リヒトside
ただのいつも通りの定期報告のつもりだったのに、余計なことを話しすぎたような気がした。
なんて後悔を覚えだしたのは、ケインさんの余計なお見送りをされている時だった。
「今回は随分国王陛下と話をしていたみたいだな」
「気のせいですよ」
「そうか、気のせいか!」
そう言って豪快に笑うケインさん。
この人、分かっていてわざと聞いてきた。
あまり自分のことを話すのは苦手だ。
周囲になんと言われようとも、あまり気に留めずに生きているつもりではある。けど、噂というものは気付けばあっという間に広まって。且つ予想だにしない方向で膨張していく。
「ケインさん。僕、助手を雇ったんです」
「そうだったのか。それで、どんな子なんだ?」
「どんな子……」
僕は思い浮かべる。
優しい眼差しと笑みを浮かべるプレセアさんのことを。
「魔法使いだって分かっても尚態度を変えずに、寧ろ魔法を賞賛してくれた。それでいて真っ直ぐで心優しい人です」
「……そうか」
そう言うとケインさんは僕の頭をワシャワシャと撫でて来た。
乱雑な手つきとゴツゴツした骨ばった手。乱れる髪が煩わしいし、いつもならばその手をすぐ様撥ね除ける。けど、今回は大人しく撫でられる事にした。
最初は雨に濡れて呆然としている彼女を見つけた時、助けないとと思った。
幼い時に亡くなった母が僕に残した遺言。魔法は誰かを助けるために使え、と。
プレセアさんを見つけた時、それは正に今なのではないのか。そう感じた。
だから手を差し伸べた……んだと思う。
「あの、いつも言ってますけど学校まで送っていかなくていいですから」
「いいじゃないか。話せる機会も減ったし。それにお前、家に行ってもいないじゃないか。学校にはさすがの俺も入れないしな」
それはあまりにも家に入り浸られるから敢えて家を空けているんだけど……。
当の本人はそれに気づいてはいないらしい。けど、僕がただ我武者羅に学校の研究室にこもって研究をしているとも思ってはいなさそうだけど。
「というか、飯はちゃんと食べてるんだろうな?」
「……食べてますよ?」
「不自然な間があったぞ。ったく……放っておくと直ぐに飯を抜く癖は直ってないな。よし、今日は飯を作りにいってやる」
「いや、別にいいから。なら外食にしようよ。ケインさんの奢りで」
「外食もいいが、栄養が偏っているから駄目だ。だが、俺の料理は栄養も考え、且つ愛情もこもっている。最高だろう?」
そう言ってハートマークを向けてくる。おじさんからの愛情なんて求めてなんかないんだけど。
でも……心配してくれてるんだよね。
毎回定期報告の日が近づく度に、僕は追い込み作業のせいで食事も睡眠……全ての生理的要求など後回しに作業に没頭する。そのせいで毎回ケインさんに心配をかけてしまう。恐らく、僕が思っている以上に酷い顔をしているのだろう。
「でも、助手を雇ったおかげか? 前よりはかなり顔色が良く見えるな」
「……まぁ、すごく助かってるから」
プレセアさんはとても覚えるのが早い。それに手先も器用だ。
僕はあまり器用な方ではないから、細かな作業に時間が掛かりがちだった。けど、プレセアさんのおかげでその時間がかなり短くなり、とてもスムーズに作業が進むようになった。
そして何より。
『おはようございます。もう……。またこんな所で眠って……。体、痛くないですか?』
『これ、使用人に頼んで作ってもらってきました。リヒト先輩、ご飯も食べずに研究に没頭するのはどうかと思います』
お手伝いを頼んだだけなのに、プレセアさんは生活面まで気にしてくれた。
まぁ、見るに堪えない程の有様だったのは確かなので、呆れ半分で手を焼かれている可能性も十分にあるけど。
「ふーん? なるほどな~?」
なぜかニヤニヤとこちらを見てくるケインさん。
かと思えば、勢いよく肩を組まれて豪快にまた頭を撫でられる。
相変わらず乱雑な人だ。
「その子のこと、もっと詳しく聞かせてくれよ」
「嫌だよ。あと、ご飯の前に一度研究室戻っていい? 鍵閉めしないと色々面倒くさいんだよ」
プレセアさんの事を話したらこの人、絶対にからかってくる。
そう分かっているからこそ、絶対に話さないと心に誓った。
まぁ、ご飯は奢ってもらうけど。




