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ルイスside

 プレセアに婚約破棄を告げた翌日、子爵が訪れた。

 応接室に子爵を通し、向かい合うように腰を下ろす。


「突然の訪問で申し訳ない。だが、少し話がしたかった」


「いえ。寧ろ私の方が子爵の元へ訪れるべきだったというのに。ご足労をおかけして申し訳ない」


 プレセアとの婚約を破棄したい。

 そう手紙に綴った。しかし、そう簡単に許可される件ではないと理解していたからこそ、話し合いの機会を設けたい。そう記して手紙を送ったのが昨日の夕方だった。

 そして....その手紙はまだ俺の部屋にある。


「婚約破棄の件ですよね」


「....あぁ」


 わざわざ足を運んだということは、婚約破棄に納得がいかなかった。

 ....という事なのだろう。


 さて、どう理解してもらおうか。


 そう考えていると、子爵が突然頭を下げた。

 あぁ....やはりそうか。



 そう思っていると、衝撃的な言葉が降ってきた。



「....どうかこれから一切プレセアとは関わらないで欲しい」


「え?」


「実はプレセアは、記憶喪失になってしまったんだ」


「記憶喪失..?」


 あまりにも現実的ではない言葉に、困惑する。

 もし仮に本当に記憶喪失だとして、なぜ?

 婚約破棄したいと告げた時はいつも通りだった。

 ....そう言えば、あの日雨が降った。

 帰宅途中に足を滑らせて頭部を強打してしまったとか..?


 そんな嫌な想像が次々に思い浮かび、頭痛がした。


「プレセアは大丈夫なんですか?記憶以外は問題ないのですか?」


「あぁ。リ....医者によれば精神的なものだろうと。そして会わないで欲しいというのは単なる私の我儘だ。正直....二人の関係があまり上手くいっていないということは何となくだが気づいていた。けれど、あの子は優しい子でね。幼い頃に母親を亡くしたこともあるんだろう。私に心配をかけまいと無理をさせてしまった....。今のあの子は何だかスッキリした顔をしていてね。今まで、沢山一人で抱え込ませてしまっていたのだと痛感したよ。今、プレセアは君のことを忘れて新たな人生を歩もうとしている。そこにもう一度君が介入してしまい、記憶が戻ったら....プレセアはまた辛い経験をするだろう。私は、それをどうしても避けたいんだ」


「..なるほど」


 自分でも驚くほど低い声が出た。


「婚約破棄の件は受け入れる。その代わりと言っては何だが、こちらの約束をのんで欲しい」


 まさかプレセアが婚約破棄にそれほど精神を削られているとは思いもしなかった。

 だってあの時彼女は高らかに宣言した。

『当たり前じゃない。幸せになるに決まっているでしょう』と。


 しかし、もう関係ない話だ。

 寧ろこんな約束で婚約の破棄を受け入れて貰えんるのなら好都合だ。


「分かりました。お約束致しましょう。ですが、学校や社交界はどうされるおつもりですか?」


「前々からあの子は隣国で勉強をしたいと話していることがあった。だから留学を勧めてみるつもりだ」


 確かにプレセアは成績優秀だ。留学先も喜んで受け入れるだろう。


 こうして正式にプレセアとの婚約は破棄された。

 もう二度とプレセアとは関わらないという条件のもと。


 屋敷を去っていく子爵の背を見送りながら、俺は小さく息を吐く。


「何だか、スッキリしないな....」


 なぜか胸の内に残るモヤモヤに俺は頭を掻きむしる。

 婚約破棄できた。これから愛するアリアと共に歩んでいけるのだ。


「アリアに報告をしないとな。きっと喜んでくれるだろうな」


 喜ぶアリアの姿を想像しながら、俺は屋敷を後にした。


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