母親の悩み
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「ただいま戻りました」
佐久間さん……もとい、お父さんと別れ、事務所に戻ってきた……んだけど。
「…………………………」
……なんで、お母さんが事務所にいるんだよ。
「おう……戻ってきて早々だが、塔也にお客さんだ」
「ですね……」
苦笑する支店長に、俺も苦笑して返すしかない。
この夫婦、なんで揃いも揃って俺の所に相談……とは限らないか。
ひょっとしたら、この前みたいに『娘を返せ!』って言いに来たのかもしれないし。
「あ……そ、その……この前は……」
「あ、ああ、いえ……」
うん、この前とは打って変わって、お母さんがものすごくしおらしい。
「そ、それで、あなたにちょっと話というか、相談というか……」
お母さん、やっぱりあなたもですか……。
「……ああ塔也、行ってきていいぞ」
「……はい」
支店長にやれやれといった表情で許可をいただいたので、俺も肩を竦めた。
「……それじゃ、場所、移しましょうか……」
「! ええ!」
俺が了承したので、お母さんはぱあ、と笑顔になった。
というか、お父さんの相談を受けた手前、お母さんを断る訳にはいかない。
それに……お母さんこそ、萩月さんが家出をした一番の原因だから、ちゃんと話をしておかないと。
ということで、俺はお母さんの車……コンパクトだけどこれ、外車だよね? に乗って、大通りのカフェにまた来た。
当然、店員さんには不思議そうに見られるが、俺だってまさか同じ店を選ぶなんて思いもよらなかったんだから、仕方ないよな。
で、俺達はまたさっきと同じ窓際奥の席に座る。
「うふふ……このお店ね、あの人と結婚する前……仕事の合間によくここに一緒に来てたの……」
「あの人って、その、おと……佐久間さんですか?」
「ええ……」
成程……それで……。
「それより……この前はごめんなさい……私、どうしていいか分からなくなって、あなたに当たり散らして……」
うう、こんなにもしおらしく頭を下げられてしまった。
「い、いえ……もうそれはいいんですが……だけど、どうしてですか……?」
「その……私が、あなたのことを悪し様にメッセージを送ったから、あの子に電話もメールも拒否されてしまって……」
「ああ……」
それで、萩月さんのスマホが夜に鳴らなくなったのか。
それは確かに、お母さんの立場からしたら不安になって仕方ないなあ……。
「そ、それで……しゆのは今元気なの? ちゃんとご飯も食べてる?」
「ええ、萩月さんは元気ですよ」
「良かった……」
俺の答えを聞いて、お母さんはホッと胸を撫で下ろした。
「それで……」
「え、あ、そ、そうね……それで、私もこの一週間色々と考えた……だけど、あの子が家を飛び出すくらいに結婚を反対してたなんて、どうしても思えなくて……」
そう言うと、お母さんは深く溜息を吐いた。
まあ、萩月さんは結婚自体には反対してないしな。
「……私は、あの人……前の夫ね。あの人が亡くなってから、私は生活を安定させるためにも働くことに必死で、家のことはあの子に任せっきりだったの……友達と遊んだり、したいこともたくさんあっただろうに……」
「…………………………」
「それで、信二さん……今の夫が、私の上司として、恋人として支えてくれて、私は何とかやってこれたの。そして、信二さんが独立して会社を立ち上げるのを機に、結婚を申し込まれて……」
そう言うと、お母さんがほんの少し頬を緩めた。
「それに、結婚すればこれからは二人で家庭を支えていけるから、しゆのに今まで我慢させてきた分、自由にさせてあげることができる……子どもらしい生活が送れるようになる、そう思ったんだけど……」
うん……完全にボタンの掛け違いだな。
お母さんにとっては、萩月さんはただつらい思いをして、自由も奪われて、そういう印象だったんだな。
でも、萩月さんからしたら、お母さんを支えて、お母さんがいない家を守って、それが誇らしくて……。
「その……萩月さんは、今まで家のことをしてきたことについては何一つ、つらかった訳じゃないんです」
「っ! ……そんなことはないわ。だって、私はあの子の自由を奪ったのよ?」
そう言うと、お母さんは悲しそうな表情でかぶりを振った。
まずは、この認識を改めてもらうことが先だな。
「……萩月さんは言っていました。これまで自分が、自分を育てるために一生懸命に働くお母さんを支えてきたんだって。そして……そんな自分のために頑張ってくれたお母さんが、佐久間さんと結婚することになって、お母さんが幸せになることが嬉しかったって」
「っ!?」
「だから、萩月さんは決して自由が欲しかったんじゃないんです。安定した生活を求めてた訳じゃないんです。萩月さんは……萩月さんは、ただ自分のいる意味が欲しかっただけなんです……」
俺の話を聞いたお母さんは、俯き、ぽろぽろと涙をこぼした。
「わた……私……あの子の居場所、奪っていたのね……なのに、勝手にあの子のこと可哀想だなんて、つらい思いをさせてるだなんて決めつけて、自由を与えたっていい気になって……!」
「……だけど、お母さんだって、萩月さんのことを想って、色々と悩んだ結果、最善だと思ってそうしたんですよね? だったら……」
「だけどっ!」
「……だったら、ちゃんと話し合うべきだったんです。お母さんも……萩月さんも」
そう。
結局のところお互いを想い合っているから、遠慮してしまったから、こんなことになってしまっただけなんだ。
だったら……自分の想いも全部吐き出して、相手の想いを全部受け止めれば、以前のように仲の良い親子に戻れるんだ。
「……もう、間違えませんよね?」
「……(コクリ)」
俺の問い掛けに、お母さんは力強く頷く。
うん……これなら、もう大丈夫。
「俺……今晩にでも萩月さんに話をしてみます。お母さんと、お父さんと、萩月さん……三人で、話をしようって」
「……よろしく、お願いします……」
そう言って、お母さんが深々と頭を下げる。
俺も、それに応えるように頭を下げた。
もう二度と、萩月さんが悲しむことがないようにと、願いを込めて。
◇
「送っていただいて、ありがとうございました」
事務所に着き、車のドア越しにお母さんにお礼を言った。
「こちらこそ、本当にありがとう……」
「萩月さんと話をしたら、先程いただいた連絡先にご連絡しますね」
「ええ……ふふ……」
「? ええと、どうしました?」
クスクスと笑いだしたお母さんを不思議に思い、俺は思わず尋ねた。
「ああいえ、ごめんなさい……あの子の言う通りだったな、って」
「? 萩月さんの?」
「ええ……“世界一”、だって」
「?」
萩月さん……なんの“世界一”なんだ?
「ふふ、あなたのことよ」
「っ!? お、俺ですか!?」
お母さんの言葉に、俺はかあ、と胸が熱くなる。
ま、まさか萩月さんが俺のこと、そんな風にお母さんに伝えてたなんて……。
だ、だからお母さん、俺が誑かしたとか、そんな風に思ってたのか……。
「それじゃ、連絡待ってるわ」
「は、はい!」
そう言うと、今度こそお母さんは去って行った。
だけど……萩月さんが俺のこと、“世界一”って……。
俺はお母さんの言葉が頭から離れず、自分の胸襟をギュ、と強く握り締めた。
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次回は明日の朝更新!
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