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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act9 十一月、デート日和に遊園地
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9-8


「すげー、なんかいきなり大工事はじまっているなあ」

 月曜日、わたしと蓮と一成君は、生徒会室の窓から、高瀬先輩と一緒に寮の工事の様を見ていた。

「いやあ、急展開だ」

 高瀬先輩が首をかしげている。

「さすがに王理がそのゴッドファーザーに進言してくれただけある」

「え、俺してないですよ」

 一成君が高瀬先輩に答えた。

「実はその迷惑なご隠居なんですけど、イタリアにいる愛人が寂しがっているから帰る!とか先週末に言い出したらしくって。急遽日本をはなれたんです。来週の面倒な親族食事会がなくなったことはありがたいんですけど、梅乃ちゃん関連のことをお願いすることが出来なくて困っていたところです。だから生徒会として高瀬先輩が提出したあの提案書のおかげだと思うんですけど」

「……にしても、はえーなあ、着工」

 そんな二人の会話もろくに聞かないで、わたしは椅子に座ってただぼんやりしていた。その横で無言のわたしに付き合ってくれているのは蓮だ。

「俺がいるよ」

 一成君と高瀬先輩に聞こえない小さな声で、蓮はわたしに繰り返して言う。

 わたしが沈み込んでいるわけをただ一人知る蓮が。




 あの悪夢のデートの翌日の日曜日。

 とりあえず、梓に寮の近くまで送ってもらって、わたしは寮に戻ってきた。丸一日長かった……。ちょうど十時頃、寮に付く。

「ウメちゃん!」

 玄関に座っていたのは蓮だった。

「あれ、蓮どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ!」

 蓮は立ち上がるとわたしの手を掴む。踵をつぶす勢いで乱暴にスニーカーを履くと、外に引っ張りだされた。

「なんで一晩帰ってこなかったんだよ!理事長と一緒なのかと思って、まあそれも心配だったんでずっと起きて待ってたんだ。そしたら深夜に理事長は帰ってきたけどウメちゃんは一緒じゃないしさ!」

「え、蓮一晩中まさかあそこにいたんじゃないよね」

「うるせーな!居たよ!不良娘を持つ父親の心境だったよ!」

 蓮はいらいらを吐き出すようなため息をついた。

「で、我慢できなくて理事長にウメちゃんのこと聞こうとしたら、理事長も『久賀院はまだ帰ってないのか!?』とかびびってるし。いつの間にか、寮監には梓先生経由でウメちゃんの外泊届けが出ているしさあ!意味わかんないよ」

 蓮はわたしの肩をつかんだ。

「ウメちゃん昨日、何やってたんだ?」

 蓮の勢いが少し怖かった。

 わたし今まで地味だけど結構良い子でやってきて、あまり誰かに心配かけたこととかなかったから。蓮がずっとあの玄関で待っていたならすごく悪いと思う。でも、わたし。


「理事長、戻っているんだ。今、部屋?」

「学校に行ったよ。なんか仕事してそうだった。でも理事長なんて……ウメちゃん?」

 蓮には悪いと思う。でもわたし、今、どうしても昨日のことをはっきりさせたい。その思いを止められなくて、わたしは蓮に背をむけて走り出した。

 昨日は頑張って可愛いかっこしたけど、今日は梓のうちから来たため、化粧もろくにしていない。服もしわになっている。でも。


 でも今会いたい。

 学校の敷地に入って、保健室か理事長室かって思ったけど、理事長室のカーテンが開いているのを見て、わたしは部活用に開いているドアから校内に入り込んだ。しんと静まり返った校内の階段を上る。

 廊下を歩くわたしは、理事長にかける言葉に、ううん、そもそも部屋に入るときにかける言葉に悩んでいた。わたしは王理高校の女子生徒じゃなくて、久賀院梅乃として話をしたいから、ノックをして「失礼します」なんて言いたくない。

 けれど悩むまもなく、わたしの先手をうつようにして、理事長室のドアが開いた。


「……久賀院」

 苦い顔をして理事長が部屋から顔を出した。

「理事長!」

 わたしはもう我慢できなくて、ドアの前に立つ理事長に掴みかかるようにしてつめよった。

「どうして!」

「すまなかった」

 理事長は本当に素直に頭をさげた。まあ入れ、とわたしを理事長室に入れる。机の上には大きな書類が広げられていて確かに仕事をしていたみたいだった。

「……今走ってくるお前の姿が見えて、待っていた」

「理事長、どうして昨日……」

「急用が出来た。鷹雄には会えたか?」

「会えたけど、でもどうして急に」

 なんでだろう、声がつまる。

「……鷹雄は理由を言わなかったのか?」

 でも理事長は妙な事を言い始めた。

「だって、梓は知らないって言ってたよ?」

「……そうか……」

 理事長はそんな返事にならない言葉を呟いてわたしから目をそらした。

「……あれからずっと鷹雄と一緒だったのか」

「梓のことなんかじゃない!理事長の話をしているのに」

「鷹雄はお前に何か言っただろう?」

 そう告げた理事長の顔は、何かを達観したかのように穏やかだった。尋ねているのではなく確信として理事長はわたしに「梓鷹雄の久賀院梅乃への好意」を語る。

 だからこそ一瞬言葉につまってしまったわたしの沈黙はその肯定として理事長に伝わる。


「以前頼んだとおりだ。鷹雄のそばにいてやってくれ」

「そんなこと、今、話してない!」

 かっこわるいことにわたしの声はなんだか悲鳴みたいだった。

「どうして昨日来なかったの?わたし、すごく楽しみだったのに!」

「久賀院」

「わたしの理事長が好きだって言う気持ちは、理事長にとってはそんなにどうでもいいの?」

「久賀院!」

「わたしは理事長が好きなのに」

 どうして告白しているのにこんなに悲しいんだろう、わたし。

 わたしの言葉に理事長はすぐに返事を返さなかった。ただ困惑だけを目に浮かべてわたしを見つめる。

「……久賀院、お前、俺なんかのどこがいいんだ?」

 エアコンの音だけがしばらく聞こえていた。そんな中発せられた理事長の声は本当に途方にくれていた。

「どうしてこんなに男子生徒がたくさんいるのに、俺なんだ。お前の周りには鷹雄だけじゃなくて、王理や鳥海、まあ薬師寺先生に夢中とはいえ高瀬もそうだな、普通に年も近い奴らがいるじゃないか。なんでよりにもよって俺なんだ」

「そんなの知らない……」

「鷹雄ならお前を大事にしてくれる。鳥海も優しいやつだ。少なくともこの二人ははっきりとお前のことを好きだといってくれるじゃないか。俺が鷹雄や鳥海よりはっきり上だといえるものなんて何もないぞ。どうしてこの二人に目を向けてやらないんだ」

「理事長は、わたしのことはどうでもいい……?」

「どうでもいいわけじゃない。初の女子生徒だからな。楽しい学校生活を送ってくれることは願っている」

 そんなこと、聞いていないけど、その望まない答えこそ理事長の本心なんだなって思った。

 理事長にとっては、わたしは本当に一生徒なんだ。


「俺はきっと久賀院が望むようなカレシにはなれないよ」

 いや、無理してカレシなんてナウなヤング調に言わなくても。

「……もしかしたら、お前は理事長なんて商売がものすごく高給取りだと思っているのかもしれないが、そんなことないぞ。それに、次の理事長が決まれば俺はすぐにでも辞めて看護の仕事にもどるつもりだ。そしたら普通の会社員だ。それに比べれば、王理や鳥海のほうがよっぽど将来有望だ」

 理事長は苦笑いだったけど、今わたしの顔は青ざめていると思う。血の気が引いて目の前がくらくらする。だって今、理事長はなんて言った?

 高給取りなんて。

 そんなこと気に留めたこともないのに。まるでわたしが理事長がお金持ちだから好きになったみたいなことを。そんな酷い人間だとわたしは思われているんだ。そりゃたしかに梓に借金あるし、家は火の車だし、周囲はお金持ちばっかりだけど、でもわたし、そんなお金なんかのために恋なんてしない。

 理事長にそんな人間だと思われていることが苦しい。

「なあそれに良く考えろ、俺ももういい歳だ。誰かと付き合うにしても、そろそろ結婚を意識して付き合うところだ。久賀院じゃ冗談でもそんなことにはならないよ。俺も次に付き合う人間はちゃんと選びたい」

 どうしてわたしじゃダメなんだ。歳の差もわたしが高校生なのも、理事長がニアリー三十路なのも、わたしのせいじゃないのに!


「それに久賀院だって、人生はこれからだろう。別に王理の生徒じゃなくてもこれからたくさんの人間に会うぞ。おそらくお前なら多くの人達に好かれる、それは俺が保証してやる。だから別に今、俺なんかに恋をする必要はないんだ」

「理事長の好きな女の人は、昨日あっていた人?」

 こんなこと言いたく無かったけど、わたしはもういろいろ我慢できなくて口にしてしまった。

「……やっぱり昨日、鷹雄の車に乗っていたのはお前か」

「じゃあ。あれ理事長だったんだ……」

 わたしは知りたくないことを知ってしまう。

「……彼女はお前には関係ない人だ、久賀院」

「関係なくない!だってわたし理事長が好きなんだから」

「……俺は」

 意を決したように理事長は言う。

「俺は、久賀院を生徒以上には見ない」

 がたんって音がして、わたしはようやく気を取り直す。それはふらついたわたしが背中を理事長室のドアにぶつけた音だった。

「久賀院、お前なんか顔色悪いぞ……?」

「それが、本心……」

 勢い良く叫ぶことも出来なくて、わたしは泣きそうな、それでいて変に笑顔なんかをつくってドアに手をかけた。


「そうですね。きっと常識的にはそうなんですね。わたし、バカだからよくわかんなくて」

 ごにょごにょ言いながらわたしは理事長室を出る。理事長がなにか言っているけどもう知らない。

 ああ、なんかぐしゃぐしゃだ。

 気持ちなんだか言葉なんだか、よくわからないけど、現すことができない気持ちの悪さを抱えて、わたしは階段を降りる。

 なんだろう、何が理由なのかわからない。多分ちゃんと理由があるんだろうけどわたしにはわからない。ああ、わたしこんなに馬鹿だったんだ。

 昨日の寝不足もたたって、ふらついた足元で階段を踏み外した。

「ウメちゃん!」

 ぎゃって叫んで、受け止めてくれたのは蓮だった。

「すごい顔しているけど大丈夫?」

 すごい顔だと?このわたしにむかって……とか、もう虚勢がはれない。

 なんで蓮がここにいるんだろう、そっか、追いかけてきてくれたのか。体大きいと落下するわたしなんかも軽々支えられちゃうんだ、すごいなあ。

「ウメちゃん?」

 ぶつぶつ言っている気味の悪いわたしに蓮は声をかける。

「……ふられた」

「へ?」

「理事長、わたしは生徒以上じゃないんだって」

 どうしてわたし、こんなときにへらへら笑っているのかな。

「……ウメちゃん」

 蓮は言う。




「俺がいるからさ」

 蓮はそう言ってくれる。

 昨日も今日もまるで念仏みたいに。

 わたしは一成君と高瀬先輩の視線につられるように、その建設現場に目を走らせた。

 ずっと待っていたんだけど、あれが出来たら、理事長とは本当に離れ離れなんだなって思いながら、それを見つめる。

 女子寮の建設が急ピッチで進められていた。


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