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間違えられた番様は、消えました。  作者: 夕立悠理
五章 私が取り戻せたもの、取り戻せなかったもの

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8話

「違う! ……ロイゼ、違うんだ」

 陛下は大きく首を振ると、私を見つめた。

「ただ、君が心配だった。だが……」

 ゆらゆらと揺れる深青の瞳は、悲痛さが滲んでいた。

「信じてもらえないのも、当然だ。私はそれだけ君に酷いことをしたのだから」

 今世の記憶は完全に取り戻した。

 だから、目の前にいる陛下が過去の私に何をしたのか理解できる。

 陛下は私を信じてはくれなかった。私という可能性を考慮することもなかった。

 エルマがどのように運命の番のふりをしたのかは、まだ不明だけど……。

 

 悲しかった。

 辛かった。

 信じてほしかった。


 あなただけを追い求め続けて、上った頂の結果がこれかと、悔しかった。


 今の私なら、目の前のひとに、この想いをぶつけることができる。

 なんで、どうして、と想いのままに詰ることができるのだ。

 ……でも。


「……陛下」

 その瞳を見つめ返し、ゆっくりと呼ぶ。


 過ぎ去った遠い記憶、私があなたを追い求めた理由。前世のアレックスという存在。

 あんなに追い求めたほど愛おしかったはずの彼のこと、朧げにしか思い出せない。


 それは、私が消失魔法を使った後遺症かもしれなかった。


 確かにあの瞬間、私の心の大事な一部が壊れるのを感じたから。


 

「ロイゼという存在は、陛下が信じるに値しなかった。……それだけのことです」


「っ! ロイゼ、私は……」


 陛下は苦しそうに表情を歪めた。

 でも、胸をすくような爽快感はない。

 ただ、虚しさが残るだけだ。


「私、は……」


 陛下は、何かを言いかけ、そしてやめた。


「…………」


 静寂が落ちる。


 本件でどれほどエルマの介入があったかは不明だ。エルマに精神を支配されていたのかもしれない。それだったら、仕方がないのかもしれない。……でも、そこまで考慮ができなかった。


 ーー大人になりきれない自分を分かった上で、陛下にわざわざ言ってしまったのだ。


 ……これでは、癇癪を起こす子供だわ。


 辞職が完全にできておらず、まだ団長の私が、こんなことでは、魔術師団の士気にかかわる。

 

「申し訳ございません。感情の制御ができませんでした」


 陛下に最上級の礼をする。


「未熟な私に警護されるのはご不快だとは思いますが、陛下の御身は必ずお守りいたしますので、どうぞおくつろぎください」


 とりあえず、結界の張り直しはしたほうがいいわ。

 それから、魔力の糸を張り巡らせて、万一悪意ある何者かが近づいた時に、一斉に知らせが飛ぶようにして。


 それからーー。


「……ロイゼ」


 礼をしながら思考を巡らせていると、名前を呼ばれ顔を上げる。


「はい」


「私はーー……臆病者なんだ」


 密やかに吐き出された言葉を、ゆっくりと咀嚼する。

 表面の言葉だけ見ると、警護の件についての話のように聞こえる。だから、厚く警護をしてくれ、と続くような。


 でも、きっと、そうじゃない。


「だから」


 陛下は言葉をそこでとめ、私を見つめた。

 先ほどまでゆらゆらと揺れていた深青の瞳は、まっすぐに私をとらえていた。


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