ギャルは大切な人の傍で
ご覧いただき、ありがとうございます!
こうやって抱き合ってから一時間くらい経っただろうか。
今も俺は、胸の中で震える萩月さんの背中を撫でている。
ふと、お店の中を見回してみると、何故かお客さんは一人もいなかった。
……多分、マスターが気を利かせて俺達のために貸し切りにしてくれたんだろう。
だけど、ここは素直に甘えておこうかな。
だって。
「グス……池っちい……」
ちょっと不謹慎かもしれないけど、今、俺はこの状況を邪魔されたくないから。
萩月さんとの二人きりの時間を……って、思ってたんだけど。
「ん……あは……池っち、ありがとう……」
どうやら萩月さんはもう大丈夫らしい。
俺の胸から顔を上げ、泣き腫らした目で笑顔を見せてくれた。
「萩月さん……うん……」
「んっ……」
俺も笑顔で頷きつつ、その瞳に溜まった涙を指で掬ってあげると、萩月さんは少しくすぐったそうにした。
「あ、そ、そうだ、せっかく淹れたレモンティー、ぬるくなったし取り替えるね」
そう言うと、萩月さんは席を立ってティーポットとティーカップをトレイに乗せ、カウンターへと戻ろうとして。
「いやいや、そんな泣き腫らした顔じゃこれ以上接客はしてもらえないよ。ということで、今日はもう帰りなさい」
カウンターにいるマスターがニコリ、と微笑みながらそう言ってくれた。
くそう、マスターといい支店長といい……カッコイイな。
「は、はい……申し訳ありません……」
萩月さんはマスターに深々と頭を下げると、足早にバックヤードに向かった。
さて……それじゃ俺も。
俺は席を立ち、レモンティーの代金を払おうと財布を出すと。
「はは、お代は支店長からいただいてるよ」
「あー……ありがとうございます」
ホントに、この大人達はもう。
俺も、そんな大人になりたい。
「アウウウウウ……」
で、瑞希さんよ。なんで君がそんなに泣いてるんだよ……。
「あ、瑞希は泣いてもこのまま仕事してもらうからな」
「パパヒドイ!?」
いや、そりゃそうだろ……。
「あは……池っち、お待たせ」
エプロンを外して帰る準備が整った萩月さんが、バックヤードから出てきた。
涙の跡も、メイクで上手く隠したみたいだ。
「うん……それじゃマスター、失礼します」
「ああ、池田くんもまた来てくれ」
俺と萩月さんは会釈をしてお店を出ると。
「萩月さん、帰ろう」
「うん……」
俺は、はにかんで返事をした萩月さんと、俺達のあの部屋へと帰路についた。
◇
「ふう……」
部屋に戻って電気をつけると、俺は一息吐いた。
「…………………………」
そして萩月さんはいつもと様子が違い、何故か無言でモジモジしていたりする……というか、帰りの道中ずっとこんな気まずい感じだったんだが。
まあ……喫茶店での出来事を考えたら仕方ない、か。
それより。
「はは、今日はあんなことがあったし、晩ご飯はウ〇バーで頼む?」
俺はちょっとでも空気を変えようと、少しおどけながらそんな提案をした。
だけど。
「ううん……池っちの晩ご飯を作るのは、アタシの役目だし……」
そう言うと、萩月さんはゆっくりとかぶりを振った。
「あ……そ、そうか……」
そういえば萩月さんは、こうやってお世話をしたり家事をすることで自分の居場所を見出していたんだったな……。
だったら、余計な気遣いは彼女の居場所を奪うことになってしまう、か……。
「あ、あは……そうじゃなかった。役目とかそんなんじゃなくて、その……池っちにアタシの作ったご飯を食べて欲しくて……」
「あ、う、うん……」
そう言われると、“代わり”とはいえ照れてしまうな……。
俺はそんな恥ずかしさを悟られまいと、頭を掻いて誤魔化した。
「じゃ、じゃあ今からすぐ作るし。池っちは座って待ってて」
「ああ……」
俺は返事をすると、いつものようにテーブルの前に座り、調理に取りかかる萩月さんの背中を眺める。
萩月さんは冷蔵庫から野菜などの食材を取り出しているんだけど……あ、目が合った。
「っ! ……………………(プイ)」
……目を逸らされてしまった。
やっぱり、まだ気まずいか……。
でも……時間が掛かったっていい。
また、萩月さんと元通りになりたい。
そのためにも、俺はいつも通りでいよう。
萩月さんが好きだって想いは、俺の中だけに留めておけばいいから。
すると。
「あは、お待たせ」
どうやら晩ご飯ができたようだ。
萩月さんが鍋ごとテーブルに運んできた。
「おお……」
鍋の中身は、根菜がたくさん入ったポトフだった。
「今日はスーパーで買い物してないから、あり合わせの材料で作ったんだけど……」
萩月さんは少し俯き加減で申し訳なさそうにそう話した。
だけど、俺は声を大にして言いたい。
「こんな美味そうな晩ご飯作っておいて何言ってるの!?」
「え、あ……あは……」
俺が全力で褒めると、萩月さんは恥ずかしそうにモジモジした。
アレ? いつもなら『んふふー』とか言って、少し自慢げな態度見せるのに……。
「ね、ねえ、そろそろ食べるし……」
「あ、そ、そうだな。それじゃ……」
「「いただきます」」
俺達は手を合わせ、器にポトフをよそう。
で、早速それを口に運ぶと。
「くう……! やっぱり萩月さんの作るご飯は美味い!」
「あ、あは……い、一杯食べて」
俺の言葉に、萩月さんが顔を赤くしながら嬉しそうに微笑んだ。
うん、やっぱり萩月さんの笑顔は最高だ。
その後も俺の箸は止まらず、たくさんあったポトフもあっという間に無くなってしまった。
「はああああ……ごちそうさまでした……」
「あは、お粗末様でした」
ああ……満足だ……。
俺は少し食べ過ぎた腹を撫でながら、至福の溜息を吐いた。
「それじゃ、後片づけは俺が……」
「ア、アタシも一緒にするし」
「そう? じゃあ一緒にしよう」
「う、うん!」
俺と萩月さんは食器をシンクへと運び、並んでそれらを洗う。
——チョン。
おっと、萩月さんの手に当たってしまった。
前ほどではないけど、大好きな女の子に触れるのは、やっぱりちょっと恥ずかしい。
また萩月さんにからかわれるかも……そう思いながら、チラリ、と隣の彼女を見ると。
「~~~~~~~~~~!」
何故か萩月さんが顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。
あ、あれ……? いつもと反応が違うぞ……?
そして、何となく気まずい雰囲気のまま、洗いものを終えると。
——ブブブ。
あ……萩月さんのスマホが震えてる。
「……お母さんからだし」
スマホを手に取った萩月さんが、わざわざ俺に教えてくれた。
「お母さん、なんて?」
「うん……」
萩月さんは俺にスマホの画面を見せてくれた。
『寒くないですか? ちゃんとご飯を食べてますか? お母さんは、いつでもあなたの帰りを待ってます』
それは、萩月さんを心配する、お母さんのメッセージだった。
「あは……たまには、返事してやるかー……」
そう呟くと、萩月さんがすごい速さでスマホにメッセージを打ち込む。
「送信、と」
メッセージを送り終えた萩月さんは、はあ、と深い息を吐いた。
「ん」
「え?」
萩月さんは顔を真っ赤にしながら、まるで俺に見ろとばかりにスマホを差し出す。
『アタシは大切な人の傍で、幸せに、元気に暮らしているから大丈夫です』
あ……。
「は、萩月さん……」
「あ、あは……お風呂入ってくるし……」
そう言うと、萩月さんは恥ずかしそうに俯きながら、駆け足でお風呂場に向かった。
そして俺は、萩月さんがお母さんに送ったメッセージに書かれていた言葉が嬉しくて、萩月さんの背中を目で追いかけながら、そっと目頭を押さえた。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は今日の夜更新!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、ブクマ、評価、感想をよろしくお願いします!




