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間違えられた番様は、消えました。  作者: 夕立悠理
三章 私という存在

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9話

 ノクト様は、そう冗談めかして笑った。


「とはいっても、魔法に限らず、君にはたくさん選択肢がある。他の誰でもない今の君が、したいことをするのが一番だと思うよ」


 ――他の誰でもない、今の私。

 記憶が抜け落ち、感情の起伏があまりない今の私。

 ……でも。


「……ありがとうございます」


 私を見てくれた、その言葉は嬉しかったから。

 唇が自然と弧を描く。


「! ……ううん」


 ノクト様から笛を受け取る。

 紐もついているそれを、首にかけた。


「ありがとうございました。家のことも、魔法のことも」

「そんなに畏まらないで。僕がしたいことをしただけだから」


 首を振るとノクト様は、微笑んだ。


「……さて。そろそろ城に戻るけど――遠慮なく、笛は吹いてね。魔法に限らず、困ったことがあったらいつでも」


「……はい」


 ――優しい人だ、と思う。

 彼との間に何かがあったのは、間違いないのだろうけれど。

 それでも、記憶がない今の私の意思を尊重してくれたのは、彼だった。


 そんなことをぼんやりと考えながら頷く。


「じゃあね」


 ノクト様に手を振りかえす。

 すると――。


「消えた……」


 淡い光に包まれてノクト様は、消えた。


「ううん、あれは――転移魔法だわ」


 私の頭の中の知識が囁くままに、呟く。


「――すごい! すごいですね!」

 その様子を近くで眺めていたアリーは、興奮気味に私を見た。


「魔法を初めて見ました!」

 きらきらと輝く瞳は、まるで、幼子のようで、微笑ましい。


「わたしも初めて見ましたが……あんなに一瞬で消えるものなんですね」


 カイゼルも感心した様子で、ノクト様がいた方を見ている。


「転移魔法は、よほど練度が高くないと別の場所に転移するから――本当に優秀な方みたい」


 知識を手繰り寄せると、二人は感心したようにため息を漏らした。

 

 君の次に優秀な魔術師、なんて冗談めかして言っていたけれど――。



 私は、魔術師団長だったのだという。

 彼よりも上の立場の。

 ……本当に?


 ――かつての私は、本当に一人でそんなところまで上りつめることができたのかしら。


 平民の私に、家庭教師がついていたとは考えられない。

 それなのに、魔術師の通う学校に入学して、無事卒業して、それで魔術師団長まで?


 話が出来すぎではないだろうか。


 ――そういえば。

「……元師匠で、友で、ライバル」


 そう、ノクト様は言っていた気がする。

 だったら、彼が魔法を私に教えてくれたのだろうか。


 彼のように優秀な魔術師から教わったなら、魔術師団長になれる可能性はありそうだ。

 でも、彼が私に魔法を教える利点はあったのだろうか。


「ロイゼ様?」


 考え込んだ私を不思議そうにアリーとカイゼルが見つめていた。


「ううん。……!」


 首を振ったところで、腹の虫が鳴った。

「ふふ、昼食にいたしましょうか」


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こちらも覗いていただけたら幸いです。完結作なので安心して読んでいただけます。
悪役令嬢な私が、あなたのためにできること
― 新着の感想 ―
 誰にも聞こえない笛の音とは、人間の可聴周波数を超えた犬笛のようなものなのか、音ではなく魔力が発せられるものなのか。  どちらにせよノクトが飛んできそうですね。
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