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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act12 二月、父が来たりて
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12-10

さて蓮の停学が解かれた日、一成君とわたしは蓮に付き添って理事長室の前にいた。

 蓮はさっきから不満そうなままだが、生徒指導の先生から、くれぐれも頭を下げて謝罪しろというお達しがあったのだ。 しかたないので、それにつきそった次第。

「なんで俺が謝らなきゃいけないのかが、まったくわからない」

 蓮はぼそっと呟く。

「わかれ!」

 一成君が蓮を小突いた。

「それが世間様だ!」

 どうやら一成君もわかっていないっぽい。




 ドアを開けるとそこには部屋を片付けている理事長がいた。無駄に雁首そろえたわたし達三人を見て驚いていた。

「どうしたんだお前ら」

「どうしたもこうしたも」

 蓮はあいかわらずで理事長をにらみつけている。そんな蓮を見ていた理事長だったけど、やがて穏やかに微笑んだ。

「別に謝らなくてもいい」

「じゃお言葉に甘えて。はい撤収!」

「蓮、甘えすぎー!」

 わたしは蓮の背中を一回殴る。けれど、そんなわたしにもまるで動揺のない表情で理事長は笑う。

「久賀院、鳥海の気持ちをわかってやれ」

「だって」

「いいんだ。本当は俺が誰かに殴られたかっただけなんだ。鳥海には悪いことしたな。生徒指導の先生にはお目こぼしを頼んだんだが、事情を説明できないのが災いして聞き入れてもらえなくて」

「仕方ないですよ。生徒の暴力容認していたら、学校は成立しませんから」

 理事長に味方する一成君の声が一番険しかった。

「ここを去るあなたには関係ないことでしょうけど」

「王理は言い方がきついな」

 さらっと流すと理事長はまた部屋を片付ける作業へと戻る。


「なんだ、もういいぞ。帰れ」

「帰れってな、あんた!」

 また蓮が激昂した。それを押しとどめたのは一成君だ。氷点下を感じさせる声で言う。

「殴ってもしかたないだろ、この人にはわからないんだから」

 怖い!一成君が怖い!

「俺と蓮は同じことで頭にきていますよ。別に梅乃ちゃんをふるならふるで、そんなことじゃ怒らない。むしろ願ったり適ったりです。問題はその理由なんだ」

「王理?」

 一成君の剣幕に理事長はようやく再び顔を向けた。

「俺はもともとものすごーく不親切な人間です。アドバイスするより手助けしたほうが早い、悪いところ指摘するより適当にフォローしたほうが楽、そう思ってます。だから今あんたに言うことは俺の精一杯の誠意だ。忠告なんて面倒なんだよ」

 何故、わたしはこんなところにのこのこやってきてしまったんだ……。わたしは『友情』なんて達筆で書いてある額縁に目をそらす。ああそらしても現実がそこに!

「理事長……じゃないなあ、この場合」

 一成君は薄く笑った。

「兄さん、他の人間の気持ちを自分の物差しだけではかるのはやめたほうがいいよ」

「……兄さんって呼ぶな、なんだそれは」

「嫌がらせです。俺も気持ち悪いですけど。もういいや、行こう蓮、梅乃ちゃん。話しても無駄な人間はいくらだっているよ」

「だな。じゃ、お邪魔しました」

「な、なんでそんなけんか腰」

 間にはさまっておろおろしていたわたしの顔色が変わったのはその時だ。戻ろうって言って一成君が手をかけたドアが開いてそこに梓が立っていた。


「梓」

「おい鳥海」

 梓があっという間に蓮の頭を鷲づかみした。

「聞いていればなんだその態度は。ちゃんと謝れ」

「いでででで、なにすんだ、おっさん!」

「僕がおっさんなら、お前は毛も生えてないガキだ」

 梓は掴んだ手で、無理やり蓮の頭を理事長に向かって下げさせた。

「ほら、ごめんなさいって言え」

 怖い……!

 梓の言葉は全然穏やかな調子なんだけど有無を言わせぬ強さが合った。ていうか有無を言ったら多分生きてここを出られない感じだ。その気迫に一成君も介入できない。さすが、あのケンカ無敵な理事長のツレ……!この二人の高校時代って一体どんなだったんだ。

「すみませんでした」

 不承不承ながら蓮が言うと、梓はあっさり手を離す。

「よくできました」

「た、鷹雄……やりすぎだろう……」

「うるさい黙れ」

 梓の声は地の底からのものみたいだった。

 え、梓は理事長の味方をするためにここにいるのではないの?

「基本的には僕はこの若造どもと意見はそんなに違わないんだ。でも僕は結果を重視するから別にどうでもいいけどね」

「結果?」

「ウメが十郎にふられれば文句なし」

 この世は地獄味あるな、おい。


 そしてわたしはそこでようやく気が付いた。この場に一同が介している事に。うわあ、さっぱり参加したくないサミットだ!誰か、穏やかな言葉に変換できる同時通訳を!

 あ、あの、わたしはちょっとこれにて部活が……って言って逃げたい。

「一人だけ逃げるなんて許さないよ、ウメ」

 梓が微笑む。ひゅー、もうあんた千里眼どころじゃないよ。エスパーなんでしょ?!

「十郎、お前本当にそれでいいの?」

「なにがだ。本当にどいつもこいつも勝手な事ばかり言って……」

「自分以外の誰かがウメの恋人になっても。まったく関係ない人間がなる可能性だってあるけど、多分今ここにいる三人の誰かがなる可能性が大きいぞ」

「別にいいよ」

 あーもー、梓ってさあ、もしかして本当はわたしを嫌いなんじゃないの?こんなこと聞けばわたしだって傷つくんだよ。理事長がわたしのことをどうでもいいって思っていることなんて聞きたくないんだ。

 なんか泣きたくなってきちゃった。

 でも泣かないけどね。ふん、だ。

「あ、そういうことか」

 ふっと、横で一成君が呟いた。わたしが怪訝そうな視線を送ると慌てて目をそらす。


「お前、ウメに対してもうなんとも思っていないのか」

「そういうわけじゃない。でも」

「でもばっかりだな」

 梓はなげやりにため息を付いた。

「まあいいや、お前がウメと付き合わないなら、ありがたく僕がもらうよ」

「ってまてや、梓先生!」

 蓮が怒鳴って二人の会話を打ち切る。

「なんだよ。梓先生も理事長もおかしいよ!それ聞いているウメちゃんがかわいそうじゃんか!」

 蓮は急にわたしの腕をつかむ。

「無神経すぎるよ!行こう、一成!」

「あ、蓮!」

 舌打ちして一成君は止めようとしたらしいけど、すでに蓮はその強い腕でわたしをひっぱって理事長室を出ていた。

「くそ」

「蓮」

 蓮は口を尖らせながら歩いていた。引きずられるわたしの横に一成君が並ぶ。

「蓮、おちつけよ」

「できるか。なんか俺が泣きそうだった!なんなんだ。ウメちゃんがまだ理事長を好きだっていうことは皆知っているんだろ。理事長だってウメちゃんを嫌いなわけじゃないのに。どうしてこんなひどい会話になるんだ」


 蓮はわたしの代わりに怒っていた。それを見て、わたしはようやく今の会話は全て怒っていいことなんだと気が付く。

 そうか、腹を立てていいのか。

 でもわたしはうまく苛立ちを現すことが出来なかった。

 だってわたし頑張ったんだもん。

 理事長だって頑張ってくれたし、どうにかしたいって思ってくれたと、思う……。

 二人で一生懸命でもどうにもならないようなことに怒ったら、逆にわたしが惨めになる一方なんだ。ほら、あれだよ「久賀院選手、メダルは惜しくも逃しましたが!」って問われたら「はい、残念です。でも全力を尽くせましたので、とても楽しかったです、満足です!」って返すしかないのと同じ。

 なにがなんだかわからないがムカつく、きー!っていうことは出来るけど、でもそんなことしたってなにも解決しないしね。

 だからもう。


「仕方ないよ」

 わたしは足を止めた。廊下の真ん中で立ち止まる。

「仕方ないことってあるんだねえ」

 笑うわたしも見て、本当に蓮は泣きそうな顔をした。

「そんなこと言うなよ」

「ごめんね蓮。それに一成君も」

 隣の一成君をみると、一成君も呆然としていた。

「わたし、本当に『仕方ない』っていうことしかできないことに初めて出会ったよ」

 悲しいな、って思ったけど、思うだけだった。

 ごめん、ちょっと待ってて、と言ってわたしはきびすを返した。もう一度、理事長室を覗き込む。

「理事長」

 まだそこにいた梓と共に、理事長はこっちを見た。

 頑張ろう。もうちょっとだけ。

「騒いでごめんね」

「いや……」

 最後に笑っていれば、理事長もわたしを思い出すとき、笑った顔を思い出してくれるかもしれない。あまり暗い顔をしたわたしを思い出されるのは嫌だ。

「いろいろありがとうございました」

 にっこり笑ってわたしは頭を下げた。

「じゃあね、さようなら」

 ほらね、頑張れた。

 ちゃんとかっこよく終われた。いかしているよわたし!かっこいいよわたし!ひゅーひゅー!

 背筋をのばして理事長室をでて………………これでわたしの気持ちも終るといいなあって、思った。


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