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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act12 二月、父が来たりて
88/105

12-3

 結局あれから数日たったんだけど、蓮の生徒手帳はでてこない。

 もうこれは、あの展開しかないかなって思っている。

 『蓮のことを好きな生徒が、こっそり持っている』

 学園恋愛モノの王道だよね!すごくシャイな子だから、蓮の写真を手に入れることも出来ないまま、密かに慕っているわけよ。蓮の姿を見ただけで、一日幸せな気分なれちゃう乙女心でさ。ところが偶然蓮の生徒手帳を拾ってしまって、それを届けたいんだけど、話しかけることもできない。いやまてよ、届けてそこからはじまるロマンスって展開も捨て難いな。


「お願いだから、ここが男子校同然だっていう事実を思い出してよ、ウメちゃん」

「とりあえず、梅乃ちゃんのそれは妄想であって推理じゃない」


 カレーうどんも食べかけのまま、熱く蓮の生徒手帳の所在について推理していたわたしを、蓮と一成君が止めた。

「蓮を好きな子を見つけるべし!……って立派な推理だと思うけど」

「しらねえよ!」

 食堂で昼ごはんを食べていたわたしは蓮に怒られた。蓮はカレーライス大盛りをもう食べ終わっている。

「そうかなあ」

 わたしは箸を置いた。

「じゃ、わたしちょっとこれで行くね」

「え、どこいくの?」

「保健室」

「どこか具合悪いの?」

 一成君が真面目に聞いてきたので驚いた。

「えー、そんなことないけどー」

「あ」

 理事長か……と一成君が小声でぼやく。

「なんかここニ三日様子が変なんだよね。なんか落ち込んでいるっていうか」

「そうかな、いつもと同じに見えたけど」

「愛の力だよー、わたしにはわかるんだ」

 そう言ってわたしは席を立った。二人に手を振って、保健室に向かう。

 でもさ。

 愛の力もちょっと衰え中なんだ。どうしてもお正月からのあのギクシャクした感じが取れない。理事長はわたしにまるで距離を置いているようで、それがわかるからわたしも身動きできなくて。

 どうしたらいいんだろう。


「失礼しまーす」

 そう言って入ったら、理事長はいたけどなにやら深刻な顔をして、机に向かっていた。でも今日は誰もいないことに気がついてほっとする。ここしばらくは保健室に来ても受験疲れの三年生が転がっていることが多かったから。

「理事長?」

「……うーん、やっぱり直らんか」

 そう言ってから理事長はわたしを見た。

「あんまりここに来るなって言っただろう」

「もうちょっと喜んでくれてもいいのに」

「そういうわけにもいかんのだ」

 理事長が諦めたように机に放り出したのは、携帯のストラップだった。わたしも見たことがあるどこかの医薬品メーカーのカエルモチーフのマスコットキャラだった。これ買ったものじゃないな。何かのおまけみたい。でもそれは、携帯とマスコットを繋ぐチェーン部分が壊れていた。

「これどうしたんですか?」

「ああ、知り合いの医者から貰った。でも今日引っ掛けて壊してしまったんだ。ま、とりあえずでつけていたものだからな。捨てるよ」

「えー、可愛いのに」

「しかし、ストラップとしてはもう使えない」

「じゃ、わたしにちょうだい?」

「……いいけど……久賀院、携帯なんて持ってないだろう」

「でも欲しいんだもん」

 わたしはそのマスコット部分を机からとった。わーい、理事長がわたしに何か物をくれるなんて初めてだもんね。チェーンは壊れちゃったけど、ひもつけてキーホルダーにしよっと。

 カエルかわいいー。

「……そんなもので喜ぶのか?」

 片手に握り締められるくらいの小さなマスコットでにこにこしているわたしに理事長が呆れたようにいった。

「嬉しいよ?だって理事長がくれたんだもん。チェーンだったらなんとかなるし」

 このトップの穴に、手芸洋品店できれいな紐買ってきてつける、とか、それよりもビーズで作っちゃった方が可愛いかも、とか熱心に語っていたから気がつかなかったけど、ふと顔を上げたら理事長がわたしを見ていた。


「な、なんでしょ」

 あまりにもまじまじと見られて、緊張してしまった。うわあ、確かに理事長には興味ないようなことだもんね……。

 けれど、理事長もちょっと顔をこわばらせて言った。

「ちょっと貸してみろ」

「え、返さないよ」

 いいから、と理事長はわたしからマスコットを受け取り、机の上にあったアルコール脱脂綿を手にした。

「ちょっとは綺麗にしてやらないと」

 理事長はその太い指でやりにくそうに小さなマスコットの汚れを拭い始めていた。

「こんなのでいいのか。何かキーホルダーが欲しければ、そのくらい買ってやるのに」

 さすがアルコールだけあって、つるりと一皮向けたみたいに綺麗になったマスコットを返してもらってからわたしは答える。

「別にキーホルダーが必要なわけじゃなくて」

「そういえば、久賀院は誕生日とかいつなんだ」

 ……………………きたー!

 ありがとう理事長、その質問をまってましたよ、よっ大統領!すばらしい、まさに望んでいた展開がここに!

 今日です!

 満面の笑みで言おうとしたわたしだけど、その前にふと気がつかなくてもいいことに気がついてしまった。

 椅子の背にかけられている理事長の白衣。そのポケットから半ば落ちそうになって顔を覗かせているのは、紺色の革表紙のうちの生徒手帳では。

「なんでこんなもの持っているんですか」

 ポケットにもどしてあげようと手を伸ばしたわたしは、その表紙にある名前に驚いた。

「あれ、これって」

「あ、久賀院それは……!」

 理事長は止めようと思ったみたいだけど、それより先にわたしは手にしていた。

 それはやっぱり蓮のものだった。

「え、なんで理事長が蓮の生徒手帳を」

「あ、うん。廊下で拾ってな、返そうと思って忘れていた」

「じゃあ、わたし返しておきましょうか?」

「いいよいいよ。寮に戻るのは俺も同じだ」

 でも、そう言って何気なくページを繰ったのは、本当に無意識だった。はじかれたページから一枚、薄いものが床をすべるようにして落ちた。

「あれ、なんか落ちた。しょうがないなあ、蓮は、まさか本当に言っていたものじゃないよね」

 笑いながら拾い上げたわたしの笑顔は途中でこわばった。


「……何これ」

 それは、ずっと昔に見たことがあるものだ。雑誌の一カットとして。

 わたしと蓮が客観的に見て文句をつけようもないくらい仲よさそうに手をつないでいる写真。

 理事長と遊園地に行く約束をしていたとき、その前の週に蓮と出かけ、そこで雑誌のスタッフの人によって取られたもの。けれどそれは、雑誌の切抜きではなく、プリントされた写真だった。まるで本当にデートしているときにとられたものみたいに。

「えー!?」

 本当に意味がわからなくて叫んだわたしだけど、次の瞬間には理事長のことを思い出して慌てた。

「り、理事長これはね!」

「いや、大丈夫だ!全然平気だ!」

 もうその言い方が明らかに大丈夫ではない。

「別にお前が鳥海とどこかに出かけたって、それは大した事じゃないんだ、な。友達なんだろう?」

「そうです、大した事じゃないんです!友達なんです!」

「大丈夫だ、気にしていない。気にするほうがおかしいんだ」


 そういいながらも理事長の目線は落ち着きなく室内をさまよった。わああ、相当キている。もしかしたら最近元気なかったのはこのせいか。

 ん?そうだよね。だってわたしが生徒手帳から落ちた写真を見たときには、それが何かわかっていたんだから。理事長は、その生徒手帳が誰のものか知って、そしてその写真が何かを知りながら、返せない。

 きゃー、まさか理事長は蓮を好きなのでは!?

 ……ってそんなわけあるか。

 わたしは理事長を見た。

「理事長、あの……やっぱり気になります?」

「大丈夫だよ」

 理事長は言う。うわあ、目が回遊魚並みに泳いでいる。

「大丈夫、誤解とかそういうわけではない。ただ、ほほう仲良さそうだなあと思っていただけだ」

「別に仲だって良くないです!大体あいつがインフルエンザをうつしたっていうのに仲良いわけないです!骨肉の恨みです!」

 理事長は手帳とわたしを見比べる。どこかあっけにとられたように言った。

「…………なんで正月休み中なのに、鳥海からインフルエンザをうつされるんだ…………?」

 墓穴!

 ヤバイ、ヤバイ、どうしよう。正直に話をしていいものなの?それともしらばっくれるべき?

 でも、その一瞬の躊躇自体が理事長の表情を曇らせた。

 どういうことだ?って追求してくれたならわたしも正直に言えた。でも理事長は一回口を開きかけ、けれどそれを閉ざしてしまった。

 致命的なほどにきまずい沈黙が落ちる。

 なんだろう。

 だって本当に蓮とはなんでもないんだよ?だのに、どうしてわたしは迷ってしまったんだろう。

 ……ああそうか、どんな言いかたしても言い訳がましいからなんだ。疑われること自体が怖い。梓だったら間髪いれずに蓮の看病に行ってうつされたんだと、正直に言える。それは梓がわたしをどう思おうと別にかまわないから。まあ梓だったら言う前からわかっていそうな怖さはあるけど。

 付き合っている相手に、風邪引き相手だとは言え、男の人の家にのこのこ上がりこんだなんて言いにくい。

 ほんのちょっとでも、変な風に思われたくない。

 でもそのせいで、逆に疑われてしまいそうだ。


「理事長、あのね」

「いいよ」

 なぜか理事長は穏やかに笑った。

「久賀院が、器用にいろんな人間と同時に付き合えるとは俺も思っていないよ。ちゃんと事情があるんだろうってわかっている」

 目の前に座っているわたしに理事長は手を伸ばした。その手はわたしの頭に乗せられた。髪にすべらせるようにして理事長は頭を撫でてくれる。

「だから説明しなくていい」

 まるで拒絶みたいな優しさだ。

 ちゃんと説明させてほしいのに。

 理事長は確かにわたしが蓮と浮気しているとか、そんな風には思っていないと思う。でもなにかに傷ついているような気がする。それがなんなのかわたしにはわからないけど、この一件はうやむやにしちゃいけない。

 でも理事長はなんだかこれ以上踏み込むのも踏み込まれるのも嫌みたいだ。

 頭上で予鈴がなった。

「久賀院、もうすぐ授業だから教室にもどれ?」

「……うん」

 でもわたしは頑張ってみた。

「理事長、あのね、今日放課後来ても良い?」

「いや、一端寮に戻ってから、ちょっと出かける用事がある」

 ごめんな、と理事長は穏やかに言った。

「そうだ、じゃあちょうど良いから生徒手帳を鳥海に返してくれるか?」

「あ、はい」

 本当に事務的な会話がなんだか悲しい。

 理事長が『なんで鳥海と一緒なんだ!』って怒ってくれたらいいのに、ってわたしは保健室を出る瞬間まで思っていた。

 そんな言葉は聞こえなかったけどね。



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