1話
――ぼたぼたと涙を流す、美しいひと。
「……ロイゼ」
彼は泣きながら、誰かの名前を呼んだ。
誰のことだろう。
私を見てそう言ったから、もしかして、私のこと?
――私はロイゼという名前なのかな。
「……あの、私、そのロイゼというひとなのでしょうか」
彼が目を見開く。
「まさか……わからないのか? ……自分のことも」
頷く。
彼が流しているのが涙だとわかる。
言葉もわかる。
でも、私が誰なのか、彼が誰なのか、何一つわからない。
「っ、医者を――!」
そう言って彼が部屋を出ていく。
そこで改めて、部屋を見まわした。
金の刺繍が施されたカーテンに、天幕つきのふかふかなベッド。
とても、豪華な部屋だ、と思う。
――ここは、どこだろう。
――なぜ、私はここにいるのだろう。
何一つ、わからない。
思い出せない。
ただ、今さっき知ったのは、私の名前がロイゼらしいということだけ。
「なぜ、忘れてしまったんだろう」
彼の表情は、深い絶望が映っていた。
つまり、私の記憶がないことを知らなかった、顔。
……ということは、突発的な何か――頭を打っただとか、事故にあっただとか。
そういうことだろうか?
でも、見たところ私に外傷はなさそうだ。
「考えても仕方ないか」
医者を呼んでくる、と言っていたから、すぐに彼も戻ってくるはずだ。
その時に、聞いてみよう。
――ノック音がして、その音と共に、数名が部屋に入ってきた。
「ロイゼ!!!」
そのうちの一人――黒髪に金の瞳をした綺麗な男性が、私に駆け寄った。
綺麗な人だけど、顔色が随分悪い。
何かあったのかな。
「――何も、覚えていないの?」
「あなたも、きっと、私の……知り合い、なのですよね?」
こんなことを言うのは申し訳ないな、と思いつつ、続ける。
「でも、わかりません。私が、誰なのかさえ、何一つ思い出せないのです」
男性が、崩れ落ちる。
よほど、ショックを受けたのだろう。
「……ごめんなさい」
でも、こんなに衝撃を受けるということは、この男性は私の恋人か何かだったのかな。
それだったら、本当に申し訳ない。
でも、今の私には謝ることしかできなかった。
「ひとまず……医者を呼んできた」
先程、涙を流していた美しい銀髪の彼が、初老の男性を示した。
その人が、医者のようだ。
数人に見守れながら、いくつか医者に、質問されそれに淡々と答えていく。
「……なるほど」
医者は頷き、私を見た。
「あなたは、どうやら逆行性健忘のようだ」
今話より三章スタートです!
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