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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act10 十二月、生徒会長のちょっとかっこいいところ
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10-10

 気まずい。

 とりあえずどうしたらいいのかわからないわたしだけど、絶対理事長もそうだと思う!けどこんなことで気があっても嬉しくないやい……。

 沈黙だけがしばらく流れていた。

「……先月のあの遊園地の日」

 わたしはそんなふうに切り出すことにした。なんだかわけがわからないままにこんな状況だけど、高瀬先輩の好意で(だと思う)作り出せたこのタイミングを逃すわけにはいかない。

「あの日、理事長は、王理グループの名誉会長を追っていたんですか」

「……なんで」

 ぎょっとした理事長の顔は、それを肯定していた。

「……あたってるんだ……」

 高瀬先輩の役に立たない妄言じゃなかったんだなあ。

 理事長はしぶしぶ口を開いた。


「保健室でお前に会ったときは、すぐに見つかると思っていた。のに……あのジジイ、一体何人愛人囲ってんだ、いい歳して!王理の直系の男の手の早さは一体どんな染色体の仕業だ!」

 なんかその一言で、あの日の理事長の苦労の一端が見えたよ?

「やっと見つけて話をつけて。なんだか妙に気に入られてしまったから酒盛りまでつきあって。で帰ってくればお前はまだ寮に戻ってないし!あの日の俺の気持ちがわかるか!」

 そ、そっか。心配かけたのはわたしの方なんだ……っておい、逆ギレされたんじゃんこれ!


「知るかそんなもん!」

 わたしも怒鳴りつけた。

「わたしだって、遊園地行ったら来たのは梓ですごいびっくりしたよ!ウニ食べたらプリン醤油味だったくらい驚いた!」

「それは確かに驚く」

「大体なんの説明もないなんてひどいよ!」

「……言い訳は男らしくない」

 そう言って理事長はわたしに背を向けた。


 あ、キレる。

 自分の行動をちゃんとわたしはわかったよ。止められないだけ。


 あまりにもムカついた次のわたしの行動は、理事長の背中に蹴りをいれるという暴挙だった。普通、好きな相手の背中に蹴りは入れない。しかもハイキックだ。

 わかっちゃいるが!

「久賀院―!」

 つんのめりかけて振り返った理事長にわたしは怒鳴りつけた。

「何にも説明しないで逃げ続けるのは男らしいことなのかよう!」

「言い訳がましいよりましだ!」

「っていうか、言い訳ぐらいしてよ。わたしは言い訳することさえどうでもいい人間なの?」

 ぜいぜい息を切らしているわたしに、背中を押さえてむせる理事長。

 荒れた雰囲気のなか理事長は言った。

「鷹雄に頼んだとき、説明はした!それにあの日は鷹雄の携帯電話にも何度も電話した!」

「……え?」

 梓は理事長が遊園地に来ない理由なんて知らないって……。

「でも鷹雄はお前に話さなかったんだろう?俺はそれは鷹雄の本気だととった。あいつが久賀院を本気で好きなら、譲るしかない」

「わたしは物じゃない!」

 怒鳴って気がついた。

 譲るって。


「それって……譲りたくない気持ちもあるってとっていいの?」

「あ」

 しまったって顔をして理事長は目をそらした。

「でもダメだ。俺じゃお前を幸せには出来ない」

「なんで」

「お前俺の話をちゃんと聞いたことあるのか!歳が十二歳も上で、特に高給取りでも無く、顔がいいわけでもないんだぞ俺は」

「うるさい!」

 わたしは言い捨てる。また高給取りっていった!

「歳だの給料だの顔だので、人を好きになったりしない。理事長はそんなことで人を好きになるの?どうしてこの程度のことがわかってもらえないんだかわかんないよ」

 まくし立てたわたしに、理事長は返す言葉もなく口を開けたり閉めたりしている。

「ちなみに顔はいいと思う。わたし的には男前」

「……なんでそんなに俺がいいんだ……」

「わたしも不思議」

「……今はそれでいいかもしれない。でも」

 理事長の重い口がようやく開いた。


「でも、二年後に五年後、十年後のお前がどうかはわからないよ」

 ああ、って思った。これこそが理事長の本音で、けして言いたくなかった真実なんだ。


「久賀院は多くの人間に好かれると思う。この学校だけじゃなくて外にでて新しい世界が広がれば広がるほど。そしていずれお前が誰か別の人を好きになっても、その時俺にそれを止める権利は無いんだ。でも」

 理事長の顔にはっきりとした自嘲が走る。己の弱さを恥じる理事長らしい自嘲。

「一人でいることはできても、一人にされることは耐え難い」

 十年分……八重子さんが亡くなって十年分の孤独の告白だった。歪んだのは梓だけじゃなかったんだ。やっぱり理事長にも痛みは残っていたんだ。

「きっとお前は二十八歳にもなって、そんな弱さを抱える大人は馬鹿馬鹿しいと思うだろう。俺も高校の頃は大人の弱さを憎んだよ。でもいくつになっても人は結局弱さを抱えたままなんだ。完全に強くはなれない」

 わたしは、その問いに答えられない。

 わたしはこの先他の誰も好きにならず、理事長だけを好きでいられるんだろうか。

 これから会う多くの人々の誰とも恋に落ちないで住むのだろうか。


「俺よりもっと立派な人は確かにいる。気持ちが変わっても仕方ない。変わらないとはいえないだろう?」

「……そんなのわかんない」

「だろう」

「わかんないのは理事長だって同じだよ」

 わたしは理事長をにらむ。ところで誰か見ているなら客観的に聞きたいのだけど、この状況は恋の告白って言っていいのか。こんな殺伐とした告白シーン見たことない。

「理事長だって明日や一ヵ月後や一年後、誰かと出会わないとも限らない。そんなの付き合っていてもいなくても同じだよ」

 そんな未来の話、したら誰とも付き合えない。わたしいつか死ぬので誰ともお付き合いできません、と同じだ。

「理事長」

 黙りこんだ理事長はうつむいてしまった。

「わたしはこんな風に議論なんてしたくない。一つわたしの言葉を聞いて欲しいだけなんだ」

 どうか。

「理事長は、『俺は、久賀院を生徒以上には見ない』って言ったよね」

「……見ない」

「わたしは」

 わたしは理事長を見る。言葉を切って理事長の視線がわたしに戻ってくるのを待った。私、頑張るよ、高瀬先輩。

 会話が切れたことを不思議に思った理事長がようやくわたしを見た。


「わたしは理事長が好きです。理事長に生徒以上に見てもらいたいです」

 理事長はわたしをじっと見ていた。何かが揺らいでいる。

「俺は、久賀院を生徒以上には『見られない』。本当はそう言うべきなんだ、大人として」

 理事長はぽつりと言った。

「『見ない』というのは俺の希望で意思で拘束だ。そうしないと、どうしても女子生徒でなくて、久賀院梅乃としてみてしまうから」

 それは。

「理事長、それは」

 一瞬の躊躇ののち、理事長は怒鳴った。

「お前は生徒じゃなくて人として特別だ!」

 微妙にやけくそっぽい!でも!

「それはやっぱりわたしを好きって意味でいいんですか!」

「わー、声が大きい!」

「こんな時間に校内にいるのなんてわたしくらいです!それより理事長、わたしを好き?ねえ好き?!っていうか好きなんでしょ!」

「そうじゃなきゃ、あんなジジイのために丸一日つぶすわけないだろうが、バカ!」

 バカだと!

「だったらはっきり言ってくれればいいのに!」

「言えないからこんなことになっているんだろうが!」

「でも好きなんだよね、理事長、わたしのこと、好きなんだね?マジで!うれしーうれしー!」

「うるさい!」

 理事長は今度こそ背中を向けて生徒会室を出て行こうとした。あ、置いてきぼりなんて酷い!

「理事長待ってよ!」

 わたしは慌てて机から鍵と鞄を取って、電気を消した。ドアを閉めている間、理事長は待っていてくれた。でもなんか、背中を向けている。その耳がいつかみたいに真っ赤な事に気がついた。


「理事長、理事長」

「ああもううるさいな。寮まで一緒に行ってやるから早く帰れ」

「ねえわたしのこと好き?」

「頼むからもう聞くな……」

「じゃあ付き合ってる?」

「そうだな、よくわからんがそういうことでもういいとしよう」

「なんでそんなにそっけないの!」

 夜の廊下をわたしは騒ぎながら歩いた。理事長の腕にぎゅっと自分の腕をからめたら、ものすごい勢いで振り払われた。

「ダメだ久賀院。校内でそういうことしちゃいかん!」

「寮ならいいの?」

「寮もダメだ」

「じゃあ、デートしてくれるんだね!わーい、どこに行く?もうすぐ冬休みだからどっか行こうね。クリスマスはスルーになっちゃったもんね」

「……あ、そうか……」

 下駄箱を出て普通の曇った空を見上げて理事長は呟いた。

「そうか、今日はイブか」

 普通付き合ったらクリスマスは祝うんだよな、とか理事長は言う。

「なにかクリスマスっぽいことでもしたほうがいいのか。ツリーの飾りつけとか一緒にケーキを焼くとか」

 そりゃ親子のクリスマスイベントじゃないかなあ……。


「もう今日だもん。無理しなくてもいいよ。それとも理事長、なにか欲しいものとかある?」

 あ!すごい高いものとか言われたらどうしよう。

「ははは、子どもにねだるような欲しいものはないよ。久賀院こそなんかあるのか」

 ……うーん、あるといえばあるけど、無いといえばない。

 でも。

「ある……」

「なんだ」

 わたしは夜道で立ち止まった。学校と寮の中間くらい。しんと静かな道は誰の気配もない。

「やっぱりちゃんと好きって言って!」

 ついてこないわたしに気がついて立ち止まった理事長は、わたしの声に振り返る。

「……」

 あっ、理事長の顔に死相が!

 なにやら苦悶の形相といっていい表情を見せた理事長だけど、決意したのか、わたしの目の前に二歩でつめよった。

 ちょっとかがんでわたしの片耳に口をよせる。誰にも聞こえないように警戒しているみたいに、小さな声で言おうとした。けど。

「……いや無理、やっぱり無理!」

 それだけ言うと、ぱっと身を翻してどんどん歩いていってしまう。呆れる暇もなくわたしは追いかけた。

「待って、待ってよう!」

「恥ずかしくてどうにもならん」

「言って!」

「無理!」

「努力って生徒には言ってるじゃん」

「大人は無駄な努力はしなくていいんだ」

「大人ってずるい!」

 理事長の服の袖を掴んだら、ちょっと背中がぎくりとこわばった。でも振り払われない。

 だから理事長の半歩後ろでわたしはへへって笑って言ってみた。

「好きだよー」

 聞こえないふりされたけど、まあいいや。


 雪も月もサンタもないけど、イブの夜にわたしは理事長と夜道を歩いた。







 キスぐらいしてもらえばよかった!って気がついてわたしが一人地団駄踏んで悔しがるのは冬休みの初日だった。

 しまった……!


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