16話
――運命の番を騙る。
エルマは言った、私こそが本物の運命の番だと。
でも、アレクは、竜王陛下は本当に私のことがわからないの。
私は一目見た時にあなたに気づいたのに。
「……竜王陛下」
気づいて欲しくて、祈るような思いで、その名を呼ぶ。
けれど、その瞳には嫌悪が映っていた。
「この者を不敬罪と傷害罪で――」
「まって!」
竜王陛下の側近に腕を掴まれ、連行されようとしたとき、エルマが声を上げた。
「ハロルド陛下、私……ロイゼの気持ちが少し、わかるの。だって、私もハロルド陛下に信じてもらえなかったら、同じことをしていたかもしれないから」
エルマは側近に拘束を解くようにいうと、私を抱きしめた。
「たくさん傷つけてごめんね、ロイゼ」
エルマの、香水が、香る。
「たとえロイゼが私のことが許せなくても、私にとってあなたは大切なひとだわ」
――香水の香りにくらくらする。
「……エルマ」
竜王陛下が愛しそうにエルマの名前を呼んだ。
「君は――ずっと変わらないな」
違う。違うのに。
アレク、私がミルフィアなのに。
あなたとずっとを誓い合ったのは私なのに。
どうして、気づいてくれないの。
そう声に出したいのに、言葉が出ない。
竜王陛下が私に向けた視線は、これ以上ない冷たさで、何も言うなと告げていた。
「わかった。今回のことはエルマに免じて、大事にはしない。だが――2度目はない」
それだけ告げて、竜王陛下と肩を抱かれたエルマが去っていく。
私は、それを呆然と見ていた。
◇◇◇
――それからというもの。
「ねぇ、聞いた。団長が自分こそが運命の番だっていったらしいよ」
「うわ、嘘つくとか見損なった」
そんな話が聞こえない日はなかった。
「そもそも平民なのに、団長になった時点で満足しとけばいいのにー! 竜王陛下まで願うとか分不相応すぎ」
「そうよね。嘘つきが団長とか、ついていきたくないな」
むしろ、私に聞いて欲しいのか、私がいると声量を大きくした。
「……は」
執務室に入り、ため息をつく。
腕にはまだ、あの日拘束されたときの痕が残っていた。
――私は、いったいなんのために。
「何のために、ここまで来たんだろう」
アレクにもう一度会いたくて、あの壇上からの距離を縮めたくてここまで来た。
そもそも、私が貴族に生まれていたら、ここまで上りつめる必要はなかった。
貴族ならば、夜会などで竜王陛下と話す機会もあるだろう。
だから、そのときに、たった一言、言えばいい。
もし、私が貴族に生まれていたら。
エルマよりも先に、竜王陛下と話せていたら。
そんなもしもが私の中に浮かぶ。
「……引き継ぎを、しないと」
頭を振って、妄想を追い出し、引き継ぎ書類に必要事項を書きしるす。
今の地位に固執する理由は無くなったし、今の私には誰もついてこない。
だから、団長を辞めることにしたのだ。
「――」
カリカリと、ペンが走る音だけが聞こえる。
「できた……」
引き継ぎ書類と退職届と共に団長の証である、バッジをおく。
――その、ときだった。
「ふぅん、逃げるのか」
いつの間にか、ノクト殿が立っていた。
どうやら、ノックの音にも気づかないほど熱中していたらしい。
「……ノクト殿」
「君は、あれだけ団長に固執していたのに、――嘘をついてまで竜王陛下の隣が欲しかったのか?」
「――っ」
ノクト殿も、嘘だと思ってたんだ。
それが――最後の駄目押しだった。
ずっとずっと、悩んでいたこと。
それを形にしよう。
私の最後の願いに応えて、魔力がぶわり、と舞い上がった。
――消失魔法。
塵一つ残さず消える、方法。
消失魔法を人に使った例はない。
だけど――。
世界が、回る。
心が、砕ける。
星が、弾ける。
――魔力が、世界が、私を包んだ。
ああ、よかった。
これで、終われる。
「――――――!! ――――――!!」
誰かの叫び声を背景音楽にして、私は消えた。
ここまでで一章「私が消えるまで」終了です。
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