2話
ーー私はいったいなんのために。
ここまで走ってきたの。
徐々に見えていく文字は、少しずつ私に思い出させる。
ーー必ず、あの壇上の高さまでたどり着いて見せる。
そう誓った日のことも。
ーーこれからは、君の友でライバルだ。
そう固く握った手の熱さも。
ーー夢が叶ったね。君が次の団長だ。
星のような遠い目標に手が届いたことも。
ーー君は私の運命の番じゃない。だから、君のことは、選べない。
自分の世界が、音を立てて崩れ落ちるような瞬間も。
ーー僕の勝手な期待とお節介を押し付けて、ごめん。
明かせない隠し事で、傷つけてしまった苦しみも。
ーーあなたの居場所、私がもらうわね。
悪意に満ちた、その言葉も。
ーーふぅん、逃げるのか。
失望に満ちたその瞳も。
ーー嘘をついてまで、竜王陛下の隣が欲しかったのか?
誰よりも何よりも近くにいた人に、信じてもらえなかった悲しみも。
「あ……あぁ」
そっか、そうだったんだ。
ううん、そうだった。
この経験こそが、私。ロイゼ・イーデンを形作るものたち。
ーーでも。
私は今までずっと、走り続けてきたはずだ。
ただ一つの目標に突き動かされて。
ーーあなたに会いたい。
だって、約束したから。何度生まれ変わっても、迷わずあなたを探しに行くと。
……それなのに。
今世の記憶とそれに伴う感情は、私の中にある。
でも……私を突き動かす衝動であった、ある意味一番私の大事な部分。
前世の記憶が朧気だった。
運命の番になろうと、約束したことは覚えている。たしかに、陛下を運命の番だと思い、そのために上り詰めたことも。
でも、どうしても、一番大切だった運命の番であるはずの、陛下や……アレックスへの熱も甘さも苦味も、思い出せない。
そこだけが以前と違う空洞だった。
ーーでも、それでも。
日記を閉じて、手を強く握りしめた。
私の中をめぐる魔力が、以前よりもずっと手に取るようにわかる。
必要な魔法の知識は、探さなくても浮かんでくる。
「……大丈夫」
私は、ちゃんと自分の足で立てる。
たとえ、以前のような突き動かす熱がなくなっても、空洞があったとしても。
それでもこの力があれば、ちゃんと一人でも立てる。
魔法はいつだって、私の味方だから。
消えたかった。
何も残さず、ただ、消えたかった。
でも、消えずにこうして戻ってきてしまった。
だからといって、そのことを嘆くだけでは意味がない。嘆くよりも、私がしたいこと。
かつての熱の代わりに私を突き動かすもの。
それはーー。
「ーー確かめたいの」
なぜ、陛下はエルマを番だとーーエルマが私に成り代われてしまったのか。
エルマは何を望み、そんなことをしたのか。その全てを。
ぶわり、と私の魔力が立ち上がる。
その魔力が形作るのは、魔法生物。
代々団長だけに継承される魔法だ。
「!!」
元気な鳴き声と共に、フクロウが姿を現す。
大いなる知恵を象徴するフクロウが、私の魔法生物だ。
フクロウの頭を撫でると、彼は、嬉しそうに目を細めた。
「ええと、ロイゼ様……?」
突然のフクロウの出現に驚いたアリーに微笑む。
「大丈夫。この子はあなたたちを傷つけないわ」
フクロウは大いなる知恵を持つけれど。
鋭い嘴と爪も持つ。
だからこそ、この子を私の魔法生物に選んだ。
「先ほどと顔つきが変わられましたね」
カイゼルが恭しく、礼をした。
「ええ。思い出したの」
全部ではない。
それでも、私の大事な記憶を思い出した。
……だから。
「……行っておいで」
窓からフクロウを解き放つ。
光り輝くその軌跡に目を細めた。
ーー美しいその飛行を、魔術師ならきっと誰もが見ることになる。
だれもが、目を背けられない。
だからこそーー。
「エルマ、あなたを見つけるわ」
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