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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act12 二月、父が来たりて
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12-5

「く、久賀院」

 理事長が言う。

「その人せいぜい三十歳にしか見えないが、お父さんなのか!?」

「あ、私どうも童顔でして」

 相変わらずの笑顔でお父さまは理事長に笑いかけた。

「もう四十一歳なんですけどねー。あ、くれぐれも言っておきますが、梅乃さんは僕の実子ですよ。聡明さも優秀さも美貌も全部桃江さん譲りで、あんまり僕には似ていないんですけど。でも耳たぶの形はそっくりなんです!」

 ほら見てください、というけど、まあその話はわりと皆興味ないと思います。

「いや、よくよく見れば、顔も良く似てますけど……」

 理事長は話を遮る。強面相手にも関わらず、いつものペースでお父さまは言った。

「先ほどはありがとうございました。寮の方でしょうか」

「お父さま、こちらは王理の理事長なんですよ」

 お、わたしなんだか得意げだ。お父さまは猛烈な勢いで深く頭を下げた。

「そうですか!うちの豚児がいつもお世話になっております」

「いや、あの、こちらこそ……」

 つられて理事長まで頭を下げているが、横にいる蓮と一成君は相変わらず開いた口がふさがっていない。

「あの……」

「梅乃さんのお友達ですか?いつもありがとうございます」

 また深々と頭を下げる。そろそろ顔をあげてくれい。

「今日はですねー、梅乃さんの誕生日と言うことでお邪魔させていただきました」

「く、久賀院は今日が誕生日なのか」

「そうです!」

 よかった。理事長がやっとわかってくれた……。

「はいケーキです。お誕生日プレゼントは、梅乃さんが何欲しいか聞いてからにしようと思いました」

 そんな余裕は久賀院家には無い!しかしケーキはぎりぎり許容範囲!

「ありがとうございます」

 うちの近所にあるパン屋さんが作ったケーキだ。嬉しいなあ、お父さまはちゃんとわたしの好きなものとか覚えていてくれる。

「一緒に食べましょうねえ」

「そ、そうだよ、ウメちゃん!」

 蓮がはじかれたみたいに言った。

「こんな雪の日にわざわざ来てくれたんだろ!玄関先で話っていうのもどうかと思うよ。とりあえず靴脱いであがってもらわないと!」

「そうだな。応接室に来てもらったら?」


 玄関先にいるのは当事者のわたしとお父さま、お父さま救出の理事長、なんだかしらないけど巻き込まれた蓮と一成君と梓、あと明らかに野次馬の高瀬先輩。

「あ、どうぞ、こちらへー。僕、生徒会長の高瀬と申します」

 野次馬、仕切り始めた!

 ありがとうございます、なんていってお父さまが長靴を脱ぐ。で、スリッパに履き替えたときに思い出したように梓を見た。

「梓さん、おひさしぶりです。大変お世話になっております」

「あ、いえ……」

 いきなり話をふられて、梓もめずらしくちょっと驚いていた。

「ちょうどよかった。梓さんにお渡しするものがあったんです。僕、忘れっぽいので今思いついたときにお渡ししたいんですが」

「……渡すもの?」

 お父さまは、背負っていたリュックから風呂敷包みを出した。結構大きいといえば大きい。文庫本十冊分くらいの大きさだ。それを梓にわたしてそれこそ床に額がつく勢いで頭を下げる。

「どうもありがとうございました。無事桃江さんも三月に退院が決まりまして」

「え、お父さま、かあさん退院するんですか!?」

「そうなんですー」

 きゃー!とか言って、わたしはやっぱりお父さまに抱きつく。

 長かったなあ。やっとかあさんうちに帰って来るんだね!

 ……あ、ってことは、この学校のことをちゃんと説明しなければならないのか…………。あー!それ以前にお父さまがうっかり作った借金が!母さんのことだから「もー、硝也さんは仕方ないなあ」でお父さまはわりとスルーだ。でもわたしに対してはすごく厳しい!梓のことがばれれば、私を梓の店に売りかねない……!

 いろいろ天国と地獄なことを考えていたわたしの背後で、ぼたぼたと何かが落ちる音がした。

「梓さん、不用意に開けると落ちますよー」

 にこやかなお父さまの声に混じって、そこにいる全員の悲鳴が聞こえた。わたしはお父さまから離れて振り返る。

 そして見た。


 床に散らばっている札束達を。


「……はあ?」

 風呂敷に入っていたのは、百万円(推定)の束。なんか帯ついてる!新札だ!

 …………ひとーつふたーつ………………十五個。

「えええええ?硝也さん?」

 さすがの梓も仰天してそれを拾い集め始める。

 しかし、わたしはそれを見ながらも、どこかで落ち着いていた。

 あー、やっちまったよ、お父さま。一応多重債務の危険性についてはよーく説明しておいたつもりだったんだけど、理解できなかったかあ。梓に借金返すつもりで、 ま た

「今度はどこで借りてきたんですか、お父さまー!」

 わたしはくらくらしながら怒鳴りつけた。

「あれほど知らない人からお金借りちゃダメっていったじゃないですか!」

「まあまあ、ウメ。また僕が綺麗に整理するから」

「梓にこれ以上世話かけたら、わたしの人生全てが反保になっちゃう!」

「それが何だ?」

 満面の笑顔で言われたけど……あれ?

 ところがわたしに怒鳴られてしょげるかと思ったお父さまは、心外だとばかりに反論してきた。

「違いますよ、梅乃さん。これは僕が稼いだお金です。僕も頑張りました」

 お父さまは胸を張る。

 それどころじゃなくてわたしは一つ拾いあげた。偽札?いやいや、お父さまには絵心がないから……。

 でもとりあえず、この額はまっとうな仕事で一年で稼げる金額ではない。

「お父さま!梅乃は悲しいです。どんなにアレでも犯罪だけはしないと思っていたのに!」

「僕を仲間にしたら、その犯罪集団は内部から壊滅すると思います」

 それは商売にならんのか。


「実は僕の詩を買ってくれる人がいたんですよう」

「あんなの二束三文にもなりません!」

「久賀院!仮にもお父さんにはもうちょっと言葉に気をつかえ、な?」

「梅乃さんははっきりものを言うことが、美点なんですー」


 お父さま、理事長に娘自慢をしている場合じゃない。

 その時、そこに熊井先輩が通りかかったのは偶然だったんだけど、まさに神の助けだった。いや偶然じゃない、きっとなにか面白いことが起きているというセンサーで来たんだ。

 熊井先輩はあれっという顔をして言った。

「硝也さんどうしたんですか、こんなところで」

 なんで知ってるん????

「えーっと」

「あ、僕のこと覚えてないですか?うちのホームパーティで会ったじゃないですか。熊井セリカの息子です」

 熊井先輩は輪の中に入ってきた。ホームパーティだと?久賀院家に存在するパーティはお誕生日会が関の山だというのに。ハンバーグには旗だ。

「セリカさんの息子さん……テツ君だ!そうでしたね!いえ、いつもセリカさんにはお世話になっています」

「いいえー、うちの母親も、ひさしぶりにヒット曲を連発できて喜んでます」

 なに?なんなのこれ?

「熊井先輩、どうしてうちの父をご存知で……」

 わたしの質問に熊井先輩はけげんそうに見た。

「だって硝也さんって、作詞させたら絶対売れるって言われている人だよ、今」

「は?」

「久賀院さんのお父さんなの?そういえば苗字なんて聞いたことなかったなあ」

 うちの母親が作曲家なのは知ってるでしょう?って熊井先輩は言う。


「去年売れに売れたハニーベリーの作詞って、硝也さんだよ。うちの母親がお願いして曲をつけさせてもらって、若い女の子二人に歌ってもらったの。確か一年くらい前の話。それから彼女らの歌詞は皆硝也さんに頼んでいるみたいだけど、相当売れてるよ?多分、硝也さんの取り分は億とかなんじゃないかな」

「……お父さま?」

 わたしの視線に、お父さまはあの天使のごとき微笑を見せた。

「あれ?言ってませんでしたっけ?あ!そうだ、梅乃さんが怒ると怖いから、勇気がなくていえなかったんだ。『また勝手な事して!』て怒られそうで…………梅乃さんは怒った顔も可愛いんですけどねえ」

 ……あー!

 わたしもフラッシュバックの勢いで思い出していた。梓と始めてあった時の病院の中庭。

 お父さまが、『ちょっと勢いがなくて言えません。梅乃さん、庭を一周してきます。勇気を下さい!』っていって逃亡したときのことを。

 あれか!あれはこのことだったのか!てっきり宇宙人ジョーンズは僕の上司ですって言うんだと思っていた。


「母親が新曲で煮詰まって散歩していたときに、公園で鳩に餌上げながら詩を考えていた硝也さんに出会ったらしいよ。詩だけだと意味不明なんだけど、メロディラインに乗せるとかなり可愛いって。この詩に合わせて曲を作りたいって思ったらしい。硝也さんは、鳩の餌代と交換でどうぞお持ち帰り下さいって言ってくれたんだけど、さすがにうちに母親がきちんと契約してさ」

 その正直なお母様と熊井先輩は、本当に親子なのだろうか……お父様が真っ黒なのかな……。

「しかし、硝也さんらしい。むき出しで一千五百万は危ないですよ?」

 小切手のことだったら母に相談してくれればいいのに、って冷静にいう熊井先輩こそ、この場で誰より自分を見失ってないよ、すげえ。熊井先輩はきっと自分探しなんてしたことないんだろうな。

「いいえ、一千五百一万円なんです」

 にこにこしながら、お父さまはリュックからうすっぺらい封筒を出した。

「いつも梅乃さんには、生活費しか渡したことがなかったので、これは僕の夢だったんです。その生活費ももとは桃江さんが稼いだものですし。そもそも僕お金のこと考えるの苦手なんで」

 本当に嬉しそうに、お父さまはその封筒を差し出す。わたしがそれを受け取ると、そこにはあまり綺麗とは言い難い字が添えられていた。

『おこづかい』

「どうですかねえ、高校一年生の女の子の月のお小遣いが一万円っていうのは妥当なんでしょうか。桃江さんには多いって怒られましたが」

「さ、さあ。私にはちょっと……」

 話をふられて理事長も困惑気味だ。お父さまは梓にも言う。

「あ、五百万円は一応利子のつもりなんです。少ないですか……?」

「そこまで気をつかわなくても……ていうか返さなくても良かったのに」

 えーと、母さんが退院が決まって、お父さまが遭難で、でも一千万円完済で、ジョーンズは無関係な人で、わたしのお小遣いは一万円/月。

 なんかいろんなことがいっぺんに起きて全然整理ができないよ!

「わー!」

 蓮の悲鳴が聞こえた。

「ウメちゃんが倒れた!」

 そうですか、わたしは倒れたのですか。


 てことで、一年ぶりに卒倒した。


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