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いつかヘリアンサスに誓って  作者: 森陰 五十鈴
第六章 騒めく、夜森
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対峙

 太陽のような金の髪に、若葉色の瞳。華のある顔立ちは三十となってなお色男ぶりを発揮しており、全身が輝いているのではないかと錯覚しそうなほど。とても石積みの殺風景な砦には似つかわしくない人物だった。如何にも王宮が似合いそうだ。そして、無意識にその隣にジュディスの姿を並べてしまい――グレアムは気分を害した。明るい雰囲気でお似合いなのが、なんだか癪だ。

 なんてことを口に出すことなどできるはずもなく、グレアムはトラヴィスと一緒に脇に寄り、一礼しながら一行が通り過ぎるのを待った。早くこの場をやり過ごしてしまいたい。そう頭の隅で考えていると、あろうことかロデリックはグレアムの前で立ち止まってしまった。


「無事、生き残っているようだね」


 頭を下げたまま固まっているところに降り注いだ冷たい声。グレアムは相手が自分を知っていることに驚いた。グレアム自身はロデリックとの縁はない。グレアムが顔を見知っているのは、貴族として王族の顔を把握する義務によるものである。だが、ロデリックには一伯爵の子息の顔を知っている義務はないだろう。だから、あちらはこちらのことなど知らないと思っていたのに――グレアムの思惑は外れてしまった。

 同時に何故、と思う。王太子がグレアムのことを知っている理由に心当たりがなかった。


「ジュディスの魔力なしで、この魔の森で三年間逃げずにやっていられるとはね。優等生だったというのもなまじ嘘ではないみたいだね」

「は……?」


 隣でトラヴィスが顔を上げたのに嫌な予感を覚えて、彼の脛を軽く蹴る。仮にも相手は王太子。彼に突っかかってしまったら大変だ。小さく呻いた友人は、グレアムの意図を組んでくれたようで、不貞腐れながら大人しく引き下がってくれた。

 だが結果、グレアムも顔を上げることになってしまったのは、あまり歓迎できる事態ではなかった。一度ロデリックと視線が合ってしまえば、簡単に逸らすわけにもいかなくなる。


「この砦での生活はどう? 世間の目から逃げ出すには、少々過酷だと思うのだけれど」


 グレアムが応対から逃げられないのを悟ってだろう、皮肉交じりにそう話す王太子。グレアムを知っていることへの驚きから嫌みの言葉はまったく気になっていなかったのだが、しかしこれにはグレアムも腹が立ち、お言葉ですが、と相手の若葉色の眼を真っ直ぐに見つめて口を開いた。


「私はそのような浅い覚悟でここに来ているわけではございません。今のお言葉は、私以上に、この砦に詰めている者に対しての侮辱となります」


 グレアムの動機はさておき。

 ここに居る兵士たちの中には、確かに望んできた者たちばかりではない。マシューは左遷されたようなものだし、他にもかつての居場所を追われて仕方なくここに流れ着いた者たちもいる。しかし、彼らが不貞腐れていたのは本当にはじめのうちだけだ。この森では、そうやって我が身の不幸を嘆いている間に喰われる。それを身をもって実感しているからこそ、ここの砦に居る兵士たちはすべて、確かな覚悟と志をもって、魔の森からの防衛に命を捧げている。

 この場所を、ただの逃げ場と思われるのは、我慢ならなかった。

 反抗するとは思わなかったのだろう、駐在兵も近衛兵も呆気に取られた表情でグレアムのほうを見ていた。まあ、王太子に対する態度ではないな、と自分でも思う。ただ、ジュディスのことに関する反発心が、グレアムのこの態度を生んだ。


「確かに。一理あるな。お前に同調するのは癪ではあるけれど、国を守ってくれている者たちへ向ける言葉でなかったことは確かだ」


 申し訳ないことをした、と王太子を案内をしていた砦の責任者である総司令に謝罪する。総司令は鈍く反応すると、グレアムに咎めるような視線を送った。確かに、礼を欠いて言い過ぎたかもしれない。


「では、何故お前はここにいる?」

「私のような愚か者でも、守りたいものがあるからです」

「それは?」


 グレアムは黙秘した。いくらジュディスの伴侶とはいえ、過去の誓いに関することまで話す必要はない。踏み込まれたくない、というのが正直な思いだった。


「ジュディスのことは訊かないのか」


 グレアムの頭に血が上る。その話題を避けようとしたというのに、まさか、あちらからジュディスの話題を持ち出してくるとは思わなかった。

 それでもなんとかぎりぎりのところで冷静さを保って王太子に返す。


「御身は公務で来られているはず。そのようなお方に、私事(わたくしごと)を持ちかけるのは(はばか)られます」

「私が許す、といえば?」


 グレアムは、目を伏せた。もはや限界だった。あちらはなにがなんでもグレアムに口を割らせたいらしい。あえて口に出したい想いではない。が、どう躱したところで、ロデリックも引き下がる気はないのだろう。

 ならば、とグレアムは覚悟を決めた。

 なるようになれ。


「無礼を承知で、処罰覚悟で申し上げます。貴方の口からは、如何なる内容であっても、ジュディスについてのお話をお聞きしたくはございません」


 視線はロデリックの新緑の目に向かっていたが、周囲が騒然とするのをグレアムは感じ取っていた。特に、隣からの視線が痛い。

 ――まあ、喧嘩を止めた人間が喧嘩をしているのだから当然か。

 もっとも、売ってきたのはあちらである。


「あまりに自分本意な台詞だね」


 失笑、とばかりにロデリックは鼻を鳴らすと、グレアムに顔を近づけて、いっそう厳しい眼差しでグレアムを睨みつけながら囁いた。


「お前にジュディスは渡さない」


 それからロデリックはグレアムから離れると、口元だけ微笑を浮かべてグレアムを見据えた。


「今のは聞かなかったことにしておこう。故に処罰されることもないので、安心すると良い」


 そうしてロデリックは踵を返す。


「せいぜい、この森の土に身を埋めると良いよ」


 些事で煩わせてすまなかった、と周囲の者に声を掛け、王太子は案内を続けるように促した。立ち去っていく彼は、もはやグレアムのことなど振り返らない。

 すれ違いざま、白い服の人々が興味深そうな視線を向ける中で、唯一葡萄酒色の制服の人物だけがきつくグレアムを睨みつけた。

 ああ、これはあとで呼び出しか、とグレアムは嘆息する。


「お前……度胸あるな」


 トラヴィスの灰色の目に呆れの色が混じっているのを見て、グレアムは苦笑した。 


「お前の馬鹿さが移ったな」


 なにを、と拳を振り上げるトラヴィスを軽くあしらいながら、グレアムはロデリックの台詞を頭の中で反芻する。


 ――ジュディスは〝渡さない〟……?


 不可解な言葉に訝しむ。渡すもなにも、ジュディスは既にロデリックのもとにいるはずだろうに。

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[一言] グレアム、よう言った!!!
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