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第24話 お姉ちゃんにさよなら


 雉尾さんは俺を見つけると、挨拶も程ほどに俺に近づいてきた。


 ロングスカート姿のその姿。学校が終わって帰ってくるのをここでずっと待っていたのだろうか?そう思ったところで、着信もメッセージもブロックしてたのを思い出す。接点なんてもうないと思ってたし、連絡を取りたくなかったからね……連絡を絶たれたからこうして待っていたのだろうか。


「こんにちは」


 足を止めてしまったものの、挨拶だけして通り抜けようとしたところで雉尾さんに左腕を掴まれた。


「ごめんね、ター、君、あの、私と話なんてしたくないと思うけど、少しだけ、話、いいかな」


 この人はこんな人だっただろうか?と思う位に吃音が酷く、たどたどしい喋り方。

 昔のような優しい顔とも、弥平に影響されていた時の表情とも違う。やつれ、怯え、そして縋るような胡乱な瞳。完全に挙動不審で、不審人物である。


 あんなに手入れに拘って綺麗だった髪もぼさぼさで、枝毛もそのままになっていた。俺の知らないところで、あの後も色々あったのかもしれない。警察でも事情聴取されたし、弥平との事で家族から詰問されたりもあったんだろうか。左腕を掴む手は弱々しく、その足も震えている。


 それでも―――子供の頃の知り合いだとはいえ、俺やそれ以外の生徒達にもしていたであろう人を傷つける、人の評判を貶めるようなことを考えると因果応報なんだろうと思って、同情は出来なかった。……俺が薄情なだけかもしれないけれど。

 正直、あまり話したくもないし出来る事ならもう関わり合いにもなりたくない人なのだ。


 弥平に心身を傷つけられたり、豚崎に手籠めにされたりするのだけは回避できたんだからもう充分だろう。あとは、今までの言動の責任を自分でつけていってほしい。……それ位の関心しかない。

 俺にとってはもう、怒り、嫌悪、哀しみ……それらを通り越したその先の無関心に、雉尾さんはいるのだ。


「……なんでしょうか。手短にお願いしたいんですけど」


 とはいえここで話を聞かないとまた何度でも来そうな雰囲気があったので、諦めて対応することにする。


「ター君、ごめんなさいぃぃぃ」


 そう言って深々と頭を下げた雉尾さんは、自分が弥平の口車に乗せられていたこと、酷い言葉をぶつけたこと、迷惑をかけたこと、そして俺を含めた人の評判を貶めるようなことをしたことを謝ってきた。得に口を挟むこともないので、ただ黙って聞く。本人が満足いくまで話せばいい。


「それで、今、迷惑、を、かけたり、酷い事を、したりした人に、謝って、るの」


 あぁ、そういう事か。学校からは停学になっているし、今出来る事は自主学習か、こうやって謝罪行脚することだけだろう。


「許してくれる人も、今更、どの顔さげて、って、きつい言葉を、なげられたり、許してくれない人もいたりして、それで、でも、私。謝らなきゃって……」


 それはそうだろう。俺は雉尾さんがやったことの度合いを知らないし、許す許さないも人それぞれだし。中には絶対に許さないという人もいると思う。

 勿論、自分がきつい言葉を言ったなら同じようにきつい言葉を返されることもあるだろう……因果応報という言葉もある。

 中には謝られたくもない、顔を見たくもないという人もいるだろう。そのうえで、それを覚悟で謝罪をして回っているというのならその雉尾さんの意志に対しては俺が何かを言う事ではない。


「蟹沢先輩との事も、弥平先生の言葉を信じて、それで、ター君に、酷い事を、たくさん言いました。それに、弥平先生に、私が酷い事をされそうになっているのを、助けてくれたって、それで、ありがとうと、きちんと、お礼を言わなきゃって…あの、それで、助けてくれて、本当に、ありがとうございました」


 また深々と頭を下げる雉尾さん。

 

「そうですか。謝罪して回るのは大変だと思いますが頑張ってください。……俺からはそれぐらいしか言いようがありません」


 そっけない俺の言葉に少なくないショックを受けている雉尾さん。


「俺は雉尾さんに、何度も話を聞いてもらおうとしましたよね。けどそれを遮って話を聞こうともしませんでした。

 アオ先輩や俺の友人達に庇われなかったらと思うと今でも怖いですよ。

 もし、ほんの少しでも雉尾さんが俺の話を聞いてくれていたら、こんな風には成らなかったかもしれません。でも、そうはならなかったんです。だからこの話はこれで終わりなんです。

 色々と全部終わってから謝られても、そうですか……というしか答えようがないです」


そんな俺の言葉を黙って聞き、ぼろぼろと涙をこぼし、服の裾を掴み堪えるように立ち竦む雉尾さん。


「弥平に騙されて議員に弄ばれることがなかったのは良かったと思います。それに関しても、ヒメ先輩……えっと、鬼塚先輩を助けに行った過程での結果なので、幸運だったと思って貰えればよいので特にお礼を行ってもらう必要もありません」


 これは本当にそうで、ヒメ先輩が無茶な突貫しなかったら雉尾さんはどうなっていたかわからない。なのでわざわざお礼を言われても困るというのが正直なところだ。


「謝意は受け取ります。でも、俺から言えるのはそれだけです」


 許すも許さないも、もうないのだ、という言外のメッセージに悲壮な顔をする雉尾さん。俺がされたように責めたてたりしないのは、俺からの最後の思いやりだ。わざわざこうして謝ってくる人間に、マウント取って喚き散らしたって仕方がないしするつもりもない。なのでやんわりと、しかし明確に拒絶をする。

感情的に怒る方が疲れるしそんな労力も割きたくない。


「弥平にいいように使われなくなったのは幸運でしたね。これを反省として簡単に人に騙されたり、人を傷つけたりしないように気をつけたらいいんじゃないでしょうか。これから色々と大変だと思いますが頑張ってください」


 淡々と言うが、何の感情も湧かないので正直そうとしかいえない。

 謝ったら元通り、と思っていたのだろうか?さすがにそんな都合良い事はないと思うけど。

 もしかしたら、許されるために自分がしたことの罰に罵られたり、責めたてられたりをのぞんでいたのかもしれない。何となくだけど、長い付き合いだから雉尾さんからはそれを望んでいるようにも感じた。けど、俺の中にはもうそんな事をする意欲も興味も、雉尾さんに対してないのだ。


「ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい…」


 泣きながら繰り返し謝り続けているけれど、別に泣かせたいわけでも、謝ってほしいわけでもないんだ、本当に。


 「これからいろいろな問題と直面していくことになるから、雉尾さんは大変だと思います。どうか自分の足で地に立って頑張っていってください。だから、これでさようならです」


 最後だからと思っても、やっぱりこの人を再びまゆ姉とは呼べなかった。

 そして、そんな俺の言葉に雉尾さんは泣きじゃくるだけだった。

 雉尾さんが何を考えているかは、俺にはわからない。

 泣く雉尾さんを背に自分の家に入り、ドアの鍵をかけたところでため息が零れて、ドッと疲れがきた。好きの反対は無関心。だから考えるのが嫌になるし、凄く精神を消耗する。


兎も角、これで雉尾さんとは縁が切れて、一つの事が片付いたと思うことにする。

ようやく、平凡な高校生活が返ってくるのだ。

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