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「いつから気づいてたんだ?」
「寧ろ全く。正直賭けだったよ。いつも大人しい馬が突然冷静さを失い暴れ始めた。人が多い時間帯だし、興奮したのかなとも思ったけど、馬主さんの口振り的に彼等はよくこの中央通りに来ているらしい。そしていつもは大人しい子が、突然暴れ始めた。だから思ったんだ。誰かが悪戯でもしたのかな、って。でも、驚いたな。まぁ、これは僕の憶測に過ぎないけど……その様子だと当たりみたいだね」
リヒトはルイスの右手に握られた何かを見つめる。
微かに香る特殊な香り。
この香りに刺激されて、馬は冷静さをなくしたのだと直ぐに分かった。
だが、分からない事が一つ。
それは、なぜルイスがこんな事をしたのか、だ。
プレセアに近づくため?
いや、それはプレセアの父が強く釘を刺したはずだ。それに、今のルイスにプレセアに近づく理由は無いはずだ。
……とすると。
「僕に何か用があるのかな? だとしても、あんな事する必要無かったと思うけど。僕が学校の研究室にこもっている事くらいクラスメイトの君なら知っているはずだし。それに生徒会役員の君なら、僕を簡単に呼び出すことも出来たはずだけど」
「……確かにそうだな。けど、確信が欲しかったんだよ。あの噂が本当なのか」
噂
その言葉を耳にした瞬間、リヒトは嫌な予感を覚えた。
そしてその予感は……嫌な時ほど的中してしまう。
「お前が本当にあの《《魔法使い》》なのか確証が欲しかったんだ」
「……そんな事のために馬を苦しめ、そしてプレセアさんを襲わせたの?」
「仕方なかったんだ。プレセアを助けるためなんだ」
「助けるってどうい……っ!」
尋ねようとした瞬間、勢いよく肩を押され、リヒトはバランスを崩し壁に体を強打する。
かと思えば今度は胸ぐらを掴まれ、引き寄せられる。その弾みで首元が締まり、息が苦しくなる。
「最近、プレセアとよく一緒にいるらしいじゃないか。今まで全く接点も無かったお前とプレセアが、なぜっ!」
怒りに満ちた声色と表情、態度。
その全てでリヒトは確信してしまった。
だからルイスの手を握り返し、力を込める。魔法で撥ね返してやろうとも考えたが、相手は貴族。後からアレコレ噛みつかれては面倒なので、我慢する事にした。
「……もしかして僕とプレセアさんが仲良くしてる事が気に食わない?」
「っ……!」
「自分からプレセアさんを突き放した癖に、今更? 本当に自分勝手な男だな」
「だ、黙れ! 貴様に何が分かる!! そもそも俺はっ! お前のような危険な奴と一緒にいるプレセアが心配で……!」
「危険な奴……ねぇ。あのさ、魔法使いが危険な存在って誰が決めつけたの? 僕のこと、君は何も知らないじゃないか」
これまで同じクラスになったことは一度も無かった。
そして今年初めてクラスメイトという関係になったが、それだけだ。
一度課題の提出について言葉を交わした気もするが、もう忘れてしまった。
「俺は聞いたぞ!お前、昔同級生に怪我を負わせたらしいじゃないか。表向きにはただの事故と処理されたらしいが、本当はお前が魔法を使って怪我を負わせたんだろう!」
魔法を使える特別な存在として生を受けた事は、リヒト自身嫌なほど理解している。
亡くなった母の言葉を胸に、魔法は人を助けるために使おう。
そう心に誓い、生きてきた。
「ほんと......嫌な事、思い出させないでよ。けど、強ち間違ってないかも」
脳裏に浮かぶのは、唯一の友人を失った日のこと。
ただ......助けたかっただけなのに。
母の言いつけ通り、唯一の友人を目の前で失うのが怖くて、咄嗟に使った魔法。
しかし、それが友人の心を傷つけてしまうことは容易かった。
『ば、化けも......!』
思い出さないようにしていた記憶が一気に蘇ってくる。
あの日以来、魔法を使うのを恐れた。
仮令善意であっても、相手にとってはいい迷惑で……それ故に拒絶されてしまっては何の意味もなさない。
今までのリヒトならば、そのままルイスの言葉を受け入れただろう。
しかし、今のリヒトは違う。
プレセアに出会って、リヒトもまた変わることが出来た。心から、魔法を好きだと思えるようになれたのだ。
「そこの貴方! 何をしているのっ!!」
突然声が聞こえて来た。
直ぐにその声の主に二人は気づく。
声の主__プレセアはルイスとリヒトの間に割り込み、リヒトを庇うように腕を広げる。
「もう少しで私の家の者達が来ますっ! 捕まりたくないのなら、今すぐここから去りなさいっ!」
力強く勇敢な態度でルイスに立ち向かうプレセア。
一見救世主のように見えたが……それは最悪の方向へと転換する。
「何を言っているんだ、プレセア! 俺だ、ルイスだ! お前を助けるために俺は……!」
「……何を仰っているの? 私は貴方と初対面のはずです。人違いではありませんか?」
その言葉にルイスは唖然とした。そんなルイスを不思議そうに見つめるプレセア。
そしてこの先の未来を予期したリヒトは、プレセアへと手を伸ばした。
__最悪の未来を、迎えないために。
「……そうか。リヒト、貴様。プレセアの記憶を魔法で消したなっ!!」
瞬間、怒り狂ったルイスの声が響き渡った。




