8話
「違う! ……ロイゼ、違うんだ」
陛下は大きく首を振ると、私を見つめた。
「ただ、君が心配だった。だが……」
ゆらゆらと揺れる深青の瞳は、悲痛さが滲んでいた。
「信じてもらえないのも、当然だ。私はそれだけ君に酷いことをしたのだから」
今世の記憶は完全に取り戻した。
だから、目の前にいる陛下が過去の私に何をしたのか理解できる。
陛下は私を信じてはくれなかった。私という可能性を考慮することもなかった。
エルマがどのように運命の番のふりをしたのかは、まだ不明だけど……。
悲しかった。
辛かった。
信じてほしかった。
あなただけを追い求め続けて、上った頂の結果がこれかと、悔しかった。
今の私なら、目の前のひとに、この想いをぶつけることができる。
なんで、どうして、と想いのままに詰ることができるのだ。
……でも。
「……陛下」
その瞳を見つめ返し、ゆっくりと呼ぶ。
過ぎ去った遠い記憶、私があなたを追い求めた理由。前世のアレックスという存在。
あんなに追い求めたほど愛おしかったはずの彼のこと、朧げにしか思い出せない。
それは、私が消失魔法を使った後遺症かもしれなかった。
確かにあの瞬間、私の心の大事な一部が壊れるのを感じたから。
「ロイゼという存在は、陛下が信じるに値しなかった。……それだけのことです」
「っ! ロイゼ、私は……」
陛下は苦しそうに表情を歪めた。
でも、胸をすくような爽快感はない。
ただ、虚しさが残るだけだ。
「私、は……」
陛下は、何かを言いかけ、そしてやめた。
「…………」
静寂が落ちる。
本件でどれほどエルマの介入があったかは不明だ。エルマに精神を支配されていたのかもしれない。それだったら、仕方がないのかもしれない。……でも、そこまで考慮ができなかった。
ーー大人になりきれない自分を分かった上で、陛下にわざわざ言ってしまったのだ。
……これでは、癇癪を起こす子供だわ。
辞職が完全にできておらず、まだ団長の私が、こんなことでは、魔術師団の士気にかかわる。
「申し訳ございません。感情の制御ができませんでした」
陛下に最上級の礼をする。
「未熟な私に警護されるのはご不快だとは思いますが、陛下の御身は必ずお守りいたしますので、どうぞおくつろぎください」
とりあえず、結界の張り直しはしたほうがいいわ。
それから、魔力の糸を張り巡らせて、万一悪意ある何者かが近づいた時に、一斉に知らせが飛ぶようにして。
それからーー。
「……ロイゼ」
礼をしながら思考を巡らせていると、名前を呼ばれ顔を上げる。
「はい」
「私はーー……臆病者なんだ」
密やかに吐き出された言葉を、ゆっくりと咀嚼する。
表面の言葉だけ見ると、警護の件についての話のように聞こえる。だから、厚く警護をしてくれ、と続くような。
でも、きっと、そうじゃない。
「だから」
陛下は言葉をそこでとめ、私を見つめた。
先ほどまでゆらゆらと揺れていた深青の瞳は、まっすぐに私をとらえていた。
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