
自分の神父の執務室に入ると、数十秒で部屋がノックされ孤児がお茶を入れてくれる。
感謝の言葉を述べて、こんな気遣いですら孤児達に勝てないとしみじみと思う。
勝ち負けに拘る辺り、神父としてもまだまだ未熟なのだろう。大人げないことだと自戒した。
来月、孤児院を退院する孤児の資料に目を通す。
サインして神父見習いにこの書類を回さなければならない。
書類に目を落とし、この子が居なくなるのは孤児院にとって大きな痛手になる。
良く気のつく子でリーダーの資質があり、このまま残って欲しい孤児の一人だった。
この子は腹黒い差配の上手な子だ。世間に出ても上手く立ち回るだろうと思う。
上手く立ち回りすぎて、危ないことに首を突っ込まないといいのだけれどと神父は思い、神に祈りを捧げた。
来月から数カ月間、退院していく孤児が続く。
そのうちの二人は神父見習いになる予定になっている。
きっと私達の背中を見て育って神父への道へ進むのだと嬉しい気持ちでいっぱいだ。
ノックされ「告解室にお願いします」と伝えられ、急ぐ。
待たせると帰ってしまう人がたまにいるのだ。
だからといって神父が走るわけにはいかず、落ち着いて見えるように最大限の早足で歩く。
顔には笑顔を貼り付ける。
孤児達には胡散臭い笑顔だと不評なのだけれど。
ここの教会はちょっと特殊だ。
教会と孤児院が併設しているところは他にいくらでもある。
けれど孤児達がここまで活躍して自分達の食い扶持を稼いでいる孤児院はないだろう。
教会は当然無償で衣食住を与えているのだからどこの教会も清掃から始まってあらゆる手伝いをさせている。
けれど、綺麗な衣装を与えて信者の前に出すところはないだろう。
教会が衣装を買い与えているのだと思っていたら、孤児達の稼ぎで賄っていると聞かされて本当に驚いた。
三年前、この教会に派遣されてきた時は本当に驚いたものだった。
皆統一の衣装を着て信者の手伝いを率先して行い、一人一人がまるで執事のように仕事をこなしていたのだ。
お茶を入れさせたら最高の状態で提供することが出来、困っている人を見たら尋ねてあらゆる事に対応していた。
結婚、葬式の下準備から当日のあらゆる出来事に対処している姿は申し訳ないが、当時居た神父よりもよほど役に立った。
当然、私よりも役に立つ。
本当に情けない。
この教会にいる神父と神父見習いは。
ここを退院して神父になる孤児はどんな神父になるのか楽しみでならない。
神父見習いとして働かせるよう気をつけないと、孤児の延長になってしまう。
この教会の価値は孤児達であって、神父ではない。
時折勘違いしていて大司教様を呼べと言い出す貴族もいるが、そういう方には大司教が在中している教会を紹介している。
物思いにふけっているとノックの音が聞こえ「告解室に入られた方がいらっしゃいます」と呼びに来た。
告解室に腰を下ろした途端、声を掛けられた。
「罪の告白を聞いていください。もう、耐えられないのです!!」
「はい。聞いておりますよ」
「罪の告白は初めてです」
「はい」
「数ヶ月前、仕事で遠方に行っておりました。結婚してから妻と長く離れるのは初めてでした」
神父は浮気の告白かと思った。
案の定、遠方でちょっと粉をかけられた女と懇ろになり、ちょっといい女だったから妻とは出来ないようなことも楽しんだのだと聞かされた。
「最初は良かったのです。妻以外の女を知らなかったので、反応もちょっと我儘なところも可愛いとすら思っていました。最初に我儘を許したせいか、可愛い我儘が度を越していき、対処に困るほどになり最後は脅迫のようになっていきました」
「脅迫ですか?」
「はい。私の移動について来て、私の家を突き止め妻に全てをバラしてやると言われたのです。バラされるのが嫌ならば金を出せと。小銭を握らせることくらいはかまわないと思っていたのですが、その請求金額が日に日に増えていき、俺では払えない金額になっていきました」
金額を聞くと、たしかに簡単に支払えるような金額ではなかった。
「そんな金額払えないと言うと、弟だという男に付き纏われるようになりました。何度か見えない場所を殴られたこともあります」
「お怪我は大丈夫なのですか?」
「それは、はい。今はもう大丈夫です。・・・もう女に魅力を感じなくなっていたので早々に旅立とうと、まだ陽の暗い内に旅立つことにしました。ですが、女と弟という男は次の町まで追いかけてきたのです。その次の町にも、そのまた次の町にも追いかけてきたのです。五つ目の町にも現れた時、私はもう逃げられないと思いました」
あぁ、これ以上は聞きたくない話だと思った。
「私の許可無く私の馬車に勝手に乗り込んできて、仕入れた商品に触れるのです。その上、妻にバラしてやると二人して脅してくるのです。私の我慢は限界を越えてしまい、昼の休憩に馬車を止めた山道で二人を殺してしまいました!!」
あぁ、やっぱり。
「山の中に穴を掘って二人を埋めました。これで脅されることはないと安心したんです。これで良かったのだと。ですが、信じてもらえないかもしれませんが・・・二人はまだ私を脅すのです。毎晩私の前に現れて、妻にバラしてやると言って脅すのです。毎晩殺すのですが、翌晩にも現れてバラしてやると脅し続けるのです!!私は気が狂ってしまったのでしょうか?」
「罪の意識で幻を見ているのではないですか?」
「いいえ!!毎晩殺す時に手応えを感じるのです!!」
「毎晩殺した後は穴を掘っているのですか?」
「勿論です。でないとまた脅されてしまいます!!」
「あなたの周りで行方不明になっている人はいますか?」
「はい・・・ですが私は脅されているのです!!妻にバラすと言って。間違いなくあの女と弟なのです!!」
「きっとあなたの怯えた心が勘違いさせているのです。埋めたところを掘り返して見てください。あなたの周りで行方不明になっている人達が出てくることでしょう」
「そんな!あり得ない!!」
告解室のどこかを殴ったのか大きな音がした。
「これ以上罪を重ねてはいけません」
「私は悪くない!!絶対に悪くないんだ!!」
罪を告白した男はそう言い残して告解室から走って逃げてしまった。
孤児達に「さっきの男が誰か解りますか?」と聞くと一人の名前が挙がった。
けれど私には誰かに伝えることが出来ない。
これ以上誰かが殺されなければいいのだがと神父は憂い顔をした。
それから五日後、罪の告白をした男は妻を殺して大声で泣き喚いているところを近隣の人に見つかって捕まった。
捕まるまでに殺した人の数は十三人いた。
その中には男の親兄弟もいた。
男はたった一人の女との浮気で何もかもを失い、自分の命までも失うことになってしまった。
愚かなことだと思ったが、神父が口にすることはなかった。
その翌日、女が告解室に現れた。
姑の悪口を一時間、繰り返して帰っていった。
悪口程度ならいくらでも聞くから、いつでも来るように伝えた。
嫁姑問題も悪化すると悲しい結果を生むこともあるのだ。
告解室で聞くのは愚痴位で止めておいて欲しいものだ。と神父は口には出せないので、内心でこぼした。
教会の頂点が法皇、その下に大司教、司教、司祭(神父)、助祭(神父見習い)としています。
神学校は存在していないという設定です。
神学校があると孤児達が神父になれないので。
その代わりに見習い期間をおおよそ五年くらいに設定しています。
この教会には神父が五人、見習いが五〜八人くらい居て、シスターが十人くらい居ます。
シスターは主に孤児たちの世話係になっています。
孤児達は0〜十五歳までで五十人前後います。
披露宴や軽食のために調理人が三人(毎日の食事の用意もします)います。人数が必要な時は後五人くらいは不定期契約で調理人を増やせます。
調理に特化したシスターと孤児達も調理に入ります。
全員とても腕のいい調理人、調理補助です。
孤児、神父見習いの人数は話によって変動しています。
役に立たない神父は三人います。(笑)
後の二人はこの教会の孤児から神父になった人なのでとても有能です。ですがまだ若手なので結婚、葬式を取り仕切る神父として選ばれることはあまりありません。
結婚、葬式費用の中に孤児達の活動費が含まれているので、他所の教会に比べると割高になっていますが、他の教会よりも対処の仕方が素晴らしいと評判で、人気があります。
平民の小さな式(孤児の費用は請求されませんが、商家などの規模の大きなものは請求されます)から伯爵家くらいまでの式が出来ます。
ですが、貴族から人気があるので規模を落としてでもここの教会を選ぶ公爵、侯爵家が増えています。
聖堂を大きくして欲しいと要望があり、寄付金も比較的簡単に集まりますが、平民のための教会としてもありたいために中規模を維持しています。
孤児達は目を金貨に変えて大規模に・・・と思っていますが。(笑)
話によって設定が変わることがあります。
年代も前後している場合もありますので。
なんとなくこういう設定、位に思っていただければ幸いです。




