10-8
生徒会室につくと、ちょうど帰ろうとする何人かの先輩達がいた。
「あれ、久賀院さん」
一成君につきあって生徒会室に出入りしているわたしはいつの間にか覚えられていたらしく、現副会長に話しかけられた。
「生徒会長?」
「あ、はい」
「まあ……えっと……久賀院さんの可能な範囲でなぐさめてやって」
ははは、と苦笑を残して先輩達は去っていった。生徒会室をのぞくと。
……わあ立派な腐乱死体が!といいたくなるくらい、ふてくされている高瀬先輩がいた。生徒会長の机につっぷして、わたしが入ってきた事は気がついているはずなのに顔もあげない。
「お疲れ様ですー」
「お疲れだよー」
そう言ってようやくのろのろと顔を上げた。
「ど、どうしたんですか」
「俺もう今弱りきっている。ウメちゃんでいいから優しくして……」
「嫌です。大体『でいいから』って贅沢な。何様ですか」
「ひどいよ。ウメちゃんにだったら抱かれてもいいのに」
「えっ、なんかめんどくさい相手でやだ」
こりゃ想像以上なへこみようだ……。
「はっきり言います。先輩、麗香先生にふられましたね」
「言葉のナイフをふりまわすなよう!」
とりあえず誰もいない生徒会室の椅子を一つ借りてわたしは高瀬先輩の前に座った。
「で、何があったんでしょうか」
どんよりした表情で高瀬先輩はしぶしぶ語り始めた。
「なんかさー、梓先生がさ、どうも麗香先生と理事長をくっつけようとしているみたいなんだよね。多分ウメちゃんがらみだと思うんだけど」
すごい、気がついていたんだ。
「やばいなって思ってはっきりさせようとしたんだよね。あれは……」
「先週、麗香先生が退院した日」
「そう……なんで知ってるんだ?」
「まあ気になさらず」
高瀬先輩はあまり思い出したくないみたいだけど、ぼそぼそと話を続けた。
「本気で好きだっていったんだ。だから生徒としてじゃなく、冬休み中に校外で会ってくださいって」
「……そしたら?」
「どうしても、七つ年下を彼氏としてみることはできません、だって」
オリジナリティに欠ける断り文句ですね、五点。とか言いたくなるような言葉だ、つーか。
「どうして、どいつもこいつも年齢ばっかり言うんですかねえ!」
わたしは自分に重ね合わせて理不尽さを拳にこめて机を叩いた。
「七つが何ぼのもんですか!」
「……わかってくれる!?ありがとうウメちゃん!」
「わかりますよ、我が身ですよ。わたしだって、理事長に超ひどいこと言われましたよ。たかが年齢が十二歳下ってだけで」
「いや、でも確かに十二歳は確かに……ううん、なんでもない。とりあえず、どうして年齢で決めるんだよなあ、ほんと理不尽だ!」
「高瀬先輩は、やっぱりまだ麗香先生が好き?」
「好きだよ」
「一度聞いてみたかったんだけど、どこが好きなんですか?」
高瀬先輩は一瞬言葉に詰まって、それで照れた。
なんていうか、高瀬先輩にさっぱりそう言う意味での好意なんて無いわたしでも、その顔はちょっと素敵に見えた。やにさがる、って言ってもいんだけど、ほんとに高瀬先輩は麗香先生が好きなんだなってわかるような、嬉しそうな顔だった。
「最初はさ、あれもしかしてこの先生美人?くらいな気持ちだったんだけど、よくよく見ていたらすげえ優しいんだよね。美術って選択授業じゃん。だからあまり熱心な生徒もいないし、人によっては全然絵心ないやつとかいるわけだ。俺もさ、絵はウメちゃんの演技力並にド三流なんだけど、でもいいとこ見つけて麗香先生は褒めてくれるんだよね。多分本気で美大狙うような奴には違うんだろうけど、どの生徒のどの絵も必ず褒めてるんだ。この間、退院日だっていうのにどうして美術室に顔出したか知っている?美大受ける奴のデッサンの指導をする約束だったからって、わざわざ来たんだよ」
…ド三流って……今余計な一言があったけど、いい話なのであえてスルーしてやる。
「多分、麗香先生が教えた生徒は、絵を描くことが好きになると思うよ。それってすげえことだと思わない?俺は誰かに何かを好きにさせることなんで出来ないよ」
そして自分の発言に本格的に照れたのか、高瀬先輩は早口で続ける。
「俺もさ、実際愛だの恋だのなんてさっぱりわからないけど、でも人の美点はわかるのに、自分の美点はよくわからないでいる麗香先生を守らなきゃとか思ったわけですよ。なので俺も早く大人にならんといかんわけです。以上生徒会長臨時演説でした」
へらへらと高瀬先輩は照れる。それを見ていたら、わたしもどんどん切なくなってきた。
「いつかわたし達だって、大人になるのに」
固く作っていた拳をわたしは力なく下ろした。
「でも、それまで待ってもらえないんだ……」
「ウメちゃん?」
「わたしもちょっと疲れた。なんか一成君が言ってたんだけど、追いかけ続けるのって大変なんだね。高瀬先輩は、二年近くもよく頑張れたね」
先輩すごい、と言ってわたしは口を閉じた。
「……王理はそんなことを言ったのか……あいつも苦労人だな」
なぜか高瀬先輩はそこに苦笑する。
「まあ、いいんじゃないかな。ウメちゃんを好きな男はいくらでもいるよ。鳥海だって梓先生だって大事にしてくれるじゃん」
「そうかも……どうせ理事長、わたしのことなんてどうとも思ってないんだし」
「えー、そりゃ無いと思うけどね」
「そんなこと無いよ」
わたしは高瀬先輩を見る。詳しいことは梓しか知らないけど、高瀬先輩には話したくなった。
「だって、秘密の話だけど、ほんとは先月理事長と遊園地行くはずだったんです」
「ひょー、がんばったなーあのおっさん」
「でも当日土壇場で来なかったんです。代わりに梓が来てさ。翌日どうしてこなかったのか聞いたけど、答えてもくれなくて。でもわたし、あの日理事長が綺麗な女の人と会っているの見てしまったんです」
「えー、ありえねー!」
「わたしも幻覚かと思ったけど梓も一緒に見ているから多分本物。一成君はその人は王理関係の女の人だって言ったけど、理事長は王理と関連することはむしろ面倒がっていたから、そんなはずないもん」
「ん?」
興味津々で聞いていた高瀬先輩が何かひっかかったみたいに声をあげた。
「ウメちゃんそれっていつの話?」
「先月の第三週の土曜日……」
「あーれー?」
先輩は、立ち上がって壁にかかったカレンダーを見た。十二月の上に小さな字で書かれている十一月を見ている。
「……確か女子寮の工事が始まったのは第四週の月曜……」
そして振り返った高瀬先輩はにいっと面白いものでも見たかのように笑った。
「なあ、王理は正確にはその女の人をなんて言ったんだ。ちょっと生徒会長様に教えてよ」
えー、名誉会長の愛人なんていいにくいなあ……。
「あのさ、王理が言っていた、女好きの名誉会長がらみの人間じゃね?」
「え、なんでわかるんです?」
「王理が言ってたじゃん。その名誉会長が帰国して食事会があるからめんどくさいって。それが確か、十一月の最終土日のへんだったはず。でもイタリアの愛人がどうとかで、急にまた日本を離れたから食事会がぽしゃったって言ったのは、第四週の月曜日、ちょうど女子寮の建設に本腰はいった日だよな」
「それとこれと何が……」
「ありありじゃん!ウメちゃんは知らないだろうけど、女子寮の建設はもめてたんだよ。地鎮祭やって基礎までやって止まってたの!急にあんなペースで再開なんておかしいと思っていたんだ。でもその名誉会長の一言は王理グループを動かすんだろ?名誉会長がいた最後の土日に何かがあったんだよ」
あー、そっかそっか、納得、と高瀬先輩は一人うなずいている。わからないのはわたしだけだ。
「それと理事長のなにが……」
「あーもー、なんで分からないんだ。あんた期末で総合一位だったじゃねーか、優等生。いいか、王理の言葉を思い出せ。『名誉会長が戻ってきたら一族総出で迎える』。王理はもちろんだけど、理事長だって『王理』のはしくれだ。あのおっさんのことだろうから、面倒がっていただろうけどでも今回の食事会は絶対行くつもりだったんだ」
「なんで」
「ウメちゃんのために決まっているだろ。あのおっさんなら、好きな子の近くに自分がいるより、その子が不自由なく暮らす方を願うに決まってるじゃないか。食事会のときに理事長は名誉会長に停止している女子寮建設をせかすつもりだったんだ。だけど、急な出国で食事会そのものが流れた。なんらかの形でそのことを知った理事長は」
さすがにそこまで説明してもらえば、わたしにも最後の一言はわかった。
「国内にいる名誉会長を追いかけたんだ……!」
「おそらくね。その美人さんにあったのも、名誉会長の足取りを追ってたんだろ。海外に愛人いるくらいなら国内にだって多くいるだろうし、王理グループ名誉会長とあれば財界人だって会いたがる人は多いから、足取りつかめなくて大変だったんだろう」
「そういえば金曜日に慌てて保健室出ていく理事長を見た……」
「丸一日以上、追ってたんだろうな」
日曜日……そういえば理事長室で、理事長が見ていたのは、なにか図面みたいだった。蓮も土曜日に理事長が帰ってきたのは深夜だって言っていた……。
謎は全て解けた、真実はいつもひとつ!みたいな顔で、高瀬先輩は椅子に座る。
「あー、俺も気になっていたことが解決してすっきりだ!」
「すっきりしないー」
わたしは口を尖らせる。
「じゃあ、どうして理事長はそう説明してくれなかったのかな」
「それはわからないけど……まああのおっさんも面倒な性格していそうだしな……」
ところでさっきからばっちりおっさん呼ばわりだが……。
「よかったじゃんウメちゃん。理事長に大事にされてんだと俺は思うよ」
「……大事な生徒なんだとは、思う……」
「そうかねえ……それだけじゃない気はするけどなあ」
高瀬先輩は自分の言葉にうなずいた。
「俺は、絶対理事長はウメちゃんを好きだと思うよ。俺が保証しちゃう!」
高瀬先輩の保証は不安だ……。




