佐藤家の事情
キッチンや水周りを中心に、腐ったものや汚れを吸収して数時間。
足の裏をスライムに変えると、歩くだけで拭き掃除のようなことができて便利だった。
……少し早いかもしれないけど、昼食にするかな?
(光? 起きてるか?)
(兄ちゃん? 起きてるよ。横にはなってたけど。何か用?)
(ちょっと早めの昼飯にしようかと思うんだけど、どうかな?)
(食べる。けど食料が)
(大丈夫。心配なら下のキッチンに来てみろ)
(? 分かった)
光はすぐに降りてくるだろう。その前に、いくつかの収納を大きく開けておく。
「兄ちゃん、どうしたんだ?」
「光、これを見ろ!」
「なんだよ……え? まさかその棚、全部非常食!?」
大きな棚がいくつも、缶詰やレトルトにパックの米などで埋まっているから、そう思うのも無理はない。しかしこれは我が家の常食だ! Not非常食!
「実を言うと、うちも光の家と同じ母子家庭だったからさ。母さんが働いていて忙しくて、帰宅が夜遅くになる時期もあった。さらに料理も苦手だったから、基本的に食事はレンジでチンできるものか、インスタントに買ってきた野菜をぶち込んで食ってたのさ。
本当にこんなことになるとは思ってなかったけど、余ったら非常食にもなるってことで、セールとかあったら飽きるほど大量に買い込んでた結果がこの棚の中身だ。しかもここだけじゃなくて物置にも。非常食は非常食で用意がある。
というわけで、遠慮せずに食べたいものを言ってみろ!」
「マジでいいのか? じゃ、じゃあそこのインスタント麺! 久しぶりに食いたい!」
「よし! じゃあ早速用意しよう」
余計な棚の扉を閉めて、インスタント麺の袋を取り出す。
「あっ、でもお湯が」
「心配無用だ」
物置に行って、すぐ戻る。
取ってきたのは2リットル入りの水のボトルに、カセットコンロ。
「我が家では年に最低一度、母さんの趣味でキャンプに行くことが決まってたからな。こういう道具もばっちり揃ってるんだよ。完全にゼロからのガチサバイバルとなると流石に無理だけど、便利な道具を使っていいならそれなりに野外でも寝泊まりする自信はある」
少なくとも、こうして話しながらスムーズに鍋で湯を沸かす準備を整えられるくらいには。
「へー、そうなんだ……聞いていいか?」
「なんだ? 遠慮せずどんどん聞けよ。お湯が沸くまで時間もあるし」
「ちょっと思ったんだけどさ、なんで今まで帰ってこなかったんだ? こんなに沢山食料も水もあって、ベッドもあるのに。兄ちゃんはあの学校の中でも動き回れたし、今日だって簡単に敷地から出てたし、その気になればすぐ帰れたんじゃないか?」
「無理無理。俺が積極的に鍛え始めたのはつい最近の話だし、知っての通り気配察知の最大限の効果を発揮するには完全にスライム化しないといけない。そうなると移動が非常に遅くなるし、だからといって人間に戻ると気配察知の精度が落ちる。
今回は光がいてくれたから問題なかったけど、相当強そうなモンスターの気配もあったし……やっぱり俺1人だとリスクが高すぎるよ。それにスライムの能力があれば食料問題も解決したし、ベッドも要らないから、率先して危険を冒す必要がなかったってのはある。家が安全だったり、そもそも無事だという保障もなかったし」
デュラハンモードや石化を身に着けた今ならなんとかなると思うけど、それにしたって光のおかげで身に付いたようなもんだしな。
「母ちゃんが帰ってきてるかも、とかは?」
「ああ……それはなかった。俺の母さんは高校の英語教師だったんだよ。うちの学校で働いてたから」
「えっ! 親子が同じ学校って、いいのか? テストとか、不正の疑いとか、高校は厳しいって姉ちゃんが言ってたけど」
「絶対ダメってわけじゃないらしいぞ。田舎だと学校や子供が少なすぎて、親子が同じ学校なんて珍しくもないとか。あと公立校なんかは結構厳しいらしいけど、うちは私立だし、先に働いてたのが母さんの方だったからな。信用もあったし、母子家庭って家庭環境も上の人が考慮してくれたそうなんだ。
尤も、担当する学年やクラスは被らないように調整されていたし、光の言った通りテストの問題を俺に流したり、俺が母さんにねだったり、そういう不正については絶対にないようにと言われて、母さんが自主的に一筆書いていたけど」
「そうなんだ……じゃあ、兄ちゃんの母ちゃんは」
「息子の俺が言うのもなんだけど、真面目で良い先生だったからな。真っ先に生徒を守ろうとしたらしい。第一波っていうのかな……最初のモンスターの襲撃をしのいだ段階で、母さんが担当してたクラスの子が生き残ってたからね。教えてくれたよ」
「……ごめん」
「気にするなって。こんな状況なんだから仕方ないさ。それに、俺はまだ幸せな方だと思う」
生き残りの中には最初の襲撃で怪我をしていた奴もいるし、避難生活の中で怪我をした奴もいる。そんな彼ら彼女らの中には、家族の安否も分からないまま、傷の痛みや熱で苦しみながら死んでいった奴も多い。
「流石に報告を受けてしばらくは悲しかったけどさ……俺はこうして生きてるわけだし、火の魔法を覚えた生き残りに無理言って焼いてもらって、学校の片隅だけどちゃんと埋葬もできた。おかげである程度は心の整理もついたよ。生者必滅、命あるものは必ず死ぬ……っと」
お湯が沸いたので麺を茹でる。
「まぁ、なんというか、家族や知り合いを見送るのも初めてってわけじゃないんだ。幼稚園までは警察官だった親父もいたし、親父が運悪く殉職してからしばらくは、俺の爺ちゃんが住職やってた寺に預けられてたから」
電車やバスはあったけど田舎っぽくて、爺さん婆さんばかりの所だったから、昨日親切にしてくれた人が今日亡くなった、なんてこともあった。ある種の慣れもあったと思う。生き残りの中でも、俺は立ち直りの早い方だった。
「だけどやっぱり、悲しいことは悲しい。思い出のある場所に帰ってくると、思い出すこともある。だからこそ、今日ここにこれて良かった。いざ帰れるとなっても、1人だったらもっとためらったり、帰りたくなくなったかもしれない。丁度良い機会だった。
……だから、そんな顔するなって」
光は困ったような、泣きそうな顔をしている。
「なんで俺よりお前が泣きそうなんだよ。もうすぐラーメンもできるのに……あ、もしかしてまたトイレか?」
「トッ、ここでそれ言うのかよ!」
「いや、我慢は毒だしなぁ……ってのは冗談だから、そんなに怒るな。俺は本当に気にしてないから、気にされても困るんだって」
「だったらそう言えっつーの! ……ま、仕方ないか。兄ちゃん女にモテなさそうだし」
「待った。それとこれとは関係ないだろ」
「え? じゃあ兄ちゃん、泣きそうな女を慰めたこととかあるのかよ?」
「……」
そんな経験、皆無である。
「あ、麺がもう良さそうだ。そこの器取ってくれ」
「彼女ができたこともなさそうだな」
「やかましい」
器を受け取り、麺とスープの素を入れてからお湯を注いで完成だ!
「おー……」
「ほら、伸びないうちに食え。俺は胡椒入れるけど、使うか?」
「ちょっともらう」
「ほい」
こうして完成した、普通のインスタントラーメンは、
「「美味っ!」」
器から立ち上る香りに、麺に絡むスープ。
そして何よりも手や口の中に感じる“熱”。
思わず声に出てしまうほど美味かった。
「暖かい食事……食事ってこういうものだったよな……」
「俺もあったかいものは久しぶりだ……」
それ以降、無言で麺をすすってはスープを飲み……
「ごちそうさまでした」
「早っ!」
「ん?」
驚いたような声のする方を見てみれば、光はまだ半分も食べていない。
「兄ちゃん、食うの早いな」
「特に意識したことはないけど、普段はこれに野菜マシマシで食ってたからかな? まぁ、競い合うものでもないし、ゆっくり食べてていいから。せっかくだから、まだ家でやっておきたいこともあるし」
「ああ、掃除するっていってたな」
「いや、それはもう終わってる。次は防犯対策だ。ほら、さっき見せた通り、うちにはかなり食料があるだろ? せっかく残ってるなら、留守中に空き巣やモンスターに入られて盗まれたくないからな。
……というか、さっきも言ったけど、このモンスターが溢れる状況で家がよく無事だったと思うくらいなんだけどな……」
さっきちらっと見た限り、この近辺の家もあまり荒らされてないようだし……
「光のいるグループには、物資回収班ってのがあったんだろ? そういう連中に荒らされる事も考えてたんだけど」
「確かに物資回収班は使えそうな物資を回収してくるけど、個人の家には入らない、気が引けるって人は多いらしいぜ? “窃盗犯”とかそれ系の称号貰った人もいるって聞くし」
「なるほど。そんなの貰ったら社会的なリスクが出てくるな。グループに所属しているなら気になるか」
「まぁ、どうしても必要なら構わず取ってく人もいるだろうし、結局兄ちゃんは運が良かったんじゃね?」
「称号に“幸運”があるくらいだからな」
でもそれならなおさら、今のうちに防犯対策をしておかないと。
「ところで防犯対策って何するんだ? 俺にできることなら手伝うけど」
「進入できそうな隙間や窓を全部、スライムの体で覆ってから石化したら、セメントみたいに固めることができると思うんだけど、これは俺にしかできないから手伝ってもらうことはないな。その代わり、光は食べ終わったら出発の準備を頼むよ」
「了解。すぐ行けるように準備しとくよ」
こうして再び、出発の準備を整える。




