代わり
ご覧いただき、ありがとうございます!
——カラン。
喫茶店のドアを開けると、来客を告げるベルの音が鳴り響く。
だけど、今の俺にはまるで死刑宣告でもされるかのように聞こえた。
「やあ、いらっしゃい」
コーヒーカップを拭いていたマスターが微笑みながら出迎えてくれた。
そして。
「え……? 池っち、どうして……」
「萩月さん……」
萩月さんが、俺を見ながら呆然としている。
まあ、それはそうだろう、な。
いつもだったら、俺はまだバイト中で、いつもの時間よりも二時間も早くここに来たんだから。
「あ、そうそう。池田くん、支店長からの預かりものを」
「あ、はい……」
俺は支店長から預かった封筒をマスターに渡す。
「さてさて……ちょっと確認に時間が掛かるから、池田くんはあの窓際の席で待っててくれるかい?」
「は、はあ……」
……確認といっても、一万円札一枚しか入ってないから、確認なんてすぐに……って。
「で、しゆのちゃんは、ちょっと池田くんを案内してオーダー聞いてくれる?」
「ア、アタシ……はい……」
……そういうこと、か。
本当に、支店長とマスターには感謝しかないな……。
「あ、コ、コッチだし……」
「ああ……」
俺はぎこちなく歩く萩月さんの後に続き、窓際の席に案内してもらう。
「そ、それで注文は……?」
「あ、そ、それじゃ、レモンティーを……」
「う、うん……」
注文を受けた萩月さんが、足早にカウンターの向こうへと戻っていく。
レモンティーの用意をしてくれているんだろう。
しばらくすると、萩月さんがティーカップ二つとティーポットを乗せたトレイを持って、こちらへとやってきた。
「お、お待たせしました……」
「う、うん……というか、紅茶を淹れるのは萩月さんの仕事なんだね」
「う、うん……」
すると、萩月さんは少し恥ずかしそうにしながら、スライスされたレモンが入ったカップに紅茶を注いだ。
そして、萩月さんが俺の向かいに座る。
「…………………………」
「…………………………」
どう話していいか分からず、お互いに沈黙が続く。
だけど。
「「あ、あの!」」
か、被ってしまった……。
「あ、じゃ、じゃあ池っちから、その……どうぞ……」
「あ、う、うん……」
俺はすう、と大きく息を吸い、覚悟を決める。
そして。
「萩月さん……嘘を吐いて、すまなかった」
俺はテーブルに額を擦りつけるように手をついて頭を下げた。
「……嘘吐いた理由、聞いてもいい……?」
「ああ……」
俺は、萩月さんに全部説明した。
萩月さんが、昨日の夜お母さんからの電話(メッセージ?)で思い悩んでいると感じたこと。
それで、後藤くんと古賀さんに昼休み時間をもらって、萩月さんの家族のことについて話を聞いたこと。
「……余計なお節介だと思う。人の家庭に土足で踏み込むような真似をして、本当に失礼だと思う。でも……それでも、俺は……」
俺の話を聞いて、幻滅したかもしれない。
俺のした行動が、許せないかもしれない。
でも……それでも、俺は萩月さんのために何とかしたかったんだ。
これは、俺が萩月さんに救ってもらったからとか、信じてくれたからとか、そういうことじゃない。
ただ……大好きな萩月さんに、幸せでいて欲しいから。
「…………………………そっか」
萩月さんは俯きながら、ポツリ、と言った。
「あは……アタシのことなんて、気にしなくていいのに……」
「そ、そんなこと! ……そんなこと、言わないで欲しい……」
哀しそうにそんなことを言う萩月さんに、俺はそう答えるのが精一杯だった。
「アタシ、ね……池っちのこと、ただの代わりにしか思ってないんだ……」
「代わり……って?」
「うん……」
今度は、萩月さんが訥々と語り始めた。
◇
お父さんが病気で亡くなってから、働いているお母さんの代わりに家のことは全部萩月さんがしていたこと。
もちろん、ご飯だったり洗濯だったりといった、お母さんの日常のお世話も。
そんなお母さんが中学三年の高校受験直後に、お母さんから職場の上司の人と結婚したいって紹介されて。
もちろん、アタシはそんな二人を祝福して……「おめでとう」って言って……。
だけど。
『これからは、しゆのは私や家のことは一切気にしないで、好きにしていいんだからね?』
『うん、これからはお母さんもこの家もこの僕が見るから、しゆのちゃんは高校からは自由に……』
二人からそう言われて、アタシの胸の中に穴が空いちゃったんだ。
まるで、今までのアタシが否定されたみたいに感じて。
だから、アタシはダラダラと毎日を過ごして、こうやってギャルみたいな恰好……って、ギャルだししょうがない、か。
それでも、やっぱりアタシ、勝手に追い詰められたような気分になって、二人がいるあの家にいることが息苦しくなって……。
家を、出たんだ。
それで、神谷駅で困ってたアタシを池っちが助けてくれて、あの部屋でお世話になって。
そして、壊れそうな池っちを見て、アタシ、思ったんだ。
ああ……アタシが池っちを見てあげなきゃ、アタシだけしか池っちを見てあげることができないんだ、って。
それからのアタシは、とにかく池っちに全力だった。
そして、池っちにはアタシしかいないんだ、アタシだけが池っちを支えるんだ、そう思って。
「……でも……でも、ね? それって、今までのお母さんや家のこと、それを池っちとあの部屋に重ねてただけ、なんだ……」
「…………………………」
そう、か……。
それで萩月さんは、あんなに俺のこと、助けてくれて、お世話してくれて……。
「でね? 昨日の夜、いつもと違って、お母さんが初めてメッセージをくれたんだ」
そう言うと、萩月さんがスマホを取り出して俺に見せてくれた。
『しゆの、元気? お母さんも、お父さんも、いつでもあなたの帰りを待っています』
「勝手だと思った。今まで電話の着信しか入れてこなかった人が、まるで思い出したかみたいにこんなメッセージ送ってきて……でも」
そこで、萩月さんが一拍置いた。
まるで、何か覚悟を決めるかのように。
「でも、ね? アタシが池っちにとって邪魔なんじゃないかって考えたら、もう……潮時なのかな、って……」
そう言うと、萩月さんの瞳から涙が零れ落ちた。
「だから……だから、池っちが嘘吐いたって分かった時、ああ、やっぱりアタシは邪魔だったんだって、アタシはいらないんだって、そう思っちゃって……!」
萩月さんは泣き崩れ、両手で顔を覆った。
そんな萩月さんを見て、俺の頭の中に浮かんだこと。
それは。
ああ……萩月さんも、俺と同じだったんだな、って。
萩月さんは、家で居場所を失くして、何とか自分の存在意義を見つけようとして、たまたま代わりとして見つかったのが俺って訳で……。
俺、は……。
「萩月さん」
気づけば、俺は彼女の名を呼んでいた。
まるで、自分の中にある感情が、堰を切って押し出すかのように、俺の口からこぼれたんだ。
そして名前を呼ばれた萩月さんは、身体をビクッとさせた。
まるで、身構えるかのように。
まるで、覚悟するかのように。
「萩月さんは俺のこと“代わり”って言ったけど、それっていけないことなのかな……」
「え……?」
俺の言葉の意味が分からず、萩月さんが呆けた声を漏らした。
「萩月さん、俺はね? 萩月さんが救ってくれたお陰で、支えてくれたお陰で、今こうやって幸せな俺がいるんだ。それって、萩月さんにとっての“代わり”になれたから、じゃないかな」
「っ! でもっ!」
萩月さんは俺の言葉を否定しようと、声を上げる。
だけど、俺はこう言いたいんだ。
「はは……だから、萩月さんは胸を張っていいと思うんだ。だって、萩月さんという女の子が、こんな俺を救ってくれた。そして俺は、そんな萩月さんが誰よりも必要で、誰よりも大切、なんだ」
「あ、ああ……!」
そう言って、俺はニコリ、と微笑んだ
この笑顔だって……萩月さん、君がくれたんだよ?
だから。
「……一緒に、あの部屋に帰ろう?」
「うん……! うん……! 池っち! 池っちい……!」
とうとう我慢できなくなった萩月さんが、俺の胸に飛びつくと、身体を震わせてむせび泣いた。
俺はそんな萩月さんを抱き締め、その背中を優しく撫でた。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日の朝更新!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、ブクマ、評価、感想をよろしくお願いします!




