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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act12 二月、父が来たりて
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12-6

 ひやりとした感触で目が覚めた。

「あ、大丈夫、ウメちゃん?」

 そう声をかけてきたのは蓮だった。身を起こしたわたしはそこが寮の応接室だと言うことに気がつく。二人掛けソファに横になっていたらしい。ひやりとした感触は額に乗せられた濡れタオルだった。

「……今何時?」

「八時」

 蓮は横の一人掛けソファに座っていた。他には誰もいない。その顔に怒りの残滓を見つけた。

「皆は?」

 蓮は一つため息ついて言った。

「梓先生はウメちゃんのお父さんを送りついでに帰った。一成は俺と交代で夕飯。高瀬先輩と熊井先輩は部屋に戻った」

 その他大勢はどうでもよい!わたしが聞きたいのは。


「理事長は外出」

 蓮の口調はこれでもかとばかりにそっけなかった。

「蓮、ごめんねつき合わせちゃって」

「別に」

 蓮は珍しくにこりともしない。うーん、怒っているのかな。たしかにぶったおれるなんて迷惑かけてしまったけど。

「いいの?」

 蓮がなにかを探るようにわたしを見た。

「え?」

「理事長いなくって」

 あれ、蓮が腹を立てているのはわたしじゃなくて理事長なのかな。

「俺はムカついているよ?」

 わたしは額に乗っていた濡れタオルを握り締めた。

「理解できない。だって自分の彼女が倒れたのに、いくら急用だからって出かけるかなあ」

「本当になにか大事な事があったんだよ。だって理事長の行動にはいつだってちゃんと理由があったもん」

「理由、って言ったって」

 そうだよね、理由がなんぼのもんじゃ!って思うよね。わたしだって納得できませんよ、でも納得しないとだめなんだ。だって、納得しなかったらわたしが悲しいじゃん。

「大丈夫」

 蓮はまじまじとわたしを見る。それこそ不満そうに。

「自分の顔見てみたほうがいいよ。ちゃんと大丈夫な顔しているか」

 なんていうか、反論できない。

「しかしさ、ウメちゃん、まるで小公女だな」

 気まずい沈黙に蓮はすこし慌てたように話を変えた。

「ハニーベリーなんて知らない高校生いないよな。借金生活からいきなり億万長者かあ」

「いや、実感ゼロだけど」

 未だにあの一千万円はこども銀行のお札ではないだろうかという疑問は拭えない。


「送りついでに梓先生がその真偽を確認してくれるってさ。ものすっごい不機嫌に言っていた」

「なんで梓が不機嫌に」

「そりゃウメちゃんを縛るものがなくなったんだからおもしろくないんじゃない?」

「梓は……」

「『ま、それはそれ。手段はいくらでも』って呟いていたのを俺は聞いたけど」

「なんかその方が怖いよ!」

 ひぃってなったわたしをみて、蓮はようやく表情をやわらげた。

「でも、梓先生のほうが理事長よりもずっと共感できる」

「だめだめ、それ黒魔術だから!」

 聖水をアマゾンで箱買いせねば!

「梓先生に味方するわけじゃないよ。だってライバルはライバルだし。でも理事長にまかせてなんていられるかっていう部分では、意見は同じだと思うな」

「だからー、理事長は仕方ないの。あんまり器用じゃないし」

「それ本気で言っているの?」

「本気だよ?」

 理事長のことを悪く言われてだんだん腹がたってきたわたしだけど、蓮の次の言葉で背筋に氷水をかけられたような気分になった。


「じゃあ、ウメちゃんだって、理事長のことなんてどうでもいいんだよ」

「は?」

 応接室のドアは閉まっている。時折寮生の騒々しい足音とかくだらないことを話していそうな笑い声とかが聞こえてくるけど、応接室の中は気まずい沈黙で満ちた。

「どうでもよくなんて」

「なんかちょっと俺、理事長の態度にかちんときているから言っちゃうけど、理事長にとってウメちゃんって一番じゃないんじゃね?それもまあ俺からしたらムカつくんだけど、それに加えてウメちゃんの態度だっておかしいよ。なんで理事長のあの態度が許せるんだ?」

「だ、だって」

「俺はウメちゃんがまだ好きだよ。全然変わらない。諦めるって言った手前があるからもう口に出さないだけ。でも今でも、俺はウメちゃんに俺のことを好きになってもらいたい、好きならそう口にしてもらいたい、キスしてもらいたい、俺と一緒にいて楽しい気持ちになってもらいたい、俺が誰か女の子といたらなにもなくても嫉妬してもらいたい、俺を一番にしてもらいたい」

 口調は荒くないけれどその真摯さにわたしは気おされる。

「要求ばっかりだろう?でも本当に好きなら与えるだけで済むなんて思えない。無償の愛なんて、全然理解できない。俺は好きな相手には、気持ちを返してもらいたいよ。わがままかもしれないけど、本音だ。だから、理事長のそっけない態度を許せるウメちゃんが理解できない。それってさ」

 蓮はまっすぐにわたしを見ていた。

「ウメちゃんも理事長に本当は無関心なんじゃね?」

「わたしがまるで、理事長を好きじゃないみたいな言い方じゃん……」

「前、俺が遊んでいたころの話だけど、彼氏の悪口を言いながら俺と付き合う女の子もいたんだよね。でもあれって全てが本心じゃなかったんだよ。悪口言いたいくらいには彼氏のことも好きだったんだろうなって今は思う。ウメちゃんは理事長が自分に無関心なことを頭にこないの?」

「だって、仕方ないじゃん」

「仕方なくなんてないんだ!彼氏にわがまま言わなくて誰に言うんだよ。どこまで良い子ちゃんなんだよ」

 蓮は言葉を切ってわたしを見つめた。

「そんな状態の二人なら、俺はきっとまだまだ付け込める。今だっていくらでも参戦したいって俺は思っているんだ」

「れ、蓮」

「俺はウメちゃんに寂しい思いはさせたくない」

 そんなこといわないで欲しかった。そう叫びたかった。でも叫んだらわたしの動揺が知られてしまう。ゆらいじゃだめだ、わたし。


「俺はやっぱり諦め……」

「はーい、終了―」

 って言葉の後に、二回のノックの音が聞こえた。ドアの方をみると、高瀬先輩がドアに寄りかかりようにして立っていた。今開けてからノックしたよね。

「鳥海、手加減しろ」

「先輩には関係ないです」

「優しい先輩に対してその発言!おめーふざけんなよ、俺はやろうと思えばハーレムつくれちゃう男だぞ。ウメちゃんだって『響平様素敵―』くらい明日にだって言わせてやるぜ」

 まあ夢は大きい方が良いよね。

「とにかく、お前もちょっと頭冷やして来い」

「嫌です」

「ウメちゃんに恨まれたくないだろう」

「え?」

「人の恋愛沙汰には『本当のこと』を言っちゃいけない時もあるんだよー、鳥海」

 蓮を追い出してからきちんとドアを閉めて、高瀬先輩はわたしの向かいに座った。ため息ついてこめかみをもむ。

「鳥海も煮詰まっているし。王理も王理で混乱しているし。梓先生は先生でかえってやる気出してきちゃったし。ほんとに理事長の態度で大騒ぎだよ」

「……そんなに理事長の態度っておかしいの?」

「あのさー、俺が麗香先生倒れたときに、急用だからって横から離れると思う?」

「た、高瀬先輩の粘着度合いはストーカー検定一級だから」

「何言ってんだ、俺はインストラクター級だぜ」

 それ、いばることか?


「俺はウメちゃんの味方でいようと思ったから、鳥海には悪いけど肝心なときは理事長を押してきたよ。でもなんつーか、もう限界。俺が理事長を応援したって当人にやる気がなかったらきついよね」

「先輩も」

「もう鳥海にしておきなよ」

「蓮は……」

「年齢差が問題じゃないんだよ。年齢差に立ち向かう覚悟が無い理事長が問題なんだよ」

 うう、高瀬先輩に言われるときつい。

「鳥海にしておきな。それで心配してもらって、嫉妬してもらって、執着してもらえばいいよ」

 高瀬先輩はそう言いきった。

 言葉を失ってしまったわたしをしばらく見ていたけど、やがて口を開いた。

「ところでウメちゃん相談なんだけど」

 わたしの話をしていたときよりも更に深刻な表情だ。

「え?」

「ホワイトデーに麗香先生に指輪買ってあげたいんだけど、どう思う?最初のプレゼントが指輪なんて女子的には重い?プラチナなんて生意気かな?あとさ、発信機ってどこに売っているのかな?」

「発信機はだめー!」

 わたしはあいかわらずの高瀬先輩にため息をついてみた。



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