ノクト
(ノクト視点)
――ベッドに横たわり、目を閉じる。
浮かぶのは、昨夜みた悪夢とも白昼夢ともつかない何かだ。
――次の満月に迎えに来るわ。
そういって、影は消えた。
「満月か……」
次の満月まで、あと20日余り。
満月になると、魔術師の魔力が高まるから、何か事を起こすつもりだろうか。
いや、そもそもあれは現実にあったことなのか?
だって、彼女……エルマ・アンバーの形をした影は確かに、言ったのだ。
この僕を、王子様と。
僕は公爵子息であり、王家の血を全く継いでいないといえば、嘘になるが。
私のという装飾がつけば、意味は全く異なる。
――しかし、どういうことだろう。
エルマ嬢は、陛下のことを愛しているのではなかったか。
それに、僕は彼女が苦手だ。
公爵家の子息である僕と、侯爵令嬢である彼女。
学園に通う前から、家の都合で交流が全くないわけではなかった。
エルマ嬢は、昔から対人距離がやたら近く、ひたすらに色んな相手にべたべたしていた。
僕はエルマ嬢とは異なり、他人との接触があまり得意ではない。
だからエルマ嬢の距離の近さも理由の一つだが、他にも――選民意識の強さも苦手だった。
いつだったか、エルマ嬢がべたべたしていた相手が去った後のこと。
これ以上ないほど冷めた目をして、触れていた手をハンカチで拭いた。
そして冷たい目をして、卑しい子、といったのだ。
エルマ嬢がべたべたしていたのは、子爵家の令嬢であり、当然、侯爵令嬢であるエルマ嬢よりも身分が低い。
子爵令嬢は、別に家が困窮しているわけでもなく、ドレスだって、それなりのものを着ていた。それに、マナーや礼節を守っていて、エルマ嬢から彼女にべたべたしていた。
それでもなお、卑しいというとは、彼女が高位貴族ではないからか。
……なるほど、それがエルマ嬢の本性か。
そう納得したのを覚えている。
その日以来、僕は以前にもまして彼女を避けるようになった。
それは、学園に入学して、ロイゼの師となってからも同じ。
ロイゼは自分の15分と定めた自由時間ぎりぎりまで、彼女といた。
なので、その間は避けて、ロイゼと魔法について話すようにしていた。
そんなエルマ嬢に僕が好かれる理由がない。
陛下を――運命の番と欺いてまで欲した相手を――さしおいてまで、僕を選ぶ理由がどこにある?
それこそ、選民思想の強い彼女なら、陛下の相手など、一番望むところじゃないか。
副団長よりも、公爵子息よりも、竜王のほうが比べられないほど強い立場だというのに。
「やはり、夢か……?」
実際、気づけば、僕はベッドに横たわっていた。
朝日の眩しさはしっかりと憶えている。
だったら、やはり、あれは夢?
「……ロイゼ」
――呼んだ名前は、ゆっくりと闇に溶ける。
夢でも現実でも変わらない。
たった一人の僕にとって特別な子。
ロイゼは僕を頼ってくれた。
そのことが、嬉しかった。……それに。
――ノクト殿。
僕を呼ぶその声音は、以前と変わりないものだった。
ようやくロイゼが自身の記憶の一部を取り戻した。
その瞬間に立ち会えたことが、これ以上なく、嬉しい。
でも。
僕のせいで、ロイゼを危険にさらした。
ロイゼが望んだこととはいえ、軽率に連れてくるべきではなかったし、連れてきたならそばを一瞬でも離れるべきではなかった。
僕の判断が招いた出来事だ。
陛下が魔石に組み込まれた魔法で転移してきたから良かったものの、それがなかったら、と思うとぞっとする。
僕は、一度ロイゼを失っている。
それも、僕のせいだ。
僕が、ロイゼのあと一歩を押した。
そのことを、忘れたつもりはない、と思っていたのに。
ロイゼが僕を頼り、優しくしてくれたから、痛みが薄れてしまっていた。
魔力に包まれるロイゼ。
ロイゼが消えた後の、綺麗な光。
あの光景を、忘れていいはずないのに。
しかし、なぜだろう。
エルマ嬢が隊長を務めていた、六番隊は、魅了魔法・洗脳魔法共に、反応はなかった。
でも、マリア・ユージンの様子は異常だ。
ただ憧れのエルマ嬢と因縁のあるロイゼに攻撃しただけには見えなかったし、そのエルマ嬢を慕う様も異常だ。
捕縛した他の六番隊の隊員も様子がおかしい。
昨日までは、ここまで変ではなかったはず。
エルマ嬢に憤りを感じていたように見えた。
だからこそ、僕はロイゼを招いたのだ。
それなのに、今は、まるで恋するように、エルマ嬢のことばかり。
「何かがおかしい」
魔法が一番怪しいと思っていたが――それ以外に、何かあるのだろうか。
僕は、エルマ嬢の調査から外れるように言われている。
エルマ嬢の調査以外にも、魔術師団がしなければならない仕事は多岐に渡る。
……でも。
もう二度と、ロイゼを失いたくない。
だから――……。
「私的に調べる必要があるな」
あと一話で四章は終わりで、次章に移ります。
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