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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act10 十二月、生徒会長のちょっとかっこいいところ
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10-7

「ウメちゃん、週末とかってどうするの?クリスマスに一番近い土曜だし!」

 蓮が聞いてきたのはクリスマスイブだった。

 どうもこうもないです。

 わたしは英語のテキストから顔を上げた。どうも今日は目の調子がいまいちでコンタクトがつらくなってきたなあ。

「クリスマスは平日の本日。英語能力試験が一月。盆暮れ正月ないから」

「ああ、それで期末終ったっていうのに勉強しているんだ」

 ウメちゃんはほんとに勉強好きなんだなあって言って、蓮はわたしの前に座った。好きなんじゃないが、サボると明確にたたりが起きるのじゃ、たたりの名は梓。

 期末試験が終った図書室は人もあまりいない。いいなみんな、悪霊がとりついてなくってさ。

「でもさ、週末遊びに行かない」

 にこにこしながら蓮は言う。


 実は。

 ここしばらく週末は結構蓮と、時には一成君も加わって三人で遊んでいたりするんだ。蓮と一緒のときは蓮が主導権もってくれていて、もしかしたらこれはデートというのではと思わなくも無い。

 クリスマスに一番近い週末、でも考え方によってはただの週末。だったら別に蓮とでかけてもいいんだけどさ。


「冬休みあわせの映画が結構新しいのやっているし」

「そだね、でも……」

 わたしは単語を書く手はとめて、でも煮え切らない返事を返した。

「でも止めとく」

「なんで?」

「やっぱりなんか特別な気がするから」

「……ふーん」

 蓮の機嫌がちょっと悪くなるのが分かった。

「まだ理事長を好きなんだ」

「まだ、ってだってふられたの先月だよ!これであっさり諦められたらどんだけ小回り聞く軽自動車だよって感じじゃん」

「燃費はいいほうがいいじゃん」

「違う!」

 蓮はあっさり機嫌をなおして笑う。その笑顔を見て、わたしはあーあって思う。

 なんでわたし、蓮を好きにならないんだろう。顔もいいし、腕っ節も強いし、優しいし。時々途方もなくバカだけど、それも可愛いといえなくもない。なによりどうやらわたしを好きでいてくれてるようなのだ。

 それなのにわたしは、なんであんな融通きかない理事長をいまだにねちねち思い続けているんだか。


「ま、いいや、とにかく週末のこと考えておいてな」

 そう言って蓮も部活があるのか、手を振って図書室を出て行った。なんとなく集中力が途切れてしまったわたしは、うす曇の校庭を見た。イブなんだから雪でも降ればいいんだけどそこまで寒くも無い。

 そういえば、と思い出した。この間、一成君と倉庫に閉じ込められたときに見た、高瀬先輩と麗香先生。あれからすぐ期末試験になってばたばたしてしまい、二人に会うこともなかった。

 わたしは、荷物をまとめ始めた。もう勉強も今日はどうでもよくなってしまったので、とりあえず美術室によってから帰る事にした。

 なんだか目もごろごろするし。

 高瀬先輩と麗香先生、二人がいればいいのだけど。

 二階の渡り廊下を渡って、わたしは校舎間を移動した。一階の理事長室を通らなくてすんでほっとする。

 美術室について、顔をだすとそこには誰もいなかった。でも話し声がするのは美術準備室の方からみたいだ。麗香先生の声だけじゃなくて男の人の楽しそうな声がするので、わたしは高瀬先輩もいるのだと察した。

 ってことはいちおう普通にお話ししているから恋愛戦線異状なしってことでいいのかな!?

 まあ『現状維持』というダサい解釈もできるけど。

 わたしはようやくほっとする出来事にあえそうで嬉々として準備室の扉を開けた。


「……間違えました」

 開けた扉を速攻閉めて、光速で逃げようとしたのに、内側から扉が開いて出てきた手に襟首つかまれた。

「どうした久賀院さん。よっていけ」

「ってなんで梓先生がー!」

 むりやり中に引き込まれて、満足そうにわたしを捕まえている梓と、にこにこしている麗香先生と遭遇した。なんだこの組み合わせ、食あたりしそうだ。

「今薬師寺先生からお茶を頂いていたところだ」

「久賀院さんもどうぞ。テスト期間中来なかったら寂しかったのー」

 ああ、わたしもう帰りますからどうぞおかまいなく、とか言いたかったけど、梓が手を放してくれないまま椅子に座らされた。

「なんで梓先生が……」

「最近よく理事長と一緒に来てくださるの。理事長もさっきまでいらっしゃったんだけど電話が入って慌てて出て行かれてしまったわ」


 着々と外堀を埋めてやがる、梓……!ここで二人の親密度をあげて、クリスマスになにかイベントを発生させて麗香先生に理事長フラグを立てる気だ!素人じゃないな、その手管。


「せっかくのイブなのに、あいつも忙しいみたいで」

「理事長ですものね」

 そして麗香先生はちょっと前には入院していたとは思えない艶やかな笑みを浮かべた。

「ところで久賀院さんは、クリスマスってことで彼氏とどこかお出かけしたりしないの?」

「彼氏なんていません!」

「あら、そうなの?……よかったですね、梓先生」

 ……内堀の一部が埋まった……。

 っていうか、確実に梓は麗香先生を味方につけている……。強く言うと麗香先生は泣いちゃうから、きっとわたしに対して言うみたいに強引な言い方で「理事長とつきあえ(反論許さず)」とかは言ってなさそうだけど、わたしが自分にとって特別だってことぐらいは言ってそうだ。

 …………ところでそれをすんなり認めてしまう麗香先生は結構アナーキーだな……。

 いやいや、梓の言い方に違いない、ここにも悪魔の犠牲者が……。

「れ、麗香先生」

 わたしはとりあえず話がわたしに向くのを反らしにかかった。

「高瀬先輩は最近ここにはこないんですか」

 はっと麗香先生が息を飲む。

「そ、そうね、生徒会活動が忙しいんじゃないかしら」

 その言い方から、わたしは麗香先生と高瀬先輩にやっぱりなにかあったことを確信してしまう。ようし畳み掛けて聞きだすことにしよう。

「そうですか!でもめずらしいですね。高瀬せんぱ」

「ところで久賀院さん」

 麗香先生のフォローを出したのは梓だ。くうう麗香先生一人なら口を割らせることは簡単なのに、梓がいると猛烈にやりにくい!


「久賀院さんは、冬休みは実家に?」

「あ、はい……」

 そうですか、と梓は微笑む。やばいやばい、こりゃなんか企んでそうだ。麗香先生から高瀬先輩とのあの一件を聞きたかったけど、今日はこの辺で退散した方がよいかも知れぬ。わたしは曖昧な笑顔を浮かべて扉に近寄る。

「用を思い出したので、ちょっと今日はこれにて……」

「じゃあ僕も。どうも長居して申し訳ありませんでした、薬師寺先生」

 えー、もっとゆっくりしていればいいのに!という心の声は口にはだせず、わたしは梓と一緒に廊下を出ることになった。

「……実家に帰るのか」

 廊下にでたとたん、梓がわたしに尋ねてきた。タメ口でGO!

「寮は大晦日と三が日は閉まってしまうから」

「ああ、そういえばそうだったな。だったら僕のうちにくればいいのに」

「虎子はいらないので虎穴に入りたくありません」

 梓はわたしの答えにおかしそうに笑う。

「それに、たまには帰らないと、お父さまが心配するし」

「そうだなあ、あのお父さんとも、春以来会っていないなあ。僕もご機嫌伺いに行った方がいいだろうか」

「ダメ!梓、お父さまを丸め込む気でしょう!絶対丸め込れちゃうからお父さまとはあわせない!」

 外堀内堀がだめでも、本丸だけは死守するのじゃー!


「よくわかったな。うまいこと言えば婚姻届の証人欄に名前書いてくれそうだと思ったんだが」

「やっぱりー!」

「まあそれは冗談だが。だが久賀院硝也さんにしてみれば、僕は大事なお嬢さんを預かっていた責任ある社会人だからなあ、ちゃんとウメの去年の様子をご報告ということで、新年にはお伺いしようと思っているのだが」

 …………わたしの目の色が黒いうちは、久賀院家の敷居はまたがせない!と思っていたのに、そうやって一般社会人常識的な観点からくると拒絶しきれないではないか……。

「お母さんの具合はどうなんだ」

「あ、だいぶいいみたいです」

「そうか。お前、お母さんに心配かけまいとして、モニカに行っているふりを貫いてるんだろう、すごいな」

「……まあわたしはいいんですが、お父さまが余計なこと言わないかどうかのほうが気を使います」

「……そうだな……」

 梓と一緒にいると緊張するけど(次の出方が読めない)でも気を使うことがないんだなって思った。

 理事長はもちろんだけど、一成君と蓮にも母さんの病気のことは言ってない。お父さまがさっぱり頼りにならないことも言ってない。心配されるの嫌だし、一成君は自分のお母さんだって具合悪いんだからなおさら。

 それはもうわたしにとっては今更相談する悩みのたねということではないんだけど、でもうちの事情を知っていて、察してくれる人がいるのはありがたい。


「ほんと、ウメはいい子だよ」

 ……梓に褒められた。

「わかってもらっちゃ困るんだが、どうして十郎にはそれがわからないのか」

「……梓、なにもでないよ?」

「いいよ。僕が思ったことを言っただけだ」

 梓は理不尽に強引だけど、理不尽に優しい。

 薄暗い廊下を歩いて、階段を降りる。梓は一階の渡り廊下を使って化学準備室に戻るみたいだった。

「なんだか平日のクリスマスなんて地味なものだな」

「わたしだって、さっきまで勉強してたよ」

「その調子だ。うん?お前なんか目が赤いぞ」

「なんかコンタクト具合悪くてー」

「目薬させ、なんでそんなに点眼を面倒くさがるんだ」

「だって」

「まあいい。僕も血を吐くまで僕に尽くす奴隷は好きだが、それで体を壊されてもつまらん」

 血を吐いたらその時点で体は壊してんじゃ!と言おうかと思ったけど、梓の優しい目にちょっとためらった。と、梓はわたしの頭に手を置いて、めずらしくヘアスタイルを乱すみたいにくしゃくしゃと撫でる。


「今日は勉強もほどほどにして帰れ」

 そういって梓は立ち去っていった。

 なんかさ。

 今ちょっと、泣きそうだったかも、わたし。

 梓はほんとの意味でわたしを傷つけたことってないんだ。そもそもの三月、びしばしダイエットさせられて、勉強させられたけど、でも結果的にそれはわたしの人生の糧になった。

 突然好きなんていわれて押し倒されたけど、最終的にはわたしに無理強いすることはない。

 相手を都合よく振り回しているのはむしろわたしの方なんだ。

 なんだか肺にしこりでもあるような息苦しさの中、わたしは寮に帰ろうとして気がついた。向かいの校舎にある生徒会室に電気がついている。もしかしたら高瀬先輩がいるのかも。

 帰りかけたわたしは、また階段を上り始めた。


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