15話
――その後悔の理由を、私は知らない。
「だから、信じて。魔法はいつだって君のそばにいる」
「……はい」
かつての「私」という個の記憶を失っても、魔法の記憶は寄り添ってくれる。
魔法は、私から奪わない。
魔法は、優しい。
魔法は、私を裏切らない――。
そこまで思ったところで、血液とは違う体を巡る流れを感じた。
なるほど、これが魔力。
知識としてあっても、今の私が感じるのは初めてだ。
私が生まれ落ちた時から、ずっとそばにいてくれたその力に微笑む。
どこまでも温かく優しいその力は、誰かに似ていると、ふと、思った。
「――よし、できるね」
疑問ではなく断定だった。
ノクト様に頷く。
白身魚まで魔力の流れを延長して、強くイメージする。
元々の美味しそうなソテーの姿は、アリーが別の皿によそっていたもので完璧にイメージできた。
そして今の姿は、目の前にあるのでイメージはとても容易い。
あとは今の姿から元の姿に戻るように、強く念じて――。
「!!、魚が……」
アリーの言葉通り、真っ黒焦げだった魚は徐々に程よい焼き加減に変わっていく。
私の体を巡っていた魔力が魔法の代償として、少し消えるのを感じた。
そして……。
「よかった……焦げがなくなってる!」
完全に他の皿と同じ焼き加減になった魚を見て、アリーはほっとしたように息を吐いた。
「……これが、魔法」
神ではなく人が奇跡を起こすためのただ一つの方法。
ちゃんと、使えた。
「うん、そうだよ」
ノクト様は私に微笑んだ。
「君が努力で手に入れた力だ」
「…………」
私の努力。
それは、たしかにそうなのだろう。
だからこそ、魔法は私を裏切らない。
でも――。
「それだけじゃない」
「え?」
ぱちぱちと意外そうに瞬きをしたノクト様を、見つめる。
「あなたが教えてくれた。……前も、今も。あなたが私に教えてくれた力です」
力は使い方を教えてもらえなければ、使うことができない。
制御できない力は、ときに暴力となってしまう。
独学といっても限度があるし、かつて師匠だったらしい彼は、何度も私に教えてくれたはずだ。
――ノクト様との間に何があったのかは、全く憶えていない。
どんなふうに師事して、友情を築いて、切磋琢磨しあったのか、何一つ私の中に残ってはいない。
それでもこの神秘の力は、確かに私に囁くのだ。
決して私だけの力で、ここまでこれたわけではないと。
「……ありがとうございます」
前の私は、ノクト様にちゃんと不足なく感謝を伝えていたのだろうか。
かつての私と彼の間に「何か」があったのは、事実だろう。
でも、この力がノクト様のおかげによるものだということも事実だった。
金の瞳を揺らした彼から、目を逸らさず続ける。
「あなたがいたから、私は魔法を使える。そして、あなたの教えてくれた魔法が記憶を失くしても、こうして私に寄り添ってくれる。……ありがとうございます。何度言っても、全然足りないけれど――」
それは、言葉を尽くさない理由にはならないから。
「……ごめん」
短い、謝罪だった。
なんの謝罪なのか疑問に思うよりも、先に。
――ノクト様の瞳からは、涙が溢れていた。
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