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「そう言えば、長期休暇中は研究室で研究に励むと仰っていましたよね。申し訳ありません。そんな大事な時期に急に押しかけたりしてしまって……」
リヒトに助けて貰ったあの日、共にお茶をした時にリヒトはこの長期休暇を研究室で過ごすと話していた。
しかも、大変な研究を押し付けられたらしく、人使いが荒いのだと愚痴をこぼしていた事を思い出す。
「あぁ、別に構わないよ。ずっと研究ばかりで嫌気が差してたから。だからプレセアさんが会いに来てくれて嬉しい」
思いがけない言葉にプレセアは反応に困った。
リヒトは何気なく発したつもりだろうが、優しく微笑みながらこんな台詞を言われてしまったのだから。
ほんのりと顔に熱がたまるのを感じながらもプレセアは考える。
このままでは助けられてばかりで何も御礼ができないまま終わってしまう。
倒れた時の御礼もまだ十分にできていないのだ。
「あのリヒト先輩。私に何か手伝えることはありませんか?」
「手伝える、こと?」
「はい。大切なお時間を割いて貰ったんです。何かお力になれる事があればお手伝いしたいんです」
プレセアの言葉にリヒトは目を瞬かせた。
けれど直ぐに視線をプレセアから逸らし、彼は部屋をぐるりと見渡した。
そして……まるで全てを諦めきった様な。そんな虚ろな瞳と乾いた笑みを浮かべながら言った。
「……こんな気味悪い部屋にいて、怖くないの?」
「え……?」
あまりにも予想外すぎるその言葉に、プレセアは驚いた。
しかし、リヒトはそんなプレセアの様子には目もくれず話を続ける。
「僕が一体何の研究をしているのか、プレセアさんは何も知らない。それでも……手伝ってくれるの? …………こんな僕のこと、怖くないの?」
その声は……酷く震えていた。
プレセアが咄嗟に一歩を踏み出した時、リヒトが顔を上げた。
そしていつもの笑顔を浮かべ、言った。
「……なんてね。ごめん、気にしないで。今言ったことは」
物理的な距離が離れた訳では無い。
けれど確かに、一歩後ろへとリヒトが自分との距離を取ったようにプレセアは感じた。
だからだろう。
気づけばなぜか、リヒトの手を取っていた。
「怖いなんてありません! だってリヒト先輩は、すごく優しい人じゃないですか」
プレセアの言葉に、リヒトの瞳が大きく見開かれた。
かと思えば、クスリと小さく口元を緩め、呟いた。
「……やっぱりあの時といい、君は変な人だな」
「えっと……リヒト先輩?」
「何でもないよ。じゃあ、一つ頼まれてくれるかな?」
「っ……! はい!」
頼ってくれた事が嬉しくて、プレセアは思わず大きな声で返事をしてしまった。
◇▢◇
「プレセアさんに頼んで正解だったよ。薬草学が得意だったなんて」
「と、得意なんて大げさですよ」
リヒトの頼み事。
それは学園の裏にある森に共に薬草を摘みに行くお手伝いだった。
様々な薬草が書かれた紙を渡され、それに従って必要な薬草を摘む。
本来なら薬草学の本を用いて採取する生徒が多い中、プレセアは本を用いずに採取できたことからリヒトから大いに称賛をされた。
「でも、確かに薬草学で行き詰まっている子は多く見かけました」
「あんまり人気ないんだよね。だからこの研究部も部員は僕一人なんだけど」
そう言って慣れた手付きで薬草を摘んでいくリヒト。
その様子は普段のままで、プレセアは頭を悩ませた。
お茶を共にした日、何となく気になって一体どんな研究をしているのか尋ねてみた。けれど、上手くはぐらかされてしまって聞けなかったのだ。
もしかしてあまり好ましい研究内容じゃないから言いづらいという事なのだろうか。
もしそうならば、先程のリヒトの取り乱した様子も納得できる。
……なんて、決め付けはよくない。
今は薬草採集に集中しよう。
そう自分に言い聞かせ、プレセアは喝を入れた。
その時だった。
「おい、あそこ見ろよ!あの変人、女子と一緒にいるぞ!!」
「え、まじかよ!一体どこの変わり者だよ。あんな奴と一緒にいるとか」
「本当にな。頭やばいんじゃね?どんなもの好きか見てやろうぜ」
どうやら森にいたのはプレセア達だけでは無かったらしい。
しかし、彼らの口から出てきた言葉は良い気分になるものでは無かった。
一体どこの愚か者なのか顔を見てやろう。
そして一言、いや何言でも言い返してやろう。
そう思って立ち上がろうとした時、グイッと腕を引かれた。
かと思えばその瞬間、甘い香りと温もりに包みこまれた。
それが抱きしめられているのだと気づいた時、プレセアは困惑した。
けれど、当の抱きしめている本人の視線はプレセアではなく男子生徒達へと向かっている。
『見せ物じゃないんだけど』
その言葉の冷たさと鋭さに、プレセアは更に困惑した。
確かにプレセアの前にいる人物はリヒトだ。
けれど、知っているはずのリヒトはとても優しい声色と笑顔を浮かべる少年だ。
まるで別人の様な彼に驚きを隠せなかった。
「え..あ、はい」
そして更に驚いたことに生徒達は大人しく去っていった。
先程の威勢はどこへやら。
けれど、何事もなかったのはいいことだろう。
そう心に言い聞かせながら、プレセアは恐る恐る口を開く。
「リ、リヒト先輩。その....く、苦しいです」
本当は苦しさなんて無かった。
ただ密着した身体が恥ずかしくて、顔から火が出てしまいそうだったのだ。
痩せ型に見えたその身体は、思っていた以上にしっかりと筋肉がついていた。
初めての異性との接触。
それは恋愛経験のないプレセアにとってはあまりにも刺激的すぎるものだった。
だから咄嗟に嘘をついた。
「ごめん。焦ってつい....」
「い、いえ。それよりもリヒト先輩は大丈夫ですか?」
生徒達の言動から、恐らくリヒトは常日頃あのような心無いことを言われているのかもしれない。
だとしたら彼の精神面が気になってしまった。
あんな言葉、誰だっていい気分はしない。
「僕は平気。心配してくれてありがとう。けど....ちょっと迂闊だった。研究室に戻ろっか」
「は、はい....」
一体何が迂闊だったというのだろうか。
疑問に思ったが尋ねることは出来なかった。




