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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act13 三月、「……梅乃」
96/105

13-1

 静かな春休みだった。

 わたしは家で掃除をしていた。明後日には母さんが退院してくるので、このいろいろ荒廃した我が家を、見られる状況にしておかなければいけないのだ。

 でもそうやってあたふたしてないと、どうしても理事長のことを考えてしまう。

 もっとうまいこといく方法とかなかったのかな、なんて考えてもしかたないことを。

「桃江さんは怒ると怖いんですよねえ。胡蝶蘭の鉢植えを枯らしてしまったことを許してくれるか心配です」

「わたしなんて、女子校じゃなくて、ほぼ男子校に通っていたこと言わなきゃいけないんですよ!」

「ありがとうございます。梅乃さんのおかげで僕の失態が和らぎます」

 父よ、少しは娘をかばえ。


 我が家の暗黒帝王の帰還(全三部作)に備えてボンクラ父娘が掃除に励んでいたとき、チャイムが鳴った。そういえばこの間なおしたんだっけ。お金があるって素敵だなあ。

 しかしうちが荒れ放題の廃屋同然なのは変わらないので、早く出ないと無人と思われてしまうのはまだ同じ。わたしは慌てて玄関に走った。

 そこにいたのは宅配便のお兄さんだった。薄い箱をいくつも持っている。


「ああよかった。ここ人が住んでいたんですね」

 正直な宅配便の人だ。

 軽いけどかさばるそれを受け取って、わたしは玄関に下ろす。しかし、これは一体なんでしょう。

 開ける前に送り主の名をぞきこんだわたしの耳に、今度は電話の音が入ってきた。

 ああ、一時は止められていた電話も無事に安定供給が可能になりました。ありがたい。雑巾を置いてわたしは電話に出た。

「もしもし」

『ああウメ、今日はヒマだよな』

 …この電話番号は現在使われておりません、ってうっかり言ってみたくなったが、そうしたら本人がやってくるだけだ。

「あ、梓」

『ヒマか?』

「ひまじゃありません」

『よし、それじゃ、今日は夕飯でも一緒に食べよう』

 わたしの日本語って梓に対して使われるときは、根本的に何か間違っているのだろうかと真剣に検討したくなる会話だ。

『お前の母親が戻ってくれば、そうそうでかけることも無いからな』

「はあ」

 もうなんか梓の中では、朝八時半集合、四時校庭解散遠足くらいな勢いで決定しているみたいだ。遠足のしおりはもらっていないけど。


『じゃ、五時に迎えにいってやる』

「やけに早いね」

『誕生日の祝いだってろくにしていないし、なんか買ってやってきちんとしたものでも食べようと思う』

「…そしたらオムライスがいいですー」

 梓の作るものではそれが一番おいしい。

『いや、僕がつくるんじゃない。食べに出ると言っている。そのためにいろいろ送りつけたんだから』

「…送り…?」

 はっとしてわたしはたった今ついた荷物を見た。受話器を首に挟んで送り主の名を確認して青ざめた。梓鷹雄様からだ…!

 ミミック!絶対これミミックだ!開けたらがぶりだ!

『ワンピースと薄手のコート、あと靴とバッグが入っている。他にいるものはないはずだ。首が寂しいだろうが、後でネックレスは買うから問題ない』

 完全武装だなあ。

(迷彩軍服に防弾チョッキ、あとライフルと完全被甲弾は準備した、他にいるものはあるか。対物火器が不備だが後でグレネードランチャーを用意しよう)

 ほらぴったり、って問題ではなく!


「はあ!?梓、わたしそんな身分不相応な場所行ったことないよ!?」

『ウメが求めているのは、王子なんだろう?この僕が面倒くさいその余興に付き合ってやると言っているんだ。まさか断るとは言うまいな?』

「梓、あのね、人はやりつけないことをするもんじゃないと思うんだ。私は聡明なので身の程という言葉を存じているのです」

『僕と付き合えばいやでも増えるから慣れておけ。じゃ五時に。ああそうだ、車は僕の家に置いて出かけるし、僕も酒を飲むから帰りは送れない』

「あ、そうなんだ」

『じゃ、そういうことで』

 そういうことでって、どういうことだ!なんて切り返す間もなく、梓はかけてきたときと同じ強引さで電話を切った。

 そうかそうか、じゃあ帰りはタクシーか。いやまてよ。

 …なにか、不吉な気配がする。梓はタクシーに乗って帰ろうとするわたしを見送ってくれるのだろうか。

 電話を切ったあと、心臓をばくばくさせながらわたしはそこにたちつくす。


 梓が考えていることが、さすがのボンクラ梅乃様にも分かったからだ。自意識過剰かもしれないがあえて言わせていただく。ていうか、不安すぎて黙っていられない。

 ぜ、絶対、口にちゅーとかされるよな。

 いや、梓は大人だから、そんなもんじゃすまないかも!なんのためにそうするのかはよく知らないのだけど、もしかしたら舌とかいれるちゅーかもしれん!ひぃ、そんなの16歳には早すぎる!

 じ、自意識過剰かな、やっぱり。


 わたしがなかなか戻ってこないので、お父さまが縁側から顔をだした。

「どうしましたか梅乃さん」

「あの…今日お出かけすることになったのですが」

「そうですかー、春休みですもんね。学校のお友達とですか?」

「梓さん、なのですが。もしかしたら今日の帰りは遅くなるかもしれません…」

「そうですか」

 しかしなかなか動かないわたしに、お父さまはなぜか微笑みかけた。

「梅乃さん、お茶にしましょうか」

「はあ」

 縁側に置きっぱなしになっていたポットを使って、お父さまは紅茶を入れ始めた。すばらしい、ティーバックを使うことがわかっている。やっぱりここ一年間のほぼ一人暮らしがきいたんだなあ。可愛い子には旅をさせなきゃいけないんだ。

 二人で紅茶を飲みながら縁側に座っていた。

「梅乃さん、もう二年生ですねえ」

「はい」

「誰か素敵な男の子とかいませんか?」

「はあ?」

 お父さまがそんな色気のある話を!しかも「パパうざい!」と言われかねないリスクを犯してのこの質問!

「い、いません」

 素敵なおっさんならいましたが。

「そうですかー。もう十六歳ですからねえ、法的には結婚できるくらいの年なんですよ。僕もね、こんなに可愛い梅乃さんですから心配で心配で」

「大丈夫です。嫁心配するほど亭主モテずというじゃありませんか」

「しかし蓼食う虫も好きずきという言葉もあります」

 本当に父は娘を可愛いと思っているのだろうか。疑問。

「僕はね、梓さんはとても感謝しています」

「どうしたんですか、突然」

「あの人、見かけと違ってものすごく寂しがりな人だと思いますよ」

 まず寂しいの定義から始めましょう。梓がそんな高尚な感情もっているもんか。

「本当に寂しい人間は、自分が寂しいことも忘れてしまうんです。あの人は誰かいるんでしょうか」

「し、知りません…」

「僕は梓さんには感謝もしているし、信頼もしています。本当に好きな相手は心底大事にするだろうと言う事もわかります。孤独な人だということもなんとなくわかる」

 お父さまがため息付くのをみたのは初めてだ。

「でも梅乃さんがとられちゃうと思うと、腹が立つもんですねえ」

「一体何を心配しているんですか!」

「こんなに早くお嫁に行っちゃうなんて嫌だー。梓さんなんて大嫌いだ!もううちには絶対いれない!」

「いきません!」

 ご丁寧に手で顔を覆って泣きまねまでするお父さまは一体どんな度胸が付いてしまったのだろう。ちらっと指の間から顔をだして言ったお父さまの言葉にはさらに度肝を抜かれたけど。


「でも梅乃さんにとっての一番は誰なんですか?」


「え?」

「梅乃さんは誰を見ているんですかねえ」

「お、お父さま」

「さて、もう少し庭の掃除をしましょうか。でも梅乃さんは出かける準備をしないといけないですね」

「お父さまは、もし梅乃が今晩帰ってこなかったらどうします?」

「明日、梓さんを殴りに行きます」

 返り討ち度MAXだ。

「そして梅乃さんは明日の御飯抜きです。うちの門限は九時ですからね」

「御飯はわたしが作っている以上、自動的にお父さまも御飯抜きです」

「そうですか、桃江さんが戻ってきたときに食べるご飯がさらにおいしくなってなによりです」

 お父さまはわたしに行動を具体的に制限はしなかった。嘘はつかない人だから、きっとわたしが今夜戻ってこなかったら本当に梓を殴りに行くんだろう。けれど、わたしを信頼しているのは確か。

 しかしお父さまは「まあでもせっかく綺麗なもの頂いたんですから着て見せてくださいよー」などと言っている。そして梓が迎えに来たときにわたしが準備していなかったら、やっぱり怒られることは目に見えている。

 わたしは膨大な量の箱を抱えて自分の部屋に入った。

 梓の千里眼はわたしの心のCIAが守っているはずのサイズまでお見通しだったことは言わずもがな。

 パフスリーブが可愛いけれど、ワンピースというよりはドレスと言った方が近いような服だ。どんだけ敷居が高いレストランに連れて行く気なんだ。敷居につまずくなんてもんじゃない、正面衝突する。

 しかも梓の見立て言うのがかなりわたしにとっては理不尽なのに、可愛い!

 なんだか凄く悔しい。くそう、化粧する手に力が入るのもなお悔しい!

 きいいいとかなりながら、わたしが慎重にマスカラ塗っていたときだ、今度は玄関のチャイムが鳴った。


 部屋を出ると先ほどと変わらず縁側でお茶を飲んでいるお父さまが呟く。

「今日はなにやらせわしないですね」

 そうですね、うちはダイレクトメールさえろくに入らない陸の孤島みたいな家ですから。ダイレクトメールだってそりゃあ入る家くらい選びたいよね。

 わたしは玄関に顔をだした。

「はい、って…!」

 驚いたことに、そこにいたのは蓮だった。まだ少し寒さの残るせいか、薄手のコートを着てなんだか緊張した顔で立っていた。

「どうしたの、蓮!」

「あ、ウメちゃん」

 わたしの顔をみてようやくほっとしたみたいだった。

「どうしたの?」

「どうしたの、って言うことは、やっぱり知らないんだ」

「え?」

 蓮はちょっとばかりこわばった顔で言った。

「理事長、今日、見合いをしているって知ってる?」


 …なんですと?


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