16 赤ん坊の死と三人目の妻との結婚式
中規模よりちょっと大きめな教会。
その裏に生け垣に囲まれた孤児院が併設されていて、孤児院の子供達は教会の仕事をお手伝いしながら毎日走り回っていた。
けれど今日は孤児達がひっそりとしている。
神父も沈痛な顔をして涙を流していました。
数日前に孤児院の前に捨てられていた赤ん坊が天に召されてしまったからだった。
冬の寒い日に身元を知られたくなかったのか、一枚の布に巻かれただけの赤ん坊が捨てられていました。
見つけた時には赤ん坊が手足をバタバタさせたせいでしょうか?それとも死んで欲しいと思って置いていった人のせいでしょうか?
巻かれていた布すら体を守ることなく、はだけていました。
見つけたシスターは慌てて赤ん坊をスープを作るために火を入れていたお湯を使って温めました。
捨てられた場所に何時間いたのでしょうか?赤ん坊の震えがなくなるまでには長い時間かかりました。
お湯から出した途端に熱を出し、荒い息をして、山羊の乳を飲むことも出来ませんでした。
誰もが助からないだろうと思いました。その赤ん坊は二日も頑張りましたが天に召されてしまいました。
とても小さな棺に入れられ、冬のために入れてあげられる花もなく、名もなく、孤児院の肌着を着せられ、捨てられた時に包まれていた布を足元に入れて、火葬にされます。
孤児のために墓所を用意できないからです。
火葬から帰ってきた赤ん坊は砕かれ灰になって、孤児院の中で一番大きな木の根元に埋められることになります。
もう何人の孤児がこの木の根元に埋められているか解りません。
孤児達全員で木の根元を掘り、赤ん坊の遺骨と灰を埋めました。
赤ん坊は埋められてからダリアと名付けられました。
天に召された赤ん坊は女の子だったのです。
「春になったらダリアの花の種をまこう」
「うん。そう、だね。そうしよう」
神などいないといつも言っている孤児達もこんな時は祈りを捧げます。
ダリアが神の下で幸せでいられるようにと。
祈りが終わったら日常に戻ります。
教会を訪ねてくる人はたくさんいるのです。
頼りない神父に任せていると、孤児達の食事の質が下がってしまいます。
寒いので扉は閉じられていますが、今日も沢山の人が教会を訪れて祈りを捧げたり、告解したり、結婚、葬式の相談に来られます。
祈りを捧げて寄付をしてくださる人は孤児達にとってはいいカモです。
孤児達はニヤニヤしながら明日の準備を始めようと動き始めます。
明日の結婚式は新郎には既に奥様が二人いらっしゃる方だと聞かされていて、問題が多々起きる可能性があると孤児達は腹をくくって挑みます。
翌日、十時開始のはずが十時半になっても結婚式が開始されませんでした。
十時五分くらいまではウエディングマーチを演奏していた孤児も今では奥へと下がり、成人に近い孤児達が現状の説明をしています。
二人の奥様が新しい奥様に掴みかかって取っ組み合いが始まってしまったそうです。
新郎と神父は全く役に立たず、体の小さい孤児も役に立ちません。
シスターがバケツ一杯の水を取っ組み合っている三人にぶち掛けて、やっと収まりました。
ですが、ウエディングドレスがびしょ濡れです。
何事も準備している孤児達もさすがに新婦の体型にあうウエディングドレスの替えは用意していません。
よく見るとところどころ裂けていることにも気が付きました。このウエディングドレスは今日の結婚式には使えないことに新婦は肩を落としています。
なんとかしなければなりません。
レンタルのウエディングドレスで諦めてもらうしかありません。
新婦に教会で準備している最も豪華なウエディングドレスを着せて、元々着ていたウエディングドレスの一部を飾りに仕立てていきます。
サイズが合っていないところをところどころ摘んでなんとか見られるようになったのは結婚式開始予定時刻から一時間以上が経っていました。
二人の奥様は護衛騎士に掴まれて座らされていて、口元には猿ぐつわがされていました。
そんな場所へ新たに嫁ぐ新婦の気がしれないと思いつつ、孤児達は招待客を指定の椅子に座るようにお願いして回ります。
新婦は父親に連れられてウエディングマーチが流れる赤い絨毯の上に踏み出しました。
護衛騎士たちがしっかり掴んでいるのか、ガタゴトと音は鳴っていますが、無事に新郎に手渡すことが出来ました。
いつもなら神父が「この結婚に異議があるものは・・・」と問いかけるのですが、神父もたまには空気を読んだようでその行は飛ばしていました。
神父の口はいつもの倍以上の速さで動いています。
この結婚式に神聖さも何もあったものではありません。
教会の入口で花びらを巻かれるのですが、孤児の誘導するスピードは早く、新郎新婦は花びらをほんの少しだけ浴びて、控室へ下がっていった。
招待客の方たちには披露宴会場へと移動してもらう。
二人の奥様は護衛騎士に抱えられるように披露宴会場へと連れて行かれ、孤児がロープを騎士に渡していた。
帰らせるわけにはいかないのだろうか?
そう思うけれど、孤児達に言えることではない。
新婦は使用人に取りにいかせた白い普通のドレスに着替えて新郎に連れられて披露宴会場へと現れた。
新郎を連れてきた孤児がOKマークを出しているので、延長料をもらえることが解ったので、進行をゆっくりとしたものに変える。
奥様の一人がロープで椅子にくくりつけられているのにもかかわらず、立ち上がり新郎新婦の下へと行こうとしているのが目に入り、護衛騎士に伝えると護衛騎士は椅子ごと奥様を抱え上げて、元の席へと戻した。
その後は特に何もなく披露宴は終わり、招待客が帰り
新郎新婦と奥様と護衛が残された。
なぜ帰らないのか首を傾げていると、新郎が二人の奥様と別れたいと言い出し、二人の奥様と同じところに帰りたくないとごねているらしかった。
「淑女としてあんな恥ずかしい真似をして、私は恥をかかされた。離婚の手続きを取ってくれ!!」
新郎はかなりお怒りのようで、神父が「家で話し合ってから届け出を出してもいいんじゃないですか?」と言っても「これで帰ったら、妻との初夜を邪魔するに決まっている。妻との大切な結婚式を壊されて私は許せない気持ちでいっぱいだ!!」
神父と孤児はため息をついて、離婚届を二通用意した。
その二通は勿論二人の妻が破いていたが、新郎が「新しいものを用意してくれ」というので孤児がこの教会にある離婚届を全て新郎に渡した。
「破損させたものに関しては料金を頂きます」
離婚届を用意した孤児が笑顔でそう伝えた。
新郎はちょっと顔をひきつらせて口を開いて発した言葉は「二人共実家に帰ってくれ。私が許せると思ったら帰ってくるように手紙を出すよ。私から連絡するまでは一切接触してこないでくれ」
孤児は妻を三人も持とうとするのが悪いのではないのか?と思ったが、二人の奥様が神妙にしているので貴族ってよく解らない。と結論付けた。
ぼったくりと言われるぐらいの迷惑料という名の追加料金をがっぽりいただいて、長い一日は終わった。




