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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act12 二月、父が来たりて
89/105

12-4

 さて放課後。息巻いて証人喚問をめざすわたしは寮の階段を大股で上っていた。狙いはうっかり目を離した隙にいなくなってしまった蓮。

「あ、ウメちゃーん、この間はありがとう。麗香先生がねー…………って俺のラブな話はスルーかよー!」

 とかなんとか言っている高瀬先輩がいたような気はしたけど、とりあえず一目散で最上階まで駆け上る。見知った廊下の見知ったドアをノックした。


「ちょっと蓮!開けて!」

 ノック、というより、はるかに乱暴にドアを叩きのめす。

「な、なにウメちゃん」

 先に帰っていたらしい蓮が驚きながらドアを開ける。わたしはつめよって部屋に入り込んだ。

「え、どうしたの」

 凄い剣幕で部屋に入ってきたわたしに一成君まで驚いている。

「これは何!」

 わたしは蓮に写真を突きつけた。

「え」

 蓮は写真をまじまじと見て。そして一気に挙動不審になった。

「うわあ、なんでこれがウメちゃんのところに!」

「これってあの時のスナップだよね!どうして蓮が写真の状態で持っているの!」

「そ、それはその」

「理事長が生徒手帳拾ったの。その中にはさまっていたんだけど」

 わたしは蓮の机に叩きつけるようにして生徒手帳を置いた。

「まだ雑誌のカットの切り抜きだったらわからないことも無いよ!?でもどうして写真なの!」

「えっと」

 蓮が助けを求めるみたいに一成君を見る。

「梅乃ちゃんのことが好きだからだよー」

 それに応えるようにけろっとして言ったのは一成君だ。

「そのスタッフに頼んでいたらしいよ。写真取らせる代わりに生写真の状態でくれって」

 あれか!そういえばなんか頼んでいた……!

「蓮は梅乃ちゃんのことを好きだから」

「一成」

 それは蓮の思っていた助け舟とは違っていたみたいで、蓮が慌てる。

「あのさ、ウメちゃん。気にしなくていいから。確かにあの時のスタッフにお願いして、後で送ってもらったのは本当だけど、でも今、もう俺のことは気にしなくていいんだ。本当はこれもしまわないといけないなって思っていたし」

「……蓮、それってどういうことだ?」

 わたしが口を挟む前に、一成君が蓮に問いかける。なんだが不愉快そうに。


「なんで気にしなくていいんだ?だってお前ウメちゃんを好きなんだろう?」

「ごめん、一成、言ってなくて。俺はウメちゃんを諦めたんだ。もう友達のままでいいんだよ」

「……はあ!?」

 一成君の唖然とした声が部屋に響いた。

「友達でいいって……どういうことだよ!」

「い、一成君!」

 最初のわたしの剣幕なんて吹き飛んでしまう勢いで怒鳴ると、一成君は蓮につかみかかった。ぎゃー、王子!殿中でござる!松の廊下!

「ふざけんな!」

「うるせえよ!」

 蓮も一成君の腕をつかんだ。

「お前には悪いと思うけど、俺だってハンパな気持ちで諦めたわけじゃないんだよ。でもどうしようもないことだってあるんだ。仕方ない」

「仕方ない、なんて言うな馬鹿!」

 横でどうすることもできずおろおろしているだけのバカはわたしですよ。踊る阿呆に見る阿呆、みたいだ。

 蓮が怒鳴っているわけはともかく、一成君がこんなに怒っているのは見たことがない。しかもその理由がよくわからない。このシャレにならん状態はおそらくわたしのせいではなからろうかというあまり認めたくない事実はわかる。


 一人の女子を巡って争う男二人!

 ごめん、ちょっと憧れてました、すみません!でも実際にその現場に当事者として立ち会うと、とりあえず一目散に逃げたい気分になる。だってどう考えても、わたしが何か言っておさまる状態じゃない。そして何が原因でこうなっているのかわからない。「わかった、ヘリと現金は用意しよう。他になにか要求はあるか。お母さんは泣いているぞ」とか言ってみようかな。


「お前が」

 一成君は蓮をにらみつけた。

「お前が梅乃ちゃんを好きでいてくれないと困るんだよ!」

「はあ?」

「そうじゃなきゃ、俺は一体何を言い訳にしたらいいんだよ……」

「……一成……」

 蓮の声のトーンが落ちた。おっ、事態は鎮火の方向に?

「お前やっぱり嘘ついてたんじゃねえかよ!」

 むしろ炎上!

 ということで、最初に手を出したのは、蓮でした。あとで証言を求められたらそう言おう。蓮に殴られた一成君は壁に激しく背中を叩きつけた。

「……いっ……」

「だから俺は、何回もお前の真意を聞いただろうが!」

「うるせえよ、お前に都合があるように、俺だって都合があるんだっつーの!」

 真意もへったくれもない!って言って、一成君が蓮に飛び掛った。頭からつっこんでいった勢いで、半開きだったドアから廊下に二人は飛び出して転がった。

「ちょっと二人とも!」

 もう写真の事どころじゃないですよ!どうしてこう立て続けにいろんなことが起きるんですか!

「ねえ、なに怒っているの?!」

「ウメちゃんには関係ない」

 蓮の言葉を幸い「じゃ無関係なアタシはこれにて」って消えたくなったけど、さすがにそうもいくまいよ。


 とりあえず、わかっていること。

 1、あの写真は蓮のもので間違いない。

 2、蓮はどうやらわたしを好きだったころにあれを入手したらしく、わたしと友の約束を固めた今では不要になってしまったようだ。

 3、 ■

 4、そして一成君はなにやら不満らしい。

 3と4の間にあるブラックボックスがさっぱりわかりませんがな。なんか変な数式在中みたいだ。


 唖然としていたわたしだけど、あって叫んで飛び出した。蓮に突き飛ばされた一成君が廊下の消火器にぶつかりそうになっていたのだ。

「危ない!」

 一成君と消火器に挟まれた背中が鈍い音を立てた。

「……あたー……」

「ごめん!梅乃ちゃん、大丈夫?」

 廊下に転がったわたしを見て、ようやく二人が動きを止めた。

「いたた」

「おい、おまえら、寮の中でケンカか!」

 そりゃ廊下で暴れていれば目立つ。多分誰かが呼んだのだろう。聞いたことのある大人の声にぎょっとして顔を向ければ、またタイミング悪くそこにいたのは梓だ。

「え、梓……先生なんでここに」

「十郎に用があってきたんだが、あいつまだ戻っていないんだな。そんなことよりお前ら!」

 梓が鋭い視線で二人をにらむ。

「久賀院を巻き込むな!」

「巻き込まれてません、自分から飛び込んだんです」

「それはそれでなお悪い!」

 また梓に怒られた……。

「お前らちょっと来い!」

 梓が二人の耳を掴んだ。平等だ。

「あだだ!なにすんだこのおっさん!」

「教師に向かっておっさんとは停学くらう覚悟はできているんだろうな。久賀院もちょっと来い!」

 わたしこんなにワル目立ちしたのは人生で初めてだよ……。

 階段を降りて、梓は空いている一階の応接室に二人を放り込んだ。そのままわたしも連れて応接室に入ると、閉めた扉の前に立ちふさがった。

 人を見下ろす姿勢がこんなに似合う人もそうそういないよね。


「で、なにか申し開きがあるなら言ってみろ!」

 あっても言えねえ空気。

「うるせーよ、結局ウメちゃんをモノにできないのはアンタもおなじだろ」

「蓮、命が惜しかったらとりあえずそれ以上は話さないほうが……」

 連は死にたいのか。

「それがなんだ。僕はお前らみたいに焦って喧嘩沙汰になって、ウメにドン引きされるような短慮はあいにく持っていないんでね」

 個室に入ったとたん、やはりウメ呼ばわりか……。

「とりあえず今の件は理事長に報告するぞ!」

 困る!

 わたしがそう叫ぼうとしたときだった、応接室のドアがノックされた。

「なんだ」

 梓が乱暴にドアを開けるとそこにいたのは理事長だった。理事長のほうこそ、応接室の中に顔をそろえているわたし達をみて驚いている。

「どうしたんだ、十郎」

「いやどうしたも何も……久賀院、お前に客だ」

「え、わたしに?」

 まだコートも脱いでいない理事長はちょっと疲れたようにそこに立っていた。

「いや、学校帰りに見つけたんだが……けっこう若そうな男性なんだ」

 もう新キャラいらないから!ここでニューフェースは困る!登場人物整理してからじゃないとわかりにくいよ。とりあえず、連続殺人事件第一の犠牲者を出すしかないか?

「そんな人こころあたりはないです!」

「うん。だが、お前の家族だとか言っているんだ」

 いや、わたしそんな若い男の家族なんていないですが。

「……実際、雪のなかで行き倒れていたところを拾ったんだが」


「お父さまー!?」


 わたしは応接室を飛び出した。何もないところでこけ、こけそうなところではアタマからつっこむのが久賀院硝也!遭難ぐらい楽勝だ。

 廊下を走りぬけて玄関まで行くと、なぜか高瀬先輩がお茶を出していて、お父さまがにこやかに座っていた。

「お父さま!」

「あ、梅乃さん!」

 立ち上がって両手を広げたので条件反射的にわたしはそこに抱きつく。

「わー、お父さま会いたかったです!」

「僕もですー。でも電車を降りてからが分からなかったので歩いてきました」

 惜しい、はじめてのお使いミッションコンプリートまであともう一息でした。バス使わないと軽く一時間はかかるんだよ、駅からここまで。でも家から徒歩じゃなくてよかった。

「そうしたら遭難してしまいました。あの親切な方が埋まった僕を拾い出してくれなかったらわりと死んでました」

 お父さまの言葉に合わせてわたしは振り返る。応接室を飛び出したわたしを追ってきたのか、そこには全員がそろっていた。理事長に頭をさげたお父さまは見知った顔をみつけたらしい。

「あ、梓さんもこんにちは。いつもお世話様です~」

 おお、見事に全員がぽかんとしている……。

「でもお父さま、急にどうして」

「だって今日は梅乃さんの誕生日じゃないですか」

 お父さまはにこにこと相変わらずの笑顔でいう。

「おめでとうって言いに来ました」


 なんていうかさ、やっぱりお父さまはお父さまなんだなって、本当にわたしはほっとした。



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