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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act9 十一月、デート日和に遊園地
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9-4

「ま、まさか、事故とか急病とか!」

「いや、元気そうだった。まあそんなことはいい。とりあえず、遊ぼう」

 けろりとして、梓はチケットを買う。遊園地のチケット売り場に立つ梓と、その周囲のドリーミングな施設……シュールな悪夢みたいだ。

「しかしこんなところに来たのは一体何年ぶりかなあ」

 妙に上機嫌の梓は、わたしの手を引いて強引にゲートをくぐってしまった。いや、わたしだって遊園地は楽しみだよ!?はやくあのネズミさんと一緒に写真とらなきゃって思っているよ?

 でも意味がわからなすぎ!

「ねえ梓、ちょっとまってよ!」

「まずはジョニー・デップのあれかな」

「いや最初はコースター系でお願いします……じゃなくて!ねえ理事長はどうしたの?」

「なんか急用らしいぞ。お前携帯電話持っていないだろ?だから連絡とりようがなくて、即動ける俺に連絡してきたらしい」

「……急用って?」

「さあ?」

 まったく興味ありませんという顔で梓は答える。

「……なんだ、僕じゃ不満みたいだな」

「不満と言うより怪奇現象」

「ま、諦めろ。前世の素行でも悪かったんだろう」

 いつもどおりな悪態をついた梓だけど、口調は優しかった。掴んでいた腕を離し、なぜか恋人達みたいに指をからめるようにしてわたしの手をつなぐ。そこまでしなくても子どもじゃないからはぐれないよ。

「十郎はとりあえず連れて帰って来てくれといったけど、それはこんなところまで足を伸ばした僕が骨折り損じゃないか、ウメだってはるばるここまで来たのに」

「わ、わたしはうちに帰ってもいいし……理事長が用事ならしかたないし……」

「なあウメ」

 梓はわたしを見つめる。

「僕といるのが嫌なのか?」

「そんなことは無いけど」

「よかった。まあ嫌といわせる気は無いがな。さあ、行こう」

 結局選択肢ないじゃん!




 けど、ツレが誰であれ遊園地は楽しい。

 驚いたことに梓も、わたしのあれに乗りたいこの順番待ちたいというわがままに、文句もなく付き合ってくれたのだ。梓がこんなファンシーな遊園地を本当に楽しいと思っているのかどうかもわからないけれど、見た感じでは楽しそうだった。

「梓は遊園地を好きなの?」

 アトラクションの順番待ちをしていたとき、なんとなく聞いてみた。梓だったら「僕がこんなくだらない遊戯施設の順番待ちをするとでも?」ぐらいなこと言ってもいいのにおかしいなって思って。

「別に好きでも嫌いでもない。なんでだ?」

「だって急に理事長の都合でここにくることになったわりには楽しそうだから」

「ああ、ウメと一緒だからだろう」

「ふーん」

 ………………なに?それなにちょっと!

 あまりにもさらりと言われてすっかり聞き流しそうだったけど、今の言葉の意味はどういうことですか!

「ウメが楽しくないなら、僕も少し寂しいが?」

「いえいえそんなことは、大変満喫しております!」

「本当は十郎とデートの予定だったんだろう?」


 ……さすがに言い逃れできない。

 梓はわたしが理事長を好きになることには反対していたからそんなこと言えないし、だけど理事長との約束は明らかにデート。しゃ……社会見学です!とかダメもとでいってみたらどうだろう。何事もチャレンジか。

「いろいろ悪かったな」

 梓は予想外な事を言ってきた。

「は?」

「誰と付きあえとか、理事長はダメだとか、いろいろ注文つけて悪かった」

「梓……急に善人になるのは死亡フラグだよ?」

 いででで、問答無用にうめぼしされた。

 わたしの両こめかみに拳をぐりぐり当てながらも、梓は笑う。

「それに、あの雑誌も見たぞ。まあ鳥海が調子に乗ったんだろうが」

「そうです、そうなんですー」

「ウメが可愛らしく写っていてよかった」

 そこがポイント?

「まあでも、お前が好きな相手と付き合うがいいよ」

「え、梓、どうしたの?」

 今度こそほんとに驚いて、わたしは薄く微笑んでいる梓を見つめた。

「だって、わたしが品行方正でいることが王理のためで、八重子さんのためで、梓の願いなんでしょう?」

「ウメを信用しなさすぎていた」

 梓は淡々と話す。


「恋もしたこと無くてどんなくだらん男にひっかかるか心配でたまらんと思っていたが、もともと人を見る目は確かだったんだな、お前。多分ウメ自身は自覚も無いだろうが、お前が鳥海と王理に与えた影響とかを思うと少しぐらい信頼しないとかわいそうだという気もする」

「……梓……」

「それにいろいろ縛りをつくると、むしろ自分の不利益になる」

「……?」

 聞き流せない一言だけど、聞き返すのがなぜか怖い。いままでいびられ続けてきたが、ここ一番の恐怖だ。なに言いたいのかいまいちわからないけど、鍛えられた不吉センサーが聞き返すなと言っている。

「えっと、ありがとう、でもわたし、もう王理高校がすごく好きだから自分のためにも頑張るつもり。あの高校がずっと続けばいいと思っているよ」

 そうか、と梓はうなずいた。

「八重子さんも喜ぶ」

 その梓の言葉には、八重子さんのことを話す時今まであった痛みが和らいでいるのを感じた。

 今まで梓が彼女のことを話すときのどこか自嘲めいた痛み、それが薄れて、言葉にあるものの多くは郷愁だった。その理由まではわからないけれど、梓のなかで八重子さんは過去の人になりつつあるのかもしれない。それはとても嬉しいことで安心できるのだけど。

 ……なんだろう、この胸騒ぎは。


「でも、そういうってことは、お前の高校生活はそんなに悪いものでもないってことか」

「楽しいよ」

「よかった」

 長い行列はもうちょっとでアトラクションに辿り着こうとしていた。

「あの初めてあった春の病院のことを覚えているか」

「覚えているよ?」

「あの時、お前に会えて本当によかったよ」

 梓の口調は冷静。いつもと同じだ。

 でもどうして、『わたしも梓に見つけてもらってよかったよ、具体的には一千万円ありがとうございました』と言えないんだろ。いつもだったらけろっとして言えるのに、今は言えない。わたしだってたまには空気を読んでみせる!

 なにがいつもと違うのかな。

 よくわからないままだったけど、その日一日梓はいつになく優しかった。




「駅でいいのか?」

「うん」

 一日遊園地で遊んで、わたしは梓の車で駅に向かっていた。ここから電車に乗って帰ろうと思ったから。夕日がきれいだ。

「寮まで乗っけていってやるぞ?」

「そういうのは『ふしだら』なんでしょ?」

 わたしはいつかの梓の言葉を返して笑った。

「いいよ、普通に帰るから大丈夫」

 ちょっと、ぎりぎりだなあって思って。

 梓と一日遊んだのは本当に楽しかった。だけど、一方でずっとしこりのように理事長のドタキャンが胸につかえていた。梓に気を使わせるのは嫌だったから、なるべく明るい顔をしてふるまっていたけれどその気力ももう尽きそう。

 一人になれば暗い顔をしていても平気。

 そんな風に思いながら、わたしは渋滞して動かない車の中にいた。大きな駅に向かうその道には高級ブティックやホテルが軒を連ねている。あと一回信号が変わったら進めそうなんだけど。

 道行く人達を見ていた。


 最初はよく似た人だなあって思っていた。でもあんな人相悪い人、そうそういるわけが無い。

 理事長が、交差点を挟んだ向かい側のホテルの前にいた。

 和服姿の凛としたイメージの女の人と一緒に。


 理事長より少し若く見えるから、老け顔理事長と言う点をさっぴけば、彼と同じ歳くらいなのかもしれない。遠目にしてもものすごい美人だった。それこそ芸能人とかモデル級の。

 優美に自分の車と思われる高級車に乗り込んだ彼女を、ものすごく丁寧に見送って、理事長は一人になった。

 でもあんな理事長を見るのは初めてだ。

 いつもわたしには「女子どもは!」ではじまる説教をすることはあっても、女性として扱ったことなんてない。理事長が今彼女に対してふるまったような丁重なしぐさなんて見たことない。

「……十郎?」

 わたしの目線に気がついたのか、梓も外を見ていた。梓が気がつかなければよかったのにと思うのは、わたしの願望だ。

 ふと顔をこちらに向けた理事長がわたしに気が付いたのか、明らかに硬直した。

 ……馬鹿みたい。

 気が付かない振りしてくれれば、わたしもよく似た人だったのかなって思うことが出来るのに。なんで気が付いたってわかるそぶりをしてしまうのかな。

 久賀院。

 そんなふうに呼ばれた気がしたけど、あとは知らない。

 信号が変わって、梓がアクセルを踏んだ。

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