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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act11 一月、インフルエンザについて理事長かく語りき
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11-4

 さて。

 箱根も見終わり(今年も涙無しには見られない怒涛のドラマだった……)今日は理事長とのデートの日なのです。

 電話でしか話をしなかったけど、まあ無事に蓮も体調を回復しているようでなにより。

 で、今わたしは目の前の体温計がたたき出した事実を、幻だって脳内変換中。

 なんか昨日の夜から寒気がしていて、やばげな感じだったけど、今改めてリアルにある数字を見ると、それだけで具合が悪くなりそうだ……。

 37度8分。

 この間の遊園地は結局会えず、一番気合を入れた自分を見せることが出来なかったので、今日はより一層頑張って支度したのに……。原因がはっきりしているのがまたムカつく。あんなに近寄らせるんじゃなかった……。

 ……うそうそ!

 わたしはにっこり笑って体温計をケースにしまった。ないない、こんな大事な日に風邪引くなんてありえない。大丈夫だ、バカは風邪ひかない!この数字は体温計の軽い体調不良だ。お疲れ様でした体温計!ゆっくり休んでいてね。


「梅乃さん、でかけるんですか?」

 玄関でブーツを履くわたしにお父さまが声をかける。ぞくぞくしてきた背中を無視してわたしはお父さまに返事をした。

「はい。ちょっと遅くなります」

「気をつけてくださいねー。あ、どなたと出かけるんですか?」

 うっ、どうしようかな。お父さまのことだから、彼氏です!って言っても気にしないような気もするけど、やっぱり言いにくいな。……そうだ。

「あ、梓さんとです」

「そうですか。あの人には大変お世話になりましたもんねえ。僕も一緒に行って昨年のお礼を伝えたほうがいいですか」

「いいえ、お父さまの気持ちはわたしがちゃんと伝えておきます」

 お礼参りもいずれわたしが。

 そうですか、とお父さまはうなずいた。と、首をかしげる。

「あと梅乃さん……気になるのですが……」

 ぎく、顔色悪いとか赤いとかかな。外出禁止令だされたら困る。

「スカート短くありませんか」

「いいえ、平均値です」

 短文英会話みたいな会話をしてわたしは家をでた。うう、背中が寒い。




 待ち合わせた都内の駅前では、もう理事長が待っていた。午前十時半の街は人で一杯だ。

 年末、梓からのアドバイス祭り以来、ちょっとマシになってきた理事長の服装に安心する。

「理事長!」

「お、おお」

 爽やかさのかけらもなく、いきなり理事長はうろたえた。なんで、なんで意外なものでも見たような顔をするんだ。

「あけましておめでとうございます」

「おめでとう」

 ぴょこんと頭を下げたわたしに釣られて理事長も軽く頭を下げる。顔を上げた瞬間、ちょっとめまいがした。うわ、もしかして電車に乗っている間に、さらに熱あがったかな。なんか熱で潤みそうな目を見つけられないようにそらして、わたしは理事長に言った。

「さて、どうしましょう」

「そうだなあ」

 結局決行されなかった前回とは違って、今回は何しようとか決めていなかった。映画とかならいいな……そうしたら、動かなくてすむもん。

 気合と根性で目を見開いているけれど、本格的に具合悪くなってきたことは、ちょっと認めざるを得ない感じだ。節々が痛いので、立っているのがきつくなってきた。


「そうだなあ。そういえば、久賀院お前、運動も好きだとか言っていたよなあ。でも、校内じゃ女子の運動部はなかなか成立しないもんな。せっかくだから、体動かしにでも行くか。ボーリングとかどうだ」

 空気読めよ!

 とか思った。

 いつもよりわたしの口数が少ないとかさ、冴えない顔色とかさ、いろいろ気が付かないのか、あっそういえば麗香先生からもらったチークなんて使ってしまった!

 そうかー、本当は座っていたいんだけど。でも理事長なりに一生懸命考えてくれたんだろうなあ。今思いつきましたって顔しているけど、この駅ってすぐ近くにボーリング場ある駅だ。さっきからあの建物が気になってならないみたいだし。いろいろ考えてくれたんなら、反対するのもいじわるだよね。それに反対して嫌われても嫌だし……。

「いいんですか、わたし、運動全般得意ですよ」

 自信満々に笑ってみる。頑張れ、頑張れ自分。大丈夫、ボーリングなら、手を抜けば楽できるし。半分は座っていられるし。


「そうか、俺もわりとボーリングは好きだ」

 ああ、よかったなあ、理事長が楽しそうなら嬉しいなあ。頑張ろう。

 なんて思ったわたしだけど、ボーリング場では、ちょっと都合の悪い出来事が待っていた。

『新春ボーリング大会開催中、賞金十万円』なんて出ていたのだ。理事長も興味津々にその看板を見ている。

「久賀院、お前本当に得意なのか?」

「はあ」

「せっかくだからエントリーしてみるか」

 えー、今日はほのぼのとやりたいんですが!普段だったら十万円のために血眼になれますが、今日はいろいろと無理です。ああ……理事長、嬉々としてエントリー用紙書いてるよ……。なんか十万円がどうとかじゃなくて、こういう本気のゲームがわりと楽しいのかも。いやわたしも通常モードなら、理事長以上にフルパワーですが、今はできればスリープモードに入りたい。

「よし、せっかくなら、本気で遊んだ方が楽しいからな」

「はい!」

 ああ、いい返事している場合では。

 てなわけで、二回ほど練習した後、記録に残すことになってしまったのだ。つらい、三ゲームはつらい……。

 理事長は言うだけあって確かに上手だった。そうなるとわたしも本気を出さないわけにはいかなくて、関節痛だというのにフル稼働だ。わたしがロボなら火が出ている。

 すげえ……理事長あのターキーとってる……。

 頭ががんがんしてきたけれど、得意げに戻ってくる理事長にわたしは拍手をした。普段だったらわたしだって負けないけど、今日はちょっときびし……。


「久賀院も頑張れ」

「大丈夫です、まかせてください」

 とはいえ、あまり指先が動いていないな。それなのになんか震えてますよー。あーあ、解熱薬だけでも飲んでくればよかったかな。

 なんて思って投げたら、思い切りガーターにはまってしまった。うーん、調子悪いなあやっぱり。

 よぼよぼと戻ってくるわたしに理事長がさすがにけげんそうな顔を向けてきた。

「久賀院、なんか調子が悪いのか?」

 悪いとも、推定38度には達しているくらいには!

 でもそう言ったら、絶対帰れっていうもん。うう、こんな機会なんてなかなかないんだから、絶対嫌だ!元気なふりを貫き通すしかない。

 神様仏様高瀬様、演技力を今こそ我に与えたまえ~。

 何とかゲームを終らせて、エントリーシートを置いて。そのころには、もうなんかいろんな意味で限界だった。

 なんでわたしはこんなに本気になってボーリングを……。


「さて、大分昼も過ぎたけど、腹減ったか、久賀院?」

「あ、あんまり」

 口の中もなんか熱を持っていて、あまり食欲がないです。

「どうした、お前らしくないな」

「お正月に食べ過ぎたから」

「なんだ、もしかしてダイエットとか言っているのか」

 ボーリング場を出たところで理事長が不満そうに言った。

「若いんだから、そんなこと気にするな。そのままで十分じゃないか。大体みんな痩せすぎだと思うぞ?久賀院なんてもうちょっと太ってもいいくらいだ」

 それは、今でなく、普段言われたかった……。

 直訳だったら、「そのままの君が可愛いよ」だよね!ひゃっほーテンションあがる!って感じだけど、だめだ、今は全然だめ。生きていることでやっとです。

「この辺に俺の良く行くとんかつ屋があるけど、行くか」

「と ん か つ」

 またヘビーなチョイスでございますな。もしかしてそれは仕返しだったりするのですか。普段だったら、とんかつごときにびびる私じゃありませんが。

「久賀院カツ丼とか好きだろう?売店の特盛り食えるくらいだもんな、俺も食いっぷりのいい相手と飯を食うのは好きだ。ちょっと量の多い店だが久賀院なら大丈夫だ。少し遅い昼御飯だし」

 ニコニコしている理事長に、いえ今日はおかゆの気分です、とは言えない。大丈夫、かな。量が少なそうなものであっさりした感じの選べば、食べきれるかなあ。

「好きです~」

 そうか、じゃあ行こう、って理事長はうなずいた。その顔が一瞬真顔になって、ためらいの後、手が差し出されようとした。

 わあ、手をつないでくれるんだ!

 それに飛びつこうとしたけど、自分の尋常じゃない体温を示す手に気がつく。これ、触ったらなんか理事長にばれそうだな……。どうしよう、手は繋いでもらいたいけど、熱があるのがばれるのも嫌だ。

 ああもう、残念だな。

 わたしは理事長に腕に自分の腕を一瞬からませる。で、すぐに離れて笑った。


「誰かに見られても知らないですよー」

「あ……ああ、うん……まあそうなんだが……」

 行き場をなくしてしまった自分の手をちょっと見てから、理事長はその店のほうに歩き始めた。

 あー、ちょっと坂道なんだ。今のわたしにはとってもきついなあ……。なんか息も苦しくて、吐き出す息が熱いことに気が付く。今、体温何度なんだろう。

 ちゃんと可愛く笑えているかな。つまらなそうになんて見えていないかな。理事長も楽しいって思っているかな。

 一杯不安ばっかりだ。楽しいけど、とてもきつい。

 またその定食屋が、ハンパない量の多さだったことも驚愕だった。御主人いい仕事してるぅ!

 ……なんなんだ今日って一体。

 一生懸命メニューを見て軽そうなものを、と思っているのに、勝手に理事長がとんかつ定食頼みやがった。

 熱のせいで、驚いたことに味のしないとんかつ定食を食べる。食べたからには残したら悪いから、全部食べないといけないよね。

 理事長がいろいろ話をしているけど、よくわからない。やっぱりうちで寝ていればよかったかな。でも理事長にどたキャンしたら許さないって言ったのわたしだし。

 とりあえずにこにこしていればと思ったけど。

 それもおぼつかないくらい具合が悪くなってきたわたしに、理事長が店をでたところで声をかけた。いけない、理事長が奢ってくれたんだから、お礼を言わないと。


「久賀院らしくないな」

 立ち止まってくれたことが嬉しいなんて思う今のわたしの体調はどうなっているんだ。

「疲れたのか?さっきからあまり話さないが」

「だいじょうぶです」

 トンカツじゃなくても石でも食べたのかと思うくらい胃が重い。

「……もし、気を使っているのなら、申し訳ないと思う」

 理事長の言葉にわたしは顔をあげる。理事長はちゃんと微笑んでいたけどそれは寂しそうだ。

「あまり、どこかおもしろいところも思いつかなくて、すまん」

「べつにわたし、つまらないなんてことは」

 ぐらんと景色が揺れた。あれ?

 めまいかなって、道端の電柱に掴まろうとしたけれど、うまくつかまることも出来ないまま、膝が笑った。

「久賀院?!」

 理事長のすっごい驚いた声がして。

 暗転。


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