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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act10 十二月、生徒会長のちょっとかっこいいところ
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10-5

「ありえない」

 一成君は開かないドアの前で呆然として呟いた。

「なんで閉まって……」

「忘れられちゃったのかなあ……」

 暗闇の中、わたしと一成君は顔を見合わせた。とりあえず、電気は……。

「この倉庫、明かりのスイッチは外なんだよね……」

「えー!なにそれ」

「なんせ建物古いから……まあいいや、蓮に電話してなんとかしてもら……」

 言いかけた一成君はしまったとばかりに声をあげた。

「携帯電話、生徒会室に置きっぱなし……」

 ……閉じ込められた上、連絡とりようないって……。


 夕日さえすっかり落ちて、倉庫の中に光はほとんど無くなっていた。階段と窓の位置は微妙にずれている。高い位置にある窓に手を届かせるのは足場をつくってもちょっと難しそうだ……。

「まあ、そのうち蓮あたりが俺が戻ってこないことに気が付いて、探してくれると思うんだけど……」

「一成君、たしか蓮、今日部活の関係で遠出してなかった……?」

「あ!」

 とりあえず、どうにもならん……。

 困り果てた沈黙ののち、一成君は言った。

「まあ、じたばたしてもはじまらない。大体これっておかしくないか?」

「なにが?」

「……こんな偶然、あるわけないんだよ……あいつめ……」

 ぶつぶつ言いながらも一成君は棚を漁り始めた。棚にはなにやらようでもなさそうなものがいろいろ乗っている。畳まれていたそれを引っ張り出して一成君は床に置いた。

「何も引かないよりはましだと思う」

 それは古い毛布だった。そういえば、この倉庫には人が座ったりできそうなものはない。椅子はあるけど壊れているし…。ありがとうと言って、わたしはそこに座り込んだ。もう一人座れるようにつめてみたけど、一成君は首を横に振って向かいの何も無い床にぺたんと座る。


「いいんだ、気にしないで」

 暗がりの中でも一成君が微笑んだのが分かった。

「さすがに、凍死するまえにはなんとかなるだろ」

 ため息混じりに一成君は呟いた。そう言われてみれば、今日は相当寒い。毛布越しにも床の冷気は伝わってきた。

「ねえ、一成君、そんな冷たいところにじかに座っていたら風邪引くよ?」

「大丈夫」

「でも、こっちでいっしょに座っていようよ。そのほうがわたしもあったかいし」

「ってわけには行かないよ」

 一成君はあたりまえのように言う。

「なんで?」

「……だって蓮の手前があるから」

 意味がわからなくて、一瞬沈黙したわたしの反応を、理解ととったのか、一成君は続けた。

「蓮だったら、この状況は嬉しいだろうなあ。ウメちゃんと暗闇で二人っきりなんて、状況的は超おいしい。あいつ体大きい分だけ体温も高そうだから、一緒にいたらきっとウメちゃんもあったかいと思う。多分ここぞとばかりで横にきたね」

 あ、そういうことか……。

 一成君はわたしに告白した蓮に気を使って距離をとっているのか。いや、でもこれはそんなこと言っている場合でもないような……。


「あのさ、ちょうどいい機会だから聞いてもいい?」

「何、あらたまって」

 笑いかけたわたしとは逆に一成君は真顔だ。

「蓮はだめ?」

 なにがダメなのをしらばっくれて聞くわけにはいかなかった。それはちゃんと真面目な話だったから。

「なんか、あいつもいろいろ思っていることがあるから、梅乃ちゃんに強くは言えないみたいだけど、本当に梅乃ちゃんを好きだよ。すごく健気。文化祭の時の梅乃ちゃんの写真、大切にしているし、俺と部屋で話しても何かって言えば、梅乃ちゃんのことばかりだ。買ってくるエロ本の女の子も梅乃ちゃんに似ている」

「おい最後」

「まあとにかく梅乃ちゃんしか見えてない。それでもダメかな」

「だってわたし」

「梅乃ちゃんが理事長を好きでも、理事長は梅乃ちゃんにそういう気はないんだろ。なんか避けられているのは見ている俺だってわかるよ」

 畳み掛ける一成君の言葉にわたしは返す言葉もない。

「あのさー、追いかけるだけの恋愛ってつらくない?」

 蓮は、あえて理事長のことには触れない。

 梓は、それがどうしたと言う態度で。

 一成君だけが、理事長に対するわたしのしんどさに言及してくれた。


「理事長がどれだけいい男かなんて、俺にはわからないし、俺が判断することじゃない。でも蓮とつきあったほうが絶対楽だと思う」

 一成君は本当に蓮を親友だと思っているんだなあって思った。一歩間違えば、わたしが怒り出すような言葉の数々。でも一成君は自分がわたしに嫌われても、蓮の良さを主張している。

「……一成君はいい人だね」

「は?」

「わたし、一成君みたいな友達を持っている蓮も自慢だし、一成君と友達な自分も嬉しい」

 一成君が黙った。

 その沈黙の意味は、一成君が吐き出したため息でわかった。

「……つーか、どうしてそう反応が斜め上……だれも友情の話なんてしてないし!」

 どうやら呆れたらしい。

「え、いや、だって……」

「だから蓮とつきあえって俺は言ってるの!あんなおっさん止めとけよ!」

 理事長をおっさん呼ばわりしていいのはわたしだけだ!

「そんなことわかっているけど!でも好きなんだからしかたないじゃん!」

「もうそれ思い込み、いやむしろすりこみ」

「ちゃんとデータに基づいて論証できるもん!」

「嘘付け」

 そういった一成君の声が震えているのに気がついた。

 暖房なんて一つも無い十二月の倉庫で、床にじかに座っているんだから、そりゃ一成君だっていくらなんでも寒いはず。一応毛布の上にいるわたしだって足元からこわばってくるほどの寒さなんだもん。

 わたしは立ち上がって、毛布に手をかけた。


「梅乃ちゃん?」

 よいしょとばかりに毛布を引きずって一成君のほうに近寄った。

「どうして」

「だって一成君、寒いからこっち来ればっていってるのに来ないから。わたしが毛布と一緒に引越し」

 一成君の横に毛布を置いて、わたしはつめて座った。壁に寄りかかって、毛布の開いている部分を叩く。

「どうぞ?」

「……なんか、すげー心配」

「は?」

 遠慮がちに一成君は毛布の上に移動してきた。それでもわたしから十分な距離をとって膝を抱えて気まずそうだ。

「いろんな人間に無防備で」

「友達に優しくしなかったら酷い人だよ」

「お忘れの御様子ですが、俺は梅乃ちゃんを押し倒しかけたバカです」

 ……そうですよ、存じてます。

「それとも」

 奇妙なところで一成君は言葉を切る。


「実は俺を蓮より好きだったりする? それならそれで嬉しいよ」

 それは、違和感を感じる言葉だった。

 …………違う。違和感がないことが違和感なんだ!


 入学してからずっと、一成君の言葉に感じていたものは、その言葉の下にある薄いベールで包まれたような相反する何かだった。

 ものすごく好意的に接してくれる一成君の言葉、その下には嫉妬とか敵愾心とかがあった。

 逆に「やっとわかったんだ」って言ってわたしを嘲笑ったときの一成君の言葉には、その悪意に対する不毛さや徒労感があった。

 いつだって、一成君の言葉は素直にそのままじゃなかった。だからこそやっぱりそれは違和感で、わたしは王子様の一成君には疑問を感じたし、敵対した一成君を放置はできなかった。

 その言葉の多重性が、まったく今、感じられなかった。

 もしかしたら、わたしが初めて聞く一成君の素直な心情の露呈なのかも。

 ……残念なのは、意味がわからないということだけだ。

「えっと、それは……あの、わたしは二人とも同じくらい好きだよ?」

「……だよねー」

 予想していたみたいになめらかに返して一成君は笑った。

「多分そうだと思ったから。うん」

 一成君はわたしの手をつかんだ。

「梅乃ちゃん、手が冷たいね」

 えへへとわたしは曖昧に返事を返す。毛布の上にいてもどうしても四肢の末端は寒かった。我慢していたから一成君の手の温度に随分ほっとしてしまった。


「なんで一成君、そんなに手があったかいの?」

「男のほうが体温高いんじゃないかな。野郎のほうが冷え症にはならないみたいだよ」

 はいって催促されて、わたしは一成君にもう片方の手も差し出した。こうしてみればわたしよりも随分大きい一成君の手がこわばる指をほぐすみたいに包む。

「あったかいねー」

「どういたしまして」

 手を差し出したせいで随分距離は狭まったけど、一成君は別に逃げたりしなかった。つめられた分だけ空気も暖かい。

「……ありがとう」

「え?」

 御礼を言うのはわたしの方なのに、急にそんなこと言われて驚いた。

「信頼してくれてありがとう」

「信頼って……」

「俺、本当に梅乃ちゃんにひどいことしたと思ってる。男として最低な事をした。ごめん、本当にごめん。今信頼してもらっているのって奇跡だと思う」

「もういいよ」

 でも一成君はずっとそれを気にしていたんだなあって気がついた。

 もちろん、まったく気にしてないとは言い切れないけど、でもあの時の一成君と今の一成君は違うと思う。


「……梅乃ちゃん」

 迷っているように一成君は言った。

「これ言おうかすごく迷っていた。蓮への裏切りみたいなもんだから。でもやっぱり言っておくよ」

「そんな怖いことなら言わなくても……」

「……梅乃ちゃん、理事長と遊園地に行く予定の日があったんだよね。で、すっぽかされたって、蓮に聞いた。でもあの日、理事長が何していたか知っている?」

「……女の人に会っていたみたいだよ」

「……その人、多分、王理グループ名誉会長の日本での愛人」

「そんな……そんなボスの愛人に手をだして平気なのかな、理事長」

「いや、多分手は出してないから!そんな甲斐性ないから、あの男には!」

「理事長は甲斐性なしなんかじゃない!」

「妄想フォローはいいから。でも梅乃ちゃん、あの堅物がなんで愛人なんかに会わなきゃいけなかったのか、ちゃんと考えてみな。その後の出来事も。俺が気がつくらいなんだから、梅乃ちゃんならすぐ分かるだろう」

 すぐって……。

 わたしが首をかしげたとたん、突然一成君が手を離して立ち上がった。

「高瀬先輩かな、あれ」

 窓の外に見えるのは、校舎にともる美術室の明かりだった。


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