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間違えられた番様は、消えました。  作者: 夕立悠理
三章 私という存在

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16話

 ぼろぼろと、とめどなく涙は流れていた。

「……」


 なんと声をかけていいかもわからずに、唇を噛む。


「……ノクト様」


 結局、しばらくして自然と出てきたのは、彼の名前だけだった。


「……ごめん。ごめんなさい、ロイゼ――」


 まるで大罪を悔いる罪人のように、彼の言葉は涙と後悔に濡れ、手は震えていた。


「僕は、君に感謝されるような人間じゃないんだ……」

「!」


 それは、ノクト様の口から初めて聞く、「何か」の断片だった。


「僕のせいで君は――。それなのに、僕は君からの言葉を嬉しいと思ってしまった」


 ――僕にそんな資格ないのに。


 小さく呟かれた言葉だったけれど、近い距離にいた私の耳には簡単に届いた。


 ノクト様にそこまで言わせるほどの「何か」とはいったいなんだろう。


 でも、「何か」についてそこに至る過程も想いも忘れてしまった私には、判断がつかない。

 ……だから。


「ノクト様」


 そっとその名前を呼ぶ。


「私たちの間に何があったのか、今の私にはわかりません。でも、あなたが私に魔法を教えてくれたことは、事実です」


 思い出そうとすれば、魔法の知識はいつでも鮮やかに蘇る。

 たくさんのその知識は、平民にはなかなか得られないものだ。


「……だから、ありがとうございます。私に魔法を教えてくれて」


 まっすぐ金の瞳を見つめる。


「あなたが教えてくれた知識が、今でも私の中に根付いていて、力をくれる。何度言っても足りないけれど……ありがとうございます」


「……っ」


 金の瞳から零れる涙は、止まる気配がない。


 そっと、その背に手を伸ばす。


「!?」


 ノクト様は、一瞬驚いた顔をしたけれど、拒絶はされなかった。


 そのことに、なぜだかとてもほっとした。


 背を、撫でる。

 先ほどノクト様が私にしてくれたように、ノクト様の涙が止まるまでずっと、その背を撫で続けていた。








「……ごめん、みっともないところ見せちゃったね」

 ノクト様の目は、赤い。

「いいえ、私も泣いたのでお互い様です」

「……ありがとう」


 首を振る。

 お礼を言うのはこちらのほうだ。


「そういえば……」


 アリーとカイゼルをずっと待たせてしまっていた。二人ともお腹が空いているだろうし、魚も冷めてしまっているだろう。


 そう思って、辺りを見回すと、アリーもカイゼルもいなかった。


「アリー、カイゼル?」


 二人の名前を呼ぶ。

 すると、二人が厨房の中に入ってきた。


「大事なお話だと思ったので、席を外しておりました」


 ……なるほど。


「気を遣ってくれて、ありがとう」



 二人に微笑んでいると、ノクト様が焦った顔をした。


「……僕はそろそろ行かなくちゃ。僕を呼んでくれて、ありがとう、ロイゼ。いつでも来るから、いつでも呼んでね」


「はい、ありがとうございます」


 ノクト様を光が包み、そして、消えた。

 転移魔法を使ったのだろう。


「魚、魔法で温め直すね」


 魔法の感覚は、さっきので掴めた。

 三人分の魚に、魔法を使う。


 湯気が出て、美味しそうな匂いがする。


「待たせてしまって、ごめんなさい。昼食にしましょう」

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お読みいただき有難うございます
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こちらも覗いていただけたら幸いです。完結作なので安心して読んでいただけます。
悪役令嬢な私が、あなたのためにできること
― 新着の感想 ―
おお…ロイゼがノクトに魔法を教えてくれた感謝を述べるか… 教えてもらった消失魔法によって一時は存在が消えかけ、記憶を失ったロイゼが… 凄まじい回でしたね…これは今後のノクトが何を思いどう動く…
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