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間違えられた番様は、消えました。  作者: 夕立悠理
三・五章 私の知らないこと

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ハロルド 2話

「エルマ・アンバーが、姿を消した……? 脱獄されたということか」

「――恐れながら」


 頷いた男は、話を続ける。


「しかし、エルマ・アンバー自身が魔法を使った形跡はありません」


 エルマ・アンバーには魔法封じの手錠をつけていた。

「……他の手引きがあったと?」


「はい。忽然と消えたので、何かしらの力で外部からの干渉があったものと思われます」


「アンバー侯爵家はどうなっている?」


 アンバー侯爵家の方へ意識を向ける。

 ――リィン。

 また鈴の音が鳴った。


『陛下!』

 音声魔法で、頭の中に浮かぶ声に耳を傾ける。

「なにかあったんだな?」

『アンバー侯爵家の人間が姿を消しました。残っているのは、使用人のみです』


 複数の魔法転移となれば、その予兆くらいはあるはず。それに精鋭部隊さえ予兆に気づかないことはありえない。


 ――よほどの手練れか、はたまた外の国か。


「侯爵邸を直ちに封鎖せよ。使用人は全員の聴取が終わるまで邸からだすな」

『はっ!』


 精鋭部隊や見張りの中に裏切り者がいた――という可能性は極めて低い。

 彼らとは契約を結んでいる。

 契約を違えれば、もうこの世に命はないだろう。


 消えた侯爵一家。

 そして、その一員であるエルマ・アンバーは私の番を騙った。


 ――となると。


「――ロイゼ!!」


 窓枠に足をかけて、外へ飛び立つ。

 ノクト・ディバリー副団長の家は、強い魔法防壁がある。

 だが、何かあってからでは遅いのだ。


 ――ロイゼ。


 魔術師学校の頃から、成績の伸び率と魔法に対する執念は目を見張るものがある少女がいると報告を受けていた。


 だが、その平民出身の彼女を魔術師団長に推薦する――そう前団長より報告を受けた際には、思わずペンを取り落とした。


 魔術師団は、実力主義だ。

 だが、そのほとんどが貴族の集まりであり、高みへ至るまでの道のりは決して平坦ではない。


 だから、まさかと思ったのだ。


 それと同時に、なぜそうまでするのかとも思っていた。


 魔術師団の幹部になった時点で、否、魔術師団に入団した時点で将来は約束される。


 それなのに、なぜそこまで高みを目指したのかと。

 高みへ行けるところまで行きたい。

 それは誰しも一度は思うことではあるが、ずっとその想いを挫けずに持ち続けるのは、不可能ではないのかと。



 ――だから。


 そんな彼女に面談で想いを告げられた時、エルマが番だと思っていながら――。


 揺らいだのだ。


 真摯に私を見つめるその瞳の眩しさに、思わず息を呑んだ。


 だが、私はそれに固く蓋をして自分を守ることにした。


 ミルフィアと、約束したから。


 彼女だけを愛し続けると。



 だから、ロイゼが私の番を騙ったとエルマに言われたときに、愚かにもより攻撃的になった。

 ロイゼを排除することで、ミルフィアとの約束を守る自分になれると思った。


「――ロイゼ」


 ロイゼが目を覚ましたとき、これ以上ないほど嬉しかった。

 彼女が私をもうあの熱のこもった瞳で見ることはないとしても。

 生きてくれて嬉しかった。



 

 それでも貪欲なもので、彼女が生きているとわかれば、今度は自分をあの瞳で映して欲しいと思うようになってしまった。


 ――でも。


 もう、そんなことは望まない。



 だから、どうか――。



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