10話
黒いインクで塗りつぶされていた、日記。
それはそのままかつての私の意思表示のように見えた。
誰にも知られたくない。
誰にも見られたくない。
誰にも触れられたくない。
だから、インクで塗り潰すことで、拒絶しようとしたのだ。
自分の心のうちを暴く誰かを。
「……そっか」
知られたくないのか。
日記を、棚に戻すか迷う。
「……でも」
でも、この日記も大事な私の欠片で、一部だ。
……だから。
私はそっと日記を抱きしめた。
インクの香りが胸に広がる。
「うん。……ごめんね、私」
私は、あなたの拒絶も。かつて経験したこと、感じたことも。両方大事にしたいんだ。
だから、持っていくね。
――日記を横に抱えて、扉を開ける。
「……あらぁ?」
「!?!?」
人の声にびっくりして、日記をとり落としそうになった。
なんとか、落とさずに声の方に視線を向ける。
「……あなた、見ない顔ね?」
そう言って、廊下から歩いてきた女性。
6のバッジがついてるから、第六部隊の隊員だろう。
私の制服は、ノクト殿曰く一番新人が多い、第十五部隊のバッジがついている。
「……新人、なので」
部屋から出たところを、見られた?
いや、あの角度だとぎりぎり見えてないはず。
「では」
会釈をして、足早にその場を後にしようとする。
「まあ、ちょっと待ちなさいよ。先輩に顔を覚えてもらうことも新人の仕事よ」
……ここで振り切って走る方が、かえって危険な気がする。
「……そうですね、先輩」
去ることは諦めて、なるべく印象に残らない返答を心がける。
「ふぅん……見たところ、顔は可愛いけど、平凡そうなのに」
「……あの、先輩?」
じろじろと上から下まで見られて、居心地が悪い。
思わず視線を逸らすと、彼女はにこっと微笑んだ。
「あなた。新人なのに、やるじゃない」
「――え?」
やるって、何が?
「団長の部屋に入るなんて」
――部屋から出るところを、見られた!?
……いや、かまをかけられている可能性もある。
どうする。
「そんなに部屋に入ったら、すごいんですか?」
入ったとも入ってないとも言わない。
「当然よ。部屋の魔法認証は、団長が作った魔法だもの」
「そうなんですね」
……!
そうなんだ。
知らなかった。
ぎゅっと、日記を握る。
「あら、知らなかったの?」
「はい」
「ふぅん。……団長の部屋に入ろうとした魔術師だーれも入れなかったものね。私も入れなかったもの」
主人が不在の部屋に入りたい用事など、第六部隊は、私との関わりが深かったのだろうか?
「だって、番を騙った団長の部屋、なんて、興味しかないでしょう?」
「――え」
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