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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act10 十二月、生徒会長のちょっとかっこいいところ
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10-1

「え、麗香先生が?」

「そう、入院したんだって!命に関わるんだって!」

 麗香先生が入院したことを知ったのは、十二月の半ば、期末テストも近づいたころだった。

 昼休みに美術室に来て、麗香先生の不在に首をかしげたところに高瀬先輩がやってきて、それを教えてくれたのだった。

 泣きそうな顔の高瀬先輩にそういわれて、わたしは持っていたきゅうすを取り落としそうになった。




 授業が終るやいなや、わたしは高瀬先輩と待ち合わせて学校を出た。大慌てで駅まで行って電車で病院に向かう。

「そういえばさ、二、三日前から具合悪そうだったよな」

「麗香先生、あまりお昼も食べてなかったね」

 どうしてもっとちゃんと気を使ってあげなかったんだろうと、わたしは悔いばかり抱えてうつむいた。

「あのさ、麗香先生は梓先生を……」

 高瀬先輩が言いかけて止める、なんて珍しいことをしたのはそのときだ。普段は脳を通さずに話しているんじゃないかと思われる反射的な会話なのに、その時は言いかけたことを後悔していた。

「どうしたんですか、先輩」

「……ウメちゃんを責めたりしているわけじゃないよ。たださ、やっぱり麗香先生、梓先生のことが好きで、ちょっと傷ついたりしたのかなって」

「……あっ」

 わたしは青ざめた。

「梓先生って、ウメちゃんを好きだよね?」


 多分、熊井先輩あたりにきいたんだろう。でも、高瀬先輩って軽薄に見えて鋭いところがあるから、自分で気が付いたのかもしれない。どっちにしても、ごまかすのは卑怯な気がした。高瀬先輩は麗香先生が好きで、麗香先生は梓を好きだった。で、梓は。

 この一連の人間関係のわたしも一部なんだ。


「多分……」

「そっかあ。やっぱりなあ。ウメちゃんも面倒な人間に好かれたもんだなあ……」

 そして、高瀬先輩は微笑んだ。麗香先生が心配で青ざめているけどわたしに気を使って微笑むのだ、この人は。

「で、ウメちゃんは別の面倒な相手が好きなんだろ」

「え」

「って、鳥海が言っていたよー」

「……蓮め……」

「余計なお世話だと思うんだけど、鳥海にしておけば?」

「……」

「ごめん、マジ余計なお世話だったかも」

 麗香先生、梓がわたしを好きなことに気が付いて、そのあたりが苦しくて具合悪くしちゃったのかな。麗香先生優しいから、絶対そんなこと言わないだろうな……。

 病院の最寄り駅について、歩き始めてもわたし達の足取りは重かった。わたし達二人こそが病人みたいなくらい顔で、五階にある麗香先生の病室をのぞく。


「あら、久賀院さんに高瀬君!」

 思いもかけず、溌剌とした声がして呆然とした。

 ベッドで身を起している麗香先生がにこにこして手を振った。


「……れ、麗香せんせー!?」

 とても死に掛けている人間とは思えないが……。

「高瀬先輩」

 わたしはこそこそと話しかけた。

「誰から麗香先生のこと聞いたんですか?」

「熊井鉄治……『大変だ高瀬!薬師寺先生がペストで死にそうだって!古い井戸で水を汲んだのが悪かったらしい』」

 誰か刀を持てぇぃ!

「……ニュースソースも病名も原因も、ことごとく怪しいじゃないですか!」

 どうして麗香先生がからむとこのザマなんだ、ポンコツ生徒会長!

「二人ともどうしたの?」

 確かに少し青白い顔ではあったけれど麗香先生はとても死にそうに無い様子でわたし達を呼んだ。あっけに取られていたわたし達二人は、慌ててベッドに近寄る。

「麗香先生、どうしたんですか、急に入院なんて」

「急性胃炎なの。でも原因に心当たりがあるので、恥ずかしいわ」

 四人部屋の一角で麗香先生は頬を染める。

「やっぱり古い井戸……」

「なんのこと?あのね、先週末に大学時代の友達と御飯を食べに行って、辛いものたくさん食べちゃったのよねー。私、わりと胃腸が弱いって自分で分かっているのに恥ずかしいわ。でもあのキムチチゲおいしかったのよ」

 まあ、さすがにキムチチゲで胃の融解とか無いような気はしますよね……。

「ちょっと検査しただけだから、もう明日には退院よ。心配かけたならごめんなさい」

 一応絶食しているらしく、点滴ぶら下げて麗香先生は言う。

「だって、よかったね、高瀬先輩!」

 わたしは高瀬先輩の肩を軽く叩く。あ、だめだこりゃ、安心で虚脱しているし。


「ところで久賀院さん、私ねずっと聞きたかったんだけど、校内でこんなこと聞くの教師としてどうかしらと思っていたことがあるの。いい機会だから聞いていいかしら。梓先生は、久賀院さんのところを好きなんじゃないかと思うのだけどどうなの?」

 校内じゃなければいいというものではなかろうよ。

 ……めちゃめちゃ元気じゃないか!ヒマをもてあましまくっている人だよ麗香先生!しかもなんで満面の笑顔!目がきらきらしてますが!こんな生き生きしている麗香先生はじめて見た。


「ヒマだから、雑誌で相性占いとかしてあげようかと思うのだけど。何占いがいい?」

「麗香先生……あの……梓先生のところ好きだったんですよね……」

 最初、空元気なのかと思ったけど、麗香先生は本気でおもしろがって……いやいや麗香先生に限ってそんなことは……、わたしのことを心配しているに違いない!

「好きよ、でも、今思えば、憧憬みたいなかんじだったのかなって……。梓先生、最近すごく楽しそうよ。それはきっと久賀院さんのおかげだと思うのよね。だから、それはそれで嬉しい」

「そうっすよね!」

 いきなり高瀬先輩が会話に割り込んできた。

「麗香せんせーにとって梓先生は終った話なんだよね!そっかー、そうだよねー、じゃあやっぱり新しい恋に踏み出さないとね、さくっと!」

 高瀬先輩……分かりやすい……。

 校内では、一年生ではずば抜けて腹黒い……いやいや策士王子の一成君だって鼻であしらっちゃうのに、どうして麗香先生の前だとこうも考えていることがダダ漏れなのか……。そりゃ熊井先輩だってからかいたくもなるよ。

「ちょっと年齢差はあるけど、どうなの、久賀院さん!」

 きらきらした乙女みたいな目で聞いてくるけど、その内容はあきらかに近所のおばちゃんだ!

「え、いや、あの」

「久賀院さんがこの間言ってたのは、梓先生じゃないの?」

「まあまあ、その辺は」

 やっと冷静さをとりもどした高瀬先輩が、助け舟を入れてくれた。無理やり話を変える。


「でも元気そうでよかった、麗香先生」

 高瀬先輩は麗香先生の前ではとりつくろうことがない。なるべくかっこよくふるまいたいとは思っているみたいだけど。……まあそれが出来ているかは、わたしが判断するのはちょっと……。でも高瀬先輩は、本当に麗香先生が好きなんだな。

 全然揺らいだり、迷ったり、曖昧にすることなく好きだっていうその姿はうらやましい。

 本当は、わたしもちゃんと梓と蓮を断らないといけないんだ。(いや、言っているけど聞き入れてもらえないんだけどさ)

ふられたって、やっぱりわたしはまだ理事長が好きだった。

 どうせだめなら、もう考えないようにしようって思うのだけど、考えないでいるためには視界に入れないようにしなければいけない。

 自室の横にいる理事長を、どうやって見ないふりをしろと……。

 そうか、あれ、UFOだとでも思えばいいのか。いないいない、あれは想像の産物だ。見えても気のせいだ。って……できるかー!

 理事長を見かけるたびに、すごく胸が苦しい。きまずそうにいつも目をそらされて、悲しくなる。

 はやくどうでもよくなればいいのに。そんな日がくるとはまだ思えない。

 わたしがそんな振り子みたいな不安定な気持ちだから、蓮と梓にもちゃんとした態度でいられない。それでもし、二人がわたしみたいに傷付いていたら立つ瀬が無い。


「早くまた美術室でお昼を食べたいわ」

 麗香先生の優しい言葉がしんどい今は、やっぱりどうかしている。

 時々理事長のまぼろしでも見ちゃいそうな気がして怖い。

 今だって、病室の入り口に、理事長が小さな花束を持って立っているのが見えるよ……ってそれは明らかに幻覚じゃないぞ、梅乃!

「まあ、理事長」

 麗香先生の声に高瀬先輩も振り返って驚く。

「どうなさったんですか!?」

「え、理事長どうしたの」

「いや、高瀬に、久賀院、か。お前らこそ……」

 喋った!

 やっぱり幻覚じゃなかった!

 お互いにどうしてここにいるのかを疑問に思う問いかけみたいに聞こえる会話。

 でもわたし達三人の驚きは、そんなものじゃない。

 理事長は、今日は相変わらずジーンズにコートなんていう無難な姿だったけど、でも全然いつもと違うのだ。

「理事長、髪の毛切ったんですか?」

「いや、ここしばらくは仕事以外はこんな感じだ」

 学校では人相悪くオールバックの髪は、全て下ろされてラフにまとまっていた。

 着ているコートも、普通なのにちゃんと似合っている。

 梓みたいに文句なしの男前でもないし、蓮みたいな分かりやすい美形でもない。

 でもちょっと目つき悪いことさえのぞけば、普通のかっこいいおにーちゃんがそこに立っていた。

 そりゃわたしだけでなく、麗香先生も高瀬先輩も呆然とするさ。


 でもわたしが呆然としたのは、明らかな不安があったから。

 こんなふうに誰かをイメージチェンジして見た目を良くすることに長けた人間には一人だけ心当たりがある。

 でも彼が理事長に対して今、そんなことする理由がわからない。

 ……何考えているんだ、梓?

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