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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act10 十二月、生徒会長のちょっとかっこいいところ
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10-4

「どーも」

「なんのようだ?邪魔だ、帰れ」

 オブラートでくるめとは言わないけど、ウニの殻で言葉を包むのは止めてくれ、梓。

「あ、ちょっと久賀院さん探してたんです。でもコーヒーいい香りですね」

「わかった。お前にもインスタントコーヒーくらいはいれてやる」

「うわ、差別」

 でもひるむことなく熊井先輩はにこやかだ。間に挟まれているわたしが一番大打撃。

「熊井先輩、コーヒーいれてもらえるだけいいですよ。わたしなんて何度接待も無く追い出されたか」

「なにか接待してほしいことがあるなら言ってみろ」

「……ななないです」

 熊井先輩はわたしと梓の会話を微笑ましいものでも見るかのように眺め、勧められてもいないのに適当にあった椅子に座る。

「梓先生は久賀院さんに甘々ですね」

「それがどうかしたか?」

「いいえ……なんか素直すぎて驚きました」

「こんな可愛い女子生徒、ヒイキしない人間がいたら見てみたい」

「社交辞令のふりして本音ですか」

「生徒のくせに教師のプライバシーに興味を持つとは百年早い」

「好奇心旺盛なお年頃なんです」


「ウメ、コーヒーにミルクがほしいのか?」

 二人の会話にまぎれて逃げようとしていたわたしは、甲斐なくあっさり見つかった。


 いやだよう、この二人の間にいるのは嫌だよう。なんで、普通にコーヒーを味わいたいだけなのに、こんなサイコサスペンス見ていなければならんのか。

 一瞬見ただけなら何の変哲もない放課後お茶をする教師一人と生徒二人だけど、和やかさの星はとても遠い。

「で、なんのようだ」

「あ、久賀院さんにお願いしたいことがあったんだ」

 ぜったい梓に挑んでみたかったからここに来たのでしょう先輩、と聞きたいような白々しい顔で熊井先輩は言った。

「あのね、文化祭の時に使った衣装が倉庫で雑然としていてね、高瀬が来年困ると思うんだ。よかったら、これから分類して台帳作るから、生徒会の連中に手をかしてくれないかな」

「あ、いいで……」

「だめだ」

 梓が口をはさんだ。

「えー、それ横暴ですよ」

「横暴でもなんでもダメ、そもそも女子生徒にそんな重労働させるな」

「そのへんは、僕が責任持ちますよ」

「あ、おい!」

 びっくりするほど強引に、熊井先輩は言い切ると、立ち上がった。あ、わたしまだコーヒー半分くらいは残って……。

「じゃ、ちょっと久賀院さんを借ります」

 熊井先輩は、それでも苦虫噛み潰している顔の梓をおいて、わたしを引きずるようにして化学準備室を出た。

「ちょ、熊井先輩」

 いやー、梓先生にケンカ打っちゃったよ、と熊井先輩は笑った。


「このぞくぞくする感じは、一応久賀院さんさらえて勝利のせいなのかな、それとも後日あるであろう梓先生の逆襲がたまらない僕の隠された性癖かな。自分を知るのも人生の楽しみの一つだよね」

 どうでもいいが、これだけは心の中で言わせて貰う。わたしをまきこむな!

 階段を降りて渡り廊下を進むと、体育館の脇に小さな建物があった。そうか、ここ倉庫だったんだ。

「おーい、助っ人連れてきたぞ」

 がらっと扉を開ける。建物は傾斜している土地にあわせて変な形をしていた。入り口は建物の二階部分にあたるのだ。吹き抜けから見える実際の一階には一人ほうきをもった生徒がいて、熊井先輩の声に顔を上げた。

「助っ人って…梅乃ちゃんじゃないですか!」

 文句を言ったその人物は一成君だった。

「じゃねー、久賀院さん。あとよろしくー。僕はもう一箇所のほうを高瀬と一緒に手伝っているから」

 とん、とわたしの背を押してドアを閉めると、さっさと熊井先輩は立ちさってしまった。あの人受験生なのにいいのか、そんなことやっていて。

 わたしは階段を降りた。


「ここ一人でやっていたの?」

「まあ熊井先輩は、外道だから」

 生徒会メンバーなんてたくさんいるのに、どうして一人なんだろう。

「一成君、まさか生徒会の人達にいじめられているんじゃないよね」

「俺がいじめられて黙っていると思う人」

「いません」

「大丈夫だよ。熊井先輩だけがちょっと強引なだけだから」

 一成君はわたしにほうきを渡す。

「それに大した仕事の量じゃないんだよ、こっちは。文化祭の衣装が今、ここに少しあるから、向こうの倉庫を片付けてこっちのもまとめて保管できるようにするだけなんだ。ここから運び出す分はそれだけだし、あとで誰かが台車で取りに来てくれるはず。あとはほこりが凄いから掃いているだけ。熊井先輩が助太刀しに行った倉庫の方が、台帳とあわせているから大変だと思うんだ」

 そういって一成君が指差した場所には、桐の衣装箱が三つ置いてあった。

「それもなかなか綺麗だったよ」

 一成君は箱のほこりを払った。


「来年は、梅乃ちゃんの姫を見れるといいんだけど」

「そう?」

「俺、熊井先輩からも頼まれているんだよね。来年梅乃ちゃんが姫になったら絶対教えてって」

「なんで」

「写真とってもう一山当てるってさ」

「もう一山?」

「あれ、知らないの?」

 一成君は苦笑いする。

「練習とか本番中に、熊井先輩に写真取られただろ?熊井先輩あれを生徒に売って、相当儲けたらしいよ」

「…うそ!」

「蓮へのマージャンの借金全部返したって言うから、六桁はいったんじゃない?」

「そんなの知らないよ!?」

「あの人、金持ちの息子なのに小遣い少ないらしいんだよねー。でもその分自分でいろいろ商売しているみたい。ていうか、写真一枚千円って、ぼったくりにもほどがあるよな。でも出回っている梅乃ちゃんの隠し撮りの中では一番写りも出来もいいからなあ…、あの人が今年も源氏にでたのは、もしかして最初から商売根性だったんじゃないかな。あ、絶対そうだ」

「かかかか隠し撮り?」

「結構出回っているよ?」

「なんでわたしだけ知らないの?」

「男子生徒しか知らない裏ルートだから。あ、そのルートに関しては俺も口は割れないよー」

「どんな写真が出回って…」

「最高値がついたのは、階段上った時に取ったと思われるチラリズム。この時は暴落を防ぐためにオークションだったんだ」

「…その写真落としたやつと撮った奴を闇討ちしたいんだけど」

 そのためなら釘バットを家庭科の時間に手作りしてもいい。


「大丈夫、俺が競り落としてデータは抹消したから。あと闇討ちももうやっておいたから梅乃ちゃんは心配無用」

「いやそれはそれでいろいろ心配!」


 友達が犯罪者になってしまったのですがどうしたらよいですか、って誰に相談したらいいんだ。

「平気だよ、警告程度だから」

 あの鮮やかな笑顔を向けられると反論しづらい…。

「まさか、熊井先輩の写真にそんなのないよね!?」

 だって熊井先輩、源氏やっていたときすごく近かったから、撮ろうと思えばわたしの着替えだって。ぎゃー、梓に怒られる!

「まさか。熊井先輩はそういった部分じゃ自分も嫌な思いをしているからやらないよ。性格悪いけど紳士だと思う。だって梅乃ちゃんの写真も隠し撮りはないよ」

 見る?って一成君は自分の生徒手帳を取り出した。折り返しの部分にはさまれているそれは、めっちゃくちゃ笑っているわたしの写真だった。源氏の衣装を着ているからこれきっと文化祭当日だ。そうだ、高瀬先輩がいつものごとくアホな事言って笑ったときだ。撮ってた撮ってた。


「ひぃーよりにもよってそんなバカ面がー!」

「そう?可愛いじゃん」

「やめてー、持ち歩かないでー!大体一成君がなんでそんなもの買うの!」

「え?」

 思いもよらない指摘だったみたいで一成君は急に顔を赤らめた。

「そんなこといわれると…いや俺だけじゃないよ?相当の生徒が写真持っていると思うよ?」

「肖像権の侵害だー」

「まあまあ、来年になって女子生徒がもっと増えれば分散するよ」

「うう、でもなんか嫌だ…」

「熊井先輩と高瀬先輩がいるから梅乃ちゃんへの不心得モノは生徒会関係者からさくっと絞められているけど、あんまり締め付けても反動がやばいからさ。このくらい目をつぶってあげて。みんながみんな蓮みたいに『俺だけの一枚』があるわけじゃないし」

「なに俺だけの一枚って」

「あ、気にしないで」


 さて、掃除の続きしようかって一成君は足元にあったダンボールを持ち上げる。しばらく一成君を手伝って掃除していたけど、やがて周囲の風景が闇に落ちて見にくくなってきた。

 冬の日差しは淡い紫に変わっていて、それが群青になるまで確かにあまり時間はなさそうだった。そういえばこの倉庫、電気のスイッチはどこにあるんだろう。

 なんて思ったとき、かすかな音が聞こえた。

 金属の擦りあう音は、二階にある出口から聞こえてわたしは顔をあげた。

 かちん、って。

「?」

「なんか暗くなるまでかかりそうだな。もう電気つけちゃおうか」

 一成君は一端手を止めると階段を上る。そしてドアに手をかけた。

「あれ?たてつけ悪いのかな」

「どうしたの?」

「ドアが開かない」

「あはは、この倉庫も古そうだもんね」

 わたしも階段を上って、そのドアに手をかけた。二人でせーのでドアをひっぱるけど、ドアはぴくりともしない。

「これって…」

「外から鍵かかってないか!?」

一成君が唖然として言った。

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