5話
「……陛下」
後悔を湛えた深い青の瞳を見つめ返す。
「今更何を言っても遅いが……、本当にすまなかった」
――なぜ。
硬く手を握りしめる。
なぜ、過去の私を信じてくれなかったの。
その問いは、目覚めてからずっと私の中にある。
でも、詰ったところで仕方がないのだ。
今の私には詰るための記憶もない。
結果だけが私に残り、過程である過去や記憶は消えてしまった。
「……」
「信じられないかもしれないが、君が本当に、」
続く言葉は、先ほどと同じ、心配なんだ、だろうか。
けれど、予想に反して、陛下はそこで言葉を切った後、口を閉じた。
「言葉の価値を貶めたのは……私自身だな」
深い息と共に、吐き出された言葉がゆっくりと空気に溶ける。
「――ロイゼ」
陛下が手を差し出した。
その手には、陛下の瞳と同じ色の美しい石があった。
「この石は、君の身を守るものだ。できるだけ、外出は避けてほしいが、もし外出する際は持っていてほしい」
「……わかりました」
石を受け取る。
陛下は、私がしっかりと石を握ったのを確認して、立ち上がった。
私も立ちあがろうとすると、手で制される。
「夜分に訪れてすまなかった。……無事で、良かった」
最後の言葉は、震えていた。
額から汗を流すほど焦っていた姿が、蘇る。
「……あの」
咄嗟に引き留めるような言葉を言った自分に混乱する。
私は、この人に何を言いたいんだろうか。
何を言うべきなのだろうか。
思った通り、振り返った陛下は、戸惑った顔をしていた。
迷った挙句に、口から出たのは感謝だった。
「……来てくださって、ありがとうございます」
この人が心配しているのが、運命の番にせよ、私にせよ、わざわざ訪ねて来てくれた。
そのお礼はいうべきだ。
「この石も……ありがとうございます。出かける際は、持ち歩きます」
「ああ。そうしてくれると助かる」
……それから。
お礼のほかに何かいうべきことはあるだろうか。
心の中で言葉を探す。
「陛下、おやすみなさい」
なぜ、急にそんな言葉がでたのかは、わからない。
時間的には間違っていないけど、和やかな空気ではないのに。
陛下は、驚いた顔をした。
……当然だわ。
でも、私が発言を取り消す前に、陛下が微笑んだ。
「おやすみ、ロイゼ。……良い夢を」
今度こそ、陛下が去っていった。
夢、で思い出したけれど、そういえば、さっきまでうなされていたのだ。
「……アレク」
小さく呟いた名前は、そっと夜に浮んだ。
やはり、口馴染みのいい名前だ。
「ロイゼ様、よく眠れるハーブティーはいかがですか?」
「うん、お願い」
アリーの淹れてくれたハーブティーは、じんわりと私の体に染み渡る。
――悪夢なんて見ないほど、深く眠った。
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