39 「アンタがまた捨てられたら、笑い倒して踏みつけてあげる!!」
「まあいいわ、どうせ男に連れてきてもらったんでしょう」
勝手に納得されたので、声を挟む暇もない。しかもありがたいことに、この化粧室にはわたしと彼女しかいないらしい。というか、アンタ呼ばわりされるいわれもないんだが。
(そもそも、店内にアランいたっけ?)
繁華街でなんか見たと思ったのは、彼女の後ろ姿なのかもしれない。だけど隣はどうなっていただろう。
そのわたしの顔から察したのか、フンとマリアが鼻を鳴らす。
「アランとは別れたわよ。不良品になった相手といつまでも仲良くなんてできないじゃない。でも感謝はしてるのよ? あたしが正式に婚約する直前に分かって、助かったから」
そういう彼女は、優雅に髪の毛を肩から払いのける。相変わらず流行りの髪色に髪型だ。まあそれが似合うから良いんだろうけど。
ただ、服の趣味は変わったのだろうか。レースのパステルピンクのリボンこそ目立つが、以前よりは清楚で品ある雰囲気で、露出もないしフリルもほどほどだ。
「何よ?」
間延びした、特徴的な話し方もしていないので、これが本来の喋り方なんだろうか。
「いえ、ちょっと雰囲気が違うので驚いているだけです」
「ああ、アレ。好みに合わせただけよ。それぐらい、誰でもやってる事でしょう? まさか、ありのままのアタクシが愛されて当然って考えてるなら、そのお花畑捨てた方がいいわよ」
辛辣に吐き捨てる彼女は、鏡と向き合い化粧直しを始める。しかも鏡越しにジロジロ眺められてるので、なんともいえない心地だ。
わたしは息を吐き、意を決して彼女の隣に座る。どうせ化粧は直さなきゃならないし、ここで立っていても時間の浪費になるだけだ。
「そうね、時と場合によって装うんだから、全部が全部そのまんまなんて無理でしょうよ」
あちらでもおすまし顔したり、相手の顔色うかがったり、コミュニケーションするのに思ったことだけをベラベラ喋るなんて非推奨だ。葬式で楽しく笑う人もいないし、結婚式で憐れんで泣きだす人もいない。どう心で考えようが、その場に合わせた顔と台詞ですませるはずだ。
誰の心にも秘密はあるし、知らぬ方が幸せなんてこともある。知識はあるに事欠かないが、個人にまつわることなら知らなくてもいいと思う。
それに、誰だって好きな相手には良く思われたい。
「思ったより物分かりがいいのね。アランはそうは言ってなかったわよ。地味で型にはめたところがあって、親しいのに仲良くなれない感じが苦手だったんですって」
「貴族の娘らしく、お行儀良くしていただけだわ」
「アンタはつまんないわね! 結婚する相手なんだから媚びなさいよ。媚びて媚びて特別よって持ち上げてあげなきゃ。誰にでも同じなら、別に自分でなくともいいだろうって、男は思うわね」
マリアは鏡を見ながら瞬く間に直していく。手早いし的確で、女子力でいうなら彼女の方が上かもしれない。
アランとは別れたというのだから、本日は別な相手と来ているのだろう。この高級カフェに誘われるのだから、それなりの相手を短期間で見事射止めたのだ。それはもう、女子力高いに決まっている。
「アンタって、綺麗って言うほど綺麗じゃないし、可愛いって言うほど可愛くもないけど、ただ地味なだけでブスじゃないんだから良かったじゃない」
それって、褒められてる? いや、褒めてないよね。
「あたしほど顔が可愛いと、ほんと困るのよねー。新興貴族だからって舐められるし、成金だとケチつけるし、そのクセ馴れ馴れしくして当然って顔されちゃうし」
相槌の打ちようもない話に、わたしはもう黙るしかない。ブスじゃないわたしには、縁もない話なんだろう。
(可愛いや美人が大変なのも分かるんだけど、言い方……いや、好きにすればいいんだけどね)
新興で男爵家なら下に見る者もいるだろうし、商売で上手くいってお金があるのを生意気だと思う人間もいるだろう。理解できないわけでもない。
プライドでお高く蹴り飛ばすのも、貴族の生存戦略のひとつだ。
「アランは……まあ、比較的マシな方だったのよ。伯爵家だしね。彼が気持ちよくあたしといられるよう、年下の可愛い子って妄想に応えてあげたんだから。可愛げのないアンタと違って」
鏡の中で、マリアがクスクス笑う。
「伯爵家のひとり娘で、家格が同じくせにお高くとまってるって言ってもいたわね。だから話が進んで戻れなくなるのも嫌だったって……、自分が縛られるんじゃないかってグチってたわよ。見すぼらしくその年で捨てられるのも、当然の最後よ」
ルージュを綺麗に塗り終わった彼女が、わたしを見る。目を細め、呪詛のごとく忌々しく囁いた。
「……アンタ上手い事やったらしいけど、運がいいだけなんだから調子に乗らない方がいいわよ? 見栄えする男を捕まえたとしても、取り上げられるのも時間の問題なんだから!」
「それはご忠告、ありがとうございます。わたしも、スコット男爵令嬢の行き先を心配してしまいますわ?」
口に手を当て、サービスで大袈裟に怖がってあげるよ。
「何しろ、商売をされているのにそのご気性でしょう。か弱いわたしは、恐ろしくて震えてしまいますわ」
「……口の達者な女ね」
それはお互い様だ。
「だけど、今度こそ上手くいくのはあたしだし、転がり落ちるのはアンタの方よ。欲しいものはみんな、あたしのものになるって決まってるの! アンタがまた捨てられたら、笑い倒して踏みつけてあげる!!」
それから、フン! と、また盛大に鼻を鳴らして化粧室を出ていく。小さい犬ほどよく吠えると前世で聞いたけど、その類だろうか。
(……でも、取り上げられるって、どういう意味だろう? 希望的観測?)
それとも、何か知っているのだろうか。
「デミオン様、お待たせしました」
わたしも化粧を直して、彼の元へ帰る。つい、マリア嬢がまだいるのか探してしまう。けれども、ぱっと見たところそれらしいふたり連れはいないよう。
ではもう出ていったのかと、わたしは少しだけほっとした。
そのままデミオンにエスコートしてもらい、店を後にする。ジルも出入り口で待機していた。使用人にもお茶や菓子が出るのだろうか。ジルの様子を見ると、心なしか満足そうだ。
両親へのお土産に焼き菓子の詰め合わせを購入し、わたしは楽しい時間を満喫できて、本当に幸せだった。
だからだろう、気持ち油断していたのかもしれない。カツンと繁華街の道に出て、数歩だ。
何が起こったか、分からなかった。
いや、どこにいるかさえ混乱した。
迫り来るのはどこかの馬車だ。御者が慌てふためいた顔をしている。
(──何で?)
つい一瞬前まで、デミオンとジルがそばにいたはずだ。それなのに、わたしは道のど真ん中に立っていた。
まるでいきなり放り投げられたよう。見えざる手に摘み上げられたのか。
聞き覚えのある声が、後方であらん限りの声量で叫んでいる。
「リリアン嬢っ───────!!!!!」
蹄の音は、もうすぐそこだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
この作品を気に入ってくださった方は、感想やいいね!、ブクマや広告下評価【★★★★★】等でお知らせいただけますと嬉しいです。




