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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act8 十月、王理一成、殴る
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8-4

どうしてなんだろうという素朴な疑問。


 どうして、一成君は『王理』という組織を嫌っているんだろう。

 いくら直系の正妻の子どもであっても、それはあまりに大きく姿は視界に収まらないほどなのに。父親でも母親でもなく、『王理』。

 わたしはその疑問を抱えたまま、数日を過ごしていた。

 学校や寮は、確かに今までと同じだ。でも、わたしはいくらかの緊張を持って日々を過ごしていた。教室を見て、時々不安になる。

 多分一成君が本気になったら、普通にわたし、ハブられるんだろうなあって。

 蓮は味方でいてくれると思うし、鮎川君とかそのつながりで数人は話してくれるかもしれない。でもやっぱり寂しいな。

 一成君の言うとおり、何もしないでいればいいのかな、と思うけど、しかしまあ実際問題。

「……梓の方がマジ怖い……」

 梓は『王理高校の代表たる生徒であれ』って、まあいとも気楽に言っているわけで。そそそそその期待を裏切った日にゃ……!

 でも梓にこの一件を相談するのも嫌だ。梓が一成君に何を仕掛けてくる分からないから。

 ろくでもないことをやらかしかねないってことだけしかわからん。そしてそれだけ分かれば充分。

 わたしは、午前最後の授業が終わると、すぐに立ち上がった。

「ウメちゃん」

 蓮が声をかけてくる。多分気を使っているんだろうな。教室内でも、わたしと蓮と一成君の間にあるよそよそしさは、感じ取られているみたいだし。

「昼ごはん……」

「ごめん、ちょっと別のところで食べる」

「美術室?」

「ううん。蓮は大丈夫?」

「俺は鮎川達と食うけど……」

「じゃ、ごめんね」

 わたしはバッグを持って教室を出た。足は迷い無く向かう。

 ほんとは蓮を巻き込んだ方がいいのかもしれないけど、自分でも愚行だとわかっているから、それに巻き込みたくなかった。


「失礼します」

 わたしは一階のとある部屋のドアを開ける。暇そうにしていたのに、わたしを見て不自然に立ち上がったのは理事長だ。

「ど、どうした久賀院」

 あの文化祭の日以来、なんとなくぎこちないのは理事長も同じ。あえて二人にならないようにわたしも気を使っていたけどそんなこと言っている場合じゃない。今日は保健室に奇襲だ!

「全力で具合が悪いので、今日はここで昼ごはんを食べます!」

「すごい元気そうだが……」

「見た目で判断しないでください。あ、売店で買った特盛カツどん、あっためさせてくださいね」

 保健室の電子レンジにわたしはお弁当を放り込んだ。よし、他には誰もいないな。

「と、特盛か」

「具合が悪かったら特盛食べちゃいけないんですか」

「しかも、そこにあるのはデザートのプリンか」

「あげません」

 へこたれている場合じゃない。気合と体力充填しなきゃ。

 電子レンジの軽やかな出来上がり音と共にわたしは理事長に言う。

「今日はどうしても聞きたいことがあってきました」

 理事長の表情は何かの見本市みたいにくるくる変わった。

「い、いや久賀院、まて。早まるな」

 わたしは誘拐立てこもり犯か。一体何をいうと思われているんだ。ってそこまで思って、ああああって叫びそうになった。

 わたし、理事長に告白するとかって思われている?

 そうだ、理事長はわたしも気持ちを知っているんだ。あの時聞いているんだもん。そんなわたしが威勢よくやってきたら、そりゃそう思うよ。どうしよう、どうしたらいいんだ!

「ち、違います、理事長。わたし別に理事長のことなんて全然好きじゃありません!」

 あ。

 動揺のあまり、心にもないことを……!

「あの文化祭の時のあれは、と、鳥海君にいろいろいわれてついうっかりそんな気になっただけです。気の迷いです!」

「……そ、そうか。それならいいんだ……」

 理事長は立ち上がっておろおろしていたその身を椅子に下ろした。なんとなくその表情が固いような気がする。

 フォロー……フォローになったのかな……?確かにわたしの恋愛感情は否定できたけど……でも、好きじゃない、なんて、別に言いたくなかったのにな……。


「で、どうしたんだ」

 理事長の前に椅子にわたしは座り込んでカツどんの蓋を開ける。

「あの……ぶしつけなんですけど、理事長のお父さんってどんな方なんですか」

「は?」

 理事長がおにぎりのパッケージをはがす手を止めた。

「えーと、俺の父親か」

「そうです」

「何故?」

 鳩が豆鉄砲食らった顔ってこんな感じだろうか。

「どうしても知りたいんです」

 つべこべ言わずにとっとと吐け!とかまさかいえない。本当は、こんなこと聞いちゃいけないんだ。だって理事長のお母さんって、一成君のお父さんの愛人だったんだから。そういった複雑なプライバシーにわたしは踏み込もうとしている。それでもどうしても聞きたい。

「……そんなに語るほど父親については知らんのだがな」

 ため息をつくように理事長は言った。

「幼い頃はろくにあったこともないし、進路をどうするとか言う話になった時にようやく向かい合って話をしたぐらいだ。金銭面の援助は充分だったが父親としての印象は薄いな。ただ、あまり悪い感じはしない人だった。裏表がなくてあっけらかんとした感じだ」

 ……あれ、そうなんだ。

 わたしは思ったより高評価の印象に驚く。だって一成君のお父さんは複数の愛人を作っているような人だから、もっと外道っぽいのかと思っていた。でもそういえば、蓮も前に、一成君のお父さんはざっくばらんないい男、とか言っていたなあ。

「そうなんだ……」

 わたしはうつむいて、カツどんを食べ始めた。

「ただそういえば……、正妻……の立場の方が随分前から具合が悪くて、気に病んでいるという話は聞いたことがあるな」

「え」

 思いもよらずに、一成君のお母さんの話まで!

「ただこれ以上は知らないし、知っていても保健室の先生として王理一成のプライバシーの観点から何もいえん」

「教えてくださいよ!」

「お前も無理難題叩きつけてくるなあ……あー、知らん知らん。それにな」

 理事長はわたしに噛んで含めるように言った。


「こういった個人の家庭の事情と言うのはむやみやたらに聞いてはいけないんだぞ。それは無神経と思われても仕方ない」

 ……知ってるもん。

 わたしはうつむいた。

 そんなの知っているもん。でもどうしても知りたかったんだもん。でも理事長は今、わたしのところ無神経って思っているんだな……。

 わたしはちょっと口を尖らせる。でもそれは、怒っているからじゃなくてそうやって口閉じておかないとなんだか泣いてしまいそうだからだ。

 一成君のことなんて放っておけばよかった。でもこのままって言うのはなんだかすごく嫌だ。わたしはどうしても一成君がわたしを邪魔にする理由を知りたい。

 きっと一成君に聞いても何も言うはずが無い。だから理事長に聞いたんだけど。

 でも理事長にそんなふうにバカな子だと思われるなら、やめておけばよかった。でも。

 多重構造の『でも』を抱えながらわたしはカツどんをばくばく食べ始めた。どんなに『でも』が続こうとも、一成君とちゃんと関わりたいっていう気持ちは、構造の最深部にあるんだもん。だったらこうなるしかなかった。理事長にどんな風に思われたって。

 どうせ理事長は、わたしを梓に差し出しても平気なんだし。

 平気だ、平気だ、って言い聞かせながらわたしは理事長と一緒にお昼を食べていた。


「それより、久賀院、お前そのメニューはバランス悪いぞ。せめてこれも飲め。生徒の食生活の改善も俺の仕事だ」

 と、理事長は人の昼ごはんをじろじろ覗き込んだ挙句、わたしに紙パックの野菜ジュースを差し出してきた。

「あ、すみません」

「しかしこうやって話をするのはひさしぶりな気もするな」

「そうですね、先月は文化祭で忙しかったし」

「結局ミスコンは、熊井が三連覇を納めたんだよな。演劇に関してはお前たちの組は残念な結果だったな。三位だったか。けっこう見ていた連中にうけていたようだが……その、なんだ、若干一名大根役者が……」

「そういわないで下さいー。ああ、とりそこねた食券のことを思いだす」

「まあ来年があるから頑張れ」

 理事長はそう言って笑った。そうだ。あの夏の旅行から、理事長は比較的わたしに笑いかけてくれるようになったんだ。でも、それはきっと、梓のことをわたしに頼んで気が楽になったせいだろうな。ほんと、この野菜ジュースといい、理事長にとってわたしって、完全無欠に生徒なんだな。それ以外のなんでもないんだなあ。

 ……悲しくなる。

 一緒にご飯食べていても楽しい一方で悲しい。ちぇ。

「……久賀院」

 と、妙に歯切れ悪く、理事長が言った。

「……別に一人の生徒を贔屓するというわけでもないんだが、実はここだけの話なんだが先日商店街のくじ引きで、全部で18回ひいてあとはポケットティッシュしかあたらなくてそれはまあ腹だたしかったんだが、なぜか二等の遊園地のペアチケットが当たってな、いや俺としては五等の靴下詰め合わせの方がよほどよかったんだがまあ当たってしまったものは仕方ない、しかし問題はあれがペアということで、俺が一人で行っても、周囲に気味悪がられるのは目に見えているのだ、どうだろう、ちょっとお前、足を伸ばしてみないか、あ!いや、誰か一緒に行きたいようなヤツがいるのならペアでくれてやるぞ、い、いいか贔屓じゃないぞ」

 ……上記文章の要点を、十字以内で述べよ、みたいな文だ。しかもかなり難解だ。

「え、えっと、理事長?」

「贔屓じゃないぞ」

 保健室の先生が一体どのテストで底上げしてくれるのか……。

 …………えええええ?

「理事長、それは、わたしを遊園地に誘って!?」

「しー、声が大きい!そして贔屓じゃない!」

「行きます!理事長と行きます!」

 わあ……急に世界が薔薇色っぽく見えてきた……。

「行きますー、いつにしますかー」

「なんだか急にがぶりよりな話し方だな。ちょっと今月は忙しいからしばらく先だが」

「わたしはいつでもいいです~」

 えへへへ、俄然元気出てきた!よおし、カツどんも完食した!

 頑張るぞ。頑張って一成君と普通に話せるようになる!

 だから思った。

 さっき理事長に、全然好きじゃないですなんてやっぱり言わなきゃよかったなって。

 好きなんていえないけど、でも、もっと言い方あったなって思った。




 昼休みも終わりかけてわたしは元気よく保健室を出た。スキップ並みに軽やかな足取りで教室に近づくと、教室の方から一成君が他のクラスメートと歩いてくるのが見えた。もうすぐ授業始まるけどその前にジュースでも買いに行くんだろう。うまく微笑むこともできないままわたし達はすれ違う。

「なあ王理、さっき深刻そうに電話していたけど平気なのか?」

 一人が一成君にそう話しかけるのが聞こえた。

「ああ、平気だよ。病院からの電話は結構頻繁だけど、そんなに今すぐどうこうってことはないから」

 そんな風に一成君が答える。そういえば、多くは語らなかったけど、一成君は具合悪い家族がいるって言っていた。理事長からそれが一成君のお母さんだと聞いたのはさっきだ。


 待て梅乃!

 かつて、一成君は家族が入院してる病院名を教えてくれたことがあるぞ。

 思い出せ!


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