9話
ノクト様は、そう冗談めかして笑った。
「とはいっても、魔法に限らず、君にはたくさん選択肢がある。他の誰でもない今の君が、したいことをするのが一番だと思うよ」
――他の誰でもない、今の私。
記憶が抜け落ち、感情の起伏があまりない今の私。
……でも。
「……ありがとうございます」
私を見てくれた、その言葉は嬉しかったから。
唇が自然と弧を描く。
「! ……ううん」
ノクト様から笛を受け取る。
紐もついているそれを、首にかけた。
「ありがとうございました。家のことも、魔法のことも」
「そんなに畏まらないで。僕がしたいことをしただけだから」
首を振るとノクト様は、微笑んだ。
「……さて。そろそろ城に戻るけど――遠慮なく、笛は吹いてね。魔法に限らず、困ったことがあったらいつでも」
「……はい」
――優しい人だ、と思う。
彼との間に何かがあったのは、間違いないのだろうけれど。
それでも、記憶がない今の私の意思を尊重してくれたのは、彼だった。
そんなことをぼんやりと考えながら頷く。
「じゃあね」
ノクト様に手を振りかえす。
すると――。
「消えた……」
淡い光に包まれてノクト様は、消えた。
「ううん、あれは――転移魔法だわ」
私の頭の中の知識が囁くままに、呟く。
「――すごい! すごいですね!」
その様子を近くで眺めていたアリーは、興奮気味に私を見た。
「魔法を初めて見ました!」
きらきらと輝く瞳は、まるで、幼子のようで、微笑ましい。
「わたしも初めて見ましたが……あんなに一瞬で消えるものなんですね」
カイゼルも感心した様子で、ノクト様がいた方を見ている。
「転移魔法は、よほど練度が高くないと別の場所に転移するから――本当に優秀な方みたい」
知識を手繰り寄せると、二人は感心したようにため息を漏らした。
君の次に優秀な魔術師、なんて冗談めかして言っていたけれど――。
私は、魔術師団長だったのだという。
彼よりも上の立場の。
……本当に?
――かつての私は、本当に一人でそんなところまで上りつめることができたのかしら。
平民の私に、家庭教師がついていたとは考えられない。
それなのに、魔術師の通う学校に入学して、無事卒業して、それで魔術師団長まで?
話が出来すぎではないだろうか。
――そういえば。
「……元師匠で、友で、ライバル」
そう、ノクト様は言っていた気がする。
だったら、彼が魔法を私に教えてくれたのだろうか。
彼のように優秀な魔術師から教わったなら、魔術師団長になれる可能性はありそうだ。
でも、彼が私に魔法を教える利点はあったのだろうか。
「ロイゼ様?」
考え込んだ私を不思議そうにアリーとカイゼルが見つめていた。
「ううん。……!」
首を振ったところで、腹の虫が鳴った。
「ふふ、昼食にいたしましょうか」
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