9-1
「というわけで、借金の肩代わりしてもらうということで、わたしはこの高校に入学したわけです……」
夕食後、寮の食堂のすみっこで、わたしは一成君と蓮に告白した。
『闇討ちでGO!事件』(とりあえず名づけてみた)からしばらく後の11月最初の金曜日。わたしの目の周りのアザがほとんど治って見えなくなった日の話。
ていうか、白状させられたっていうほうが近いよね。あんまり家の借金のことなんて言いたくないからごまかしていたんだけど、ついに今日二人に囲まれてしまったのだ。食堂でお茶(無料)をすすりながら、わたし達三人はこの間のことを反芻していた。
「梓先生……あの人手段選ばないんだ……」
唖然として一成君が言う。でも横でにこにこしているのは、蓮だ。
「そっかー、よかったー。付き合っているわけじゃないんだ」
「ありえないから!」
「あーもー、俺、超びびったよ。もう二人ができちゃってんだったら、すげえ困るし」
「できちゃってって…!怖いよ、困るよ!なんかわけのわからないものができそうだよ!」
「でもさ、蓮」
一成君が何かを考えながら言った。
「それならそれで、梓先生の真意が気になるんじゃないか?」
「え?」
「梓先生は、どういうつもりでいるのかってこと。梅乃ちゃんは、梓先生なんて奴隷仲買人くらいにしか思っていなくても、問題はその仲買人の意思なんじゃないかな」
奴隷仲買人か……いい事言うなあ、さすが一成君……。
「お、俺があえて考えないようにしていたことを……」
蓮がテーブルにがっくりと伏した。
「そうなんだよ、梓先生が、ウメちゃんに本気で惚れているなら、俄然厳しい。理事長はともかく、梓先生はなんか手ごわい」
「こ、怖いことを言わないで」
「だって一千万円のかわりにやらせろって言われたら、梅乃ちゃんどうやって断るの?」
「ぎゃー、王子様がそんなこと言っちゃだめだよー!」
一成君には汚れない王子でいて欲しいんだよう。
「いや、もう俺のイメージも何もないと思うんだけど……」
「それでも一成君は王子様なの!乙女の夢を壊したら、百年祟るからね!」
言わなくてもカノジョの指輪のサイズは確認済だし、初エッチの時にはもちろんバラが飛ぶし、曲がり角で朝ぶつかった美少年はもちろん転校生だ!
「一千万円かあ……さすがに一気にそれはきついと言えばきつい。ていうかさすがに親がびびるだろうな」
「あ、でも俺と蓮で二人がかりなら」
「……なんの話?」
普通に高額な話をしているが意味がわからない。
「用は、梓先生に借金さえ返せれば、ウメちゃんは別に梓先生の言うこと聞かなきゃいけない理由はないわけだろ。じゃあ、俺たちで立て替えられないかなって」
「まて!」
どこの世界に一千万円動かせる高校生がいる!セレブは出会いがしらにわたしの敵とみなすよ?
「だめだよ、そんなことしちゃ」
「でも、フォローできるならしてあげたいよ」
「そうだよ。それに別に俺たちが消費者金融から借りるわけじゃないし。無理でもない話だし」
「常識的にだめなの!」
わたしはため息をついた。
「だって、それは、一成君や蓮のお金じゃないじゃん。王理さんちや鳥海さんちのお金でしょう。自分で稼いだものじゃないのに、そんな大金自由に使うなんておかしいよ。それに、友達に借金なんてしたくないもの」
「……融通きかないなあ」
「梓から借りがなくなっても、二人に借りがあるとしたら、わたしはそっちのほうがいやだな」
それに、ってわたしは続けた。
「大体梓がわたしを好きになるなんてことないよ。主人が奴隷を好きになるなんてないもん。すっごい身分の差がわたしと梓の間にはあるんだから。いいやまず人と思われているか怪しい。認識が駄犬とかだったらどうしよう」
わたしが言うと、二人はまったく同じ表情をとった。多分呆れている、と表現していい顔。
「あーあ、わかってないし」
言うことまでかぶっている。
「どうでもいい人間に、大金をぽんと払わないっつーの」
「だからそーれーはー」
「蓮」
蓮の言葉を一成君が止めた。
「ま、梅乃ちゃんがわからないならそのままのほうがいいよ。変に意識しない方がいいから」
そしてわたしを向き直る。
「あのさ、梅乃ちゃん、蓮をどう思ってんの」
「小学三年生男子」
「即答だね!爽やかなくらいだ!でもさ」
怪訝そうな顔の蓮さえほっておいて、一成君はわたしの目を覗き込むようにして畳みかける。
「でももし蓮が、ある日急にいなくなったら寂しいと思わない?もうちょっと優しくしてあげればよかったなあとか絶対思うよね。蓮といると気を使わなくてよかったなあって後悔すると思うよ?蓮に彼女ができたら切ない気持ちになるのは間違いないよ?ね?」
「え、ええっと。それは」
まあそうだけど。だって一番の友達だし。
「よし蓮、まだ脈はあるから頑張れよ?」
「は?」
一成君はにっこりと笑う。
「俺はさ、確かに梅乃ちゃんにひどいこといろいろしちゃったから、こんなに風に普通に接する権利なんて確かに無いんだ。蓮のことも、本心から信じてなかったのかもしれない。二人には本当に悪いことしたって思う」
一成君はさらりという。けれどそれを言うのが、どれほど緊張を強いられることなのかはテーブルの下で握り合わされている彼の震える手が語っていた。
「でも俺、本当に二人が好きだよ。信じてもらえるかわからないけど、本当に大事だ」
「うん、知ってるよー」
「今更言うな、キモい」
だからわたしと蓮もまるでなんでもないことのように返した。
「だから、俺は、梅乃ちゃんが蓮を好きになって二人が付き合うように、全力で応援する。梓先生も理事長も、知ったことか」
「……一成、お前ってやつは」
蓮がちょっと目を潤ませていた。ああ、わたしもなんか感動した……けど、あれ?
「待って、冷静に!わたしの意志が今見事にすっぽぬけたよ!?」
「あ、それも俺の知ったことじゃないから。それと蓮、俺が応援して梅乃ちゃんを誰かに取られるなんて無様なまねは許さないからな」
王子……なにげに暴君だった……!
「わかった、俺も頑張るよ!」
「蓮も素直に励まされるな!」
なにかが……何かがどう考えても斜め上な感じだ……。
唖然とするわたしを前に二人は友情を確認しあっている。と、背後から肩を叩かれた。
「お、久しぶりに三人揃っているじゃん」
そう言ってきたのは、高瀬先輩だった。
「よー、ウメちゃん。おかげさまでした」
そういえば、高瀬先輩は今は高瀬生徒会長だったっけ。
「いえいえ。お安い御用で」
「じゃ、応援してくれたウメちゃんに、御礼返し」
そう言って高瀬先輩はなにやら書類をテーブルに乗せた。
「今日の生徒会で、決めました」
「なんですか?」
その書類の束をわたし達三人は覗き込んだ。
「『女子寮早期建設要望』『校内女子生徒向け環境整備』『女性教員の増員提案』ほかにもいろいろあるけどねー」
そういえば、いろいろ滞っていたなあ……。
「いいですね。うまく参考にしてもらえるようにわたしもお祈りします」
なむー、と書類に向かって手を合わせる。
「え、これ、威力あるよ?」
高瀬生徒会長がにいって得意げに笑った。
「あのね、うちの生徒会って、経営陣に結構無理難題つきつけてもわりと嫌な顔されないんだよ。経営陣の中にも王理の生徒会出身がいるからさ。だからこれ、おまじないじゃないからね。俺が責任もって近日中に通すから」
横を見ると、一成君までうなずいている。
「だから誰かさんも、生徒会が欲しかったんだよな」
なんだか含みのある言葉を向けた高瀬先輩を一成君は嫌な顔をして見た。うわー、もしかして高瀬先輩って、一成君の考えていたこととか知ってそう。一枚上手だったって感じかなあ。
「ってことで、俺、王理に頼みがあってきたんだけど」
「え、なんですか?」
「お偉いさんが来るって噂、聞いたんだけど。王理もその時に一言口添えできない?」
「あー……名誉会長のことですか。っていうか、先輩なんでそんなこと知っているんですか……」
隠せないほどに疑わしげな目で一成君は高瀬先輩を眺める。
「俺イズ有能だからな。麗華先生は梅乃ちゃんを好きだろ、梅乃ちゃんが幸せだと麗華先生も嬉しい。梅乃ちゃんを助けた高瀬君スゴイ!ってなるわけだ」
高瀬先輩の有能さの振り分けの一極集中ぷりってヤバくないか。
それはそうとして、と一成君は続けた。
「俺のひいじいさんにあたるんだけど、もう現役は退いて、ほとんど海外のリゾートとかで悠々自適に暮らしている人がいるんだ。でも退いても影響力はある人でさ。たまーに、戻ってきたときにはもちろん一族総出で出迎えるし、ひいじいさんの一言で、一族大混乱とかあるよ。俺も再来週の食事会には呼ばれているんだ、面倒くさい」
迷惑なじいさんだ。
「ま、食事会の時に機会があったら伝えます」
「よろしくな。それとさ」
生徒会がらみの話を始めてしまった一成君と高瀬先輩だったので、わたしと蓮は手持ち無沙汰になってしまった。
「じゃあさ、部屋に戻るね」
わたしはそう言って、蓮と一緒に食堂を離れた。
「結構うまくやっているんだね、あの二人」
「高瀬先輩、わりとああ見えて懐広いからな」
なんていいながら階段を上る。あ、そういえば。
「あのさ、蓮、ちょっと頼みがあるんだけど」
わたしは廊下で立ち止まった。




