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「なんでばれたかなー」
「学校持ってきて、読んでそのままにしておいたバカがいたからだ」
しかも何故、ページまで開いた状態で。
生徒指導室から出てきたわたしは、一緒にいた蓮をにらみつけた。バカのおかげで発売日の翌日にひどいめにあっている。
今は生徒指導の先生と校長先生から小言を頂戴し終わったところだ。例のフォトスナップの一件で。校長先生は「んー、確かにうちの自慢の生徒だけあって、男前とかわいこちゃんに写ってますねえ」と、どちらかと言えば上機嫌だったけど、生徒指導の先生にしこたま怒られた。高校生が雑誌に載るなんて調子に乗るな、だってさー。微妙に韻を踏んでいた。
まあ蓮とつき合っているっていう誤解は解けたからまだいいけど。
わたしは、ため息をついて、廊下を歩き始めた。
「ま、小言ですんでよかったじゃん」
「嫌だよ。梓に知られたら、軽率って絶対怒られるもん」
「だろーなー」
「蓮はのん気なんだから、もー!しかし、一体誰が、雑誌を教室のあんな目のつくところに放置したのか」
文句を言いながら教室のドアを開いたわたしは、いきなり最大級に機嫌がいいと思われる一成君と目があった。
「あ、それ俺」
と一成君が言ったのを耳にして、一瞬フリーズした。
「なんで!」
「ああ、言い忘れた。説教お疲れ様!」
「爽やかにねぎらう前にその原因を説明して!」
昼休み、普通なら校内のあちこちでお昼を食べているクラスメートのほとんどがなぜか教室にいた。妙な静けさの中でわたしがそう一成君につめよると。
「はい、鮎川、みんなの意見を代表してどうぞ」
一成君は横で雑誌を見ていた鮎川君にふる。好奇心満々の輝く眼差しでわたしを見た鮎川君は言った。
「そっか……久賀院さんは、鳥海と付き合っていたんだね……多分悔しがるヤツもいると思うけど、やっぱりお似合いだよ」
……なんですと。
人の良い笑顔を浮かべて、鮎川君の視線はわたしを通り越し背後の蓮に向かう。
「やったな、蓮。校内の生徒がみんなそう思っていると思う!」
ちょっと今……気絶しそうなんだが。いやまて気を確かに。多分気絶しても事態は良くならない。
「ありがとう鮎川!これからも応援してな」
「特撮ヒーローみたいなセリフを言ってる場合か!」
わたしは鮎川君の持っていた雑誌を取り上げて、思い切り蓮に叩きつけた。そして一成君に向かってつめよる。
「一成くーん!?」
「やっぱりさ、公認でなし崩しっていう手段は強いよね」
手段……って、ねえそれは企み事と言わないか。
「多分、今、ほぼ生徒全員が、『梅乃ちゃんの彼氏は蓮』って思っているはず。生徒指導に呼ばれて怒られたのも真実味を帯びる点ではポイント高いよね。うん、予想以上の広報活動だった。満足」
「なんでそんなこと……」
「俺、梅乃ちゃんと蓮がつきあうまで、手段は選ばないから。あれ?前に言ったと思うけど」
言えばいいってもんじゃねえ!
「一成、お前本当にいいヤツだな。こんな友達思いの人間見たことない」
鮎川君が惚れ惚れと言うが……鮎川君も相当変だ。くらくらしながらわたしは、教室に背を向けた。
「あれ、梅乃ちゃんどうしたの?」
「お昼!美術室で食べてくる」
「えー、一緒に食べようよ」
一時撤収、態勢を立て直します。高瀬先輩に、この誤解を解くための相談に乗ってもらおう……ってダメだ、あの人も蓮贔屓だ。なんかみんなから、おめでとう!って感じの視線を送られて温かく見守られているけど……でもこれは孤立無援だー!
わたしは重い足を引きずるようにしてまた廊下に戻った。ああー、なんか生徒全員がわたしを見ているような気がする……。
が、階段を上ろうとしたわたしは真っ青になって足を止めた。
「じゃあ、理事長も?」
これだけ校内で噂になっていて、校長先生が出てくる騒ぎになっていれば……理事長も雑誌のことを知っている可能性が高い。
明日遊園地行くのに!ご、誤解を解かなきゃ!
わたしは予定を変更して、階段を駆け下りた。保健室にいるかなあ。
慌てふためいて廊下を走ってわたしは保健室のドアを開ける。開けた瞬間に目の前に立つ理事長に気がついた。
「わあ!?」
二人同時に驚いて叫んだ。飛びのいたのは二人で同時。
「どうした久賀院、いきなり」
「理事長こそ」
あー、びっくりした。いきなりいるんだもん。
「ちょっと急にでかけることになってな」
珍しく白衣を脱いだ理事長は、スーツのジャケットを羽織ろうとしていた。わあ、理事長って肩幅広いなあ。かっこいいなあ……ってのん気に恋愛加算ポイントつけている場合じゃない。保健室にはいったわたしはあたりを見て他の生徒がいないか確認してから理事長を見つめた。
「あの、理事長」
「なんだ?」
理事長は、何か言いたいこととか焦っていたり気まずいとか無いようだった。ただちょっと忙しそう。
「ざ、雑誌のこと……」
「雑誌?なんの話だ?」
神様さんきゅー!
今すぐひざまずいて神に感謝の祈りを捧げたくなった。こんなときだけ信心深いよ!よかった、まだ理事長はあの写真のこと知らないんだ。
「ああ、そんなことよりちょうど良かった。久賀院、明日なんだけどな。お前、遊園地の最寄り駅まで一人で来られるか?」
「え、一緒に行かないんですか?」
「ちょっとこれで今日は寮に戻れそうも無い。どちらにしても二人で出かけるわけには行かないから、どこかで待ち合わせるつもりだったんだが。遊園地だと場所的にちょうどいいんだ。帰りは途中まで車で送ってやれるんだが」
「いいですよ。子どもじゃないんだし、一人で行けます」
「そうか、悪いな」
そして理事長は少し照れくさそうに笑った。
「なんかガラにもなく明日のこと思うと緊張するよ。なんだろうな、これは」
「わ、わたしだって!」
うわあ、わたしちょっと末期症状かも。理事長のことかわいく見えてきた。
「じゃあ、俺はこれで出かけるが、明日気をつけて来いよ。十時な」
「はーい」
今はばたばたしていて説明できないけど、そもそも理事長はあの写真のことは知らないらしい。慌てて出て行ったから、多分見るヒマはないだろうし、あんなおしゃれ雑誌を理事長が自ら進んで読むとはとても思えない。ってことは、明日まであの記事のことを理事長は知る由もないこと確定だ!
それなら明日、丁寧に話して誤解を生まないようにしておけばいいもね。よかった。首の皮一枚つながったって感じだ。
理事長を見送ってわたしは安堵のため息をついた。
そんでもって。
わたしは若干睡眠不足で、翌日遊園地のチケット売り場のベンチに座って待っていた。
き、昨日楽しみなのと恥ずかしいのとで、よく寝られなかった……。なんか二時間おきに目を覚まして、ベッドの上で緊張していたわたしはさすがに我ながらはしゃぎすぎ。
今日は、デニムのスカートにウエスタンブーツ(新調)、ちょっとレースついたカットソーに柔らかい感じのジャケット(新調)。バッグは蓮が小さめの斜め掛けを貸してくれましたー(強奪)。まつ毛も通常の1、5倍を目指して伸ばしたし、さらにその上にウオータープルーフもしたし。
誰も今日わたしがどこに行くかは知らない。一人だけ知っている蓮も「一成君も含めて誰かに話したらマジ殺す」って絞めてきたし。
よし、何から何まで完全武装だ。ばっちこーい!
いい天気だなあとわたしは空を見上げた。理事長、早くこないかな。
暇でわたしはつらつらと考える。
なんでかなあ、なんで理事長を好きなのかなあ。あんなに人相悪くて、頑固で、言っていること意味不明なのに。理事長は、蓮がわたしを好きな事知っているはずで、でも今日誘ってくれたのはどうしてなのだろう。
わたしは理事長の行動に振り回されているけど、理事長はどうなんだろう。もしあの時わたしが、『あ、じゃあ誰か誘っていくのでチケットだけ下さい』って答えていたら、ちょっとは傷ついたりしてくれたのかな。
本人に聞けばいいけど、けして聞けない数々の疑問。それを思っていたわたしは、チケット売り場の前の時計がすでに、十時半を示していることに気がついた。あたりを見回してみたけどやっぱりまだ来ていない。
「どうしたんだろう」
まさか、またあの車が故障……?高速乗っていてそれが原因で事故とかだったら……!ああー携帯電話を持っていないわたし自身が嫌過ぎる!
時間を認識して急に落ち着きをなくしたわたしは辺りをもうちょっと探すべく立ち上がった。待ち合わせ場所を間違えていたらことだし。
と。
「待たせた」
息を切らしてようやく吐き出した声みたいな言葉が聞こえて、わたしは後ろから肩をつかまれた。
「理事長、遅いで……」
それでも飛びきりの笑顔で振り返ったわたしの言葉と表情が凍った。
そこに息を切らして立っていたのは梓だったのだ。
「……あ?」
梓、って最後まで言えないくらい愕然としながらわたしはそれを眺める。
うん。
どう見ても、何度確認してもこれは梓にしか見えない。多分梓の外見の着ぐるみとかじゃない。
「よし、行こう」
駐車場に車を置いて走ってきたらしい梓は荒い息を落ち着かせると、わたしの腕をとって、引きずるようにして歩き始めた。
「じゃあ、チケットを買ってだな」
「梓!?」
「せっかくきたんだから遊ぶんだろ?」
「梓?」
「……十郎から連絡があった」
え、ってわたしは立ち止まる。
「ウメがここで待っているから何とかしてくれって」
「理事長は……?」
さすがに、そのときだけは梓は言いにくそうだった。
「あいつは今日は、ここには来られない」




