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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act8 十月、王理一成、殴る
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8-2

 十月の屋上は、十分秋の……ううん、冬に近いような風が吹いていた。

 わたしと蓮は屋上の柵に寄りかかり、眼下の校庭を見下ろす。蓮がどうして美術室の前になんてこっそりいたのか、そんな話をするために。

「焼き芋と焼きりんご、どっちが好き?」

「どっちも好き」

「じゃあ焼き秋刀魚」

「うーん選択が難しいなー」

 あ、いや、別にこれは前フリというやつで、全然雑談なんかじゃ。



 実際、わたしにも蓮にもいごこちわるい空気だった。

 二人とも、何を話していいのかわからなかったから。高瀬先輩が蓮の何を指摘したのかわたしには全て見通せるわけ無いし、蓮も返事を保留にしているわたしが次に何言い出すか気になって落ち着かないみたいだ。

 両者見合って……とか言われたら、きっぱりと無理と答えられる。距離を計る野生動物と人間みたいにわたしと蓮はとりとめの無い会話をしていた。

「……理事長のどこが好き?」

 そして、世間話のついでみたいに蓮は言う。

 ぎゃっ、ってわたしは慌てたけれど、それでも内容のない会話をしているよりはマシだった。

「よくわかんない」

 わたしはうつむく。

 頭固くてサムライで、でもだからこそ純情で。

 男尊女卑の気はあって、でもそれは騎士道精神と裏腹で。

 明らかに欠点だと思うところと、逆に惹かれるところは、やっぱり同じものみたいだ。

 人相悪いけど、それは多分凛々しさと髪一重なんだよー(これは贔屓目か?)

「顔も性格も俺のほうがいいと思うんだけどなあ」

「まあ同意してもいいよ」

 わたしは蓮の言い草がおかしくて笑ってしまう。その自信は一体なんなのか。でもまあ若さもあって多分蓮のほうがわたしの愛読書である少女マンガ的には、一成君には適わないまでも王子なんだと思うよ。

「テクも大きさも回復力も俺のほうが絶対すげえはずなのに」

「な ん の 話 だ エ ロ 王 子」

 わたしは呆れて、でも少しもどってきたいつものバカバカしい空気にほっとしていた。

 文化祭の日以来蓮とはずっと会話がかみ合わなくて、とても寂しかったから。でもまあこんなことはいえないけどね。

「ウメちゃんさ、理事長に告白とかするわけ?」

「……今更。だってあの時ばれちゃったじゃん」

 理事長とのぎこちなさを思うと、なんだが痛いものが目に沁みる。

 理事長は何事もなかったようにふるまっているけれど、明らかに様子がおかしい。あのテントを徐々にわたしの部屋の前から遠ざけたり、かとおもえばなにやら思い直したように設置しなおしたり。わたしもわたしでぎこちないから、時折交わされる会話は相当ピントがずれたもののはず。ほんと、あの時がやり直せるならな。

 ……告白なんてするもんじゃない。

「告白しなかったら付き合えないよ。あの理事長がウメちゃんに告白なんてありえないし。理事長がどう思っているかはさておいてもさ」

「そんなの知ってるもん」

「じゃあ何かい。ただ見て暮らすっつーの?理事長は別に風光明媚な世界遺産じゃないぞ。そんなんだったら俺とつきあったほうがよっぽど建設的だと思うけど?」

「今考え中なの!」

 何を考えようか考え中なのだ。

「だから俺のところ考えてよってお願いしているじゃん、俺の本気ってどうやったら伝わるんだよ」

 蓮は噛み付くような勢いで言う。その口調の険しさに、わたしは蓮の葛藤も少しわかってしまった。もしかしたら、わたしと普通に冗談めいた話をすることさえ、蓮にとっては多大な努力を必要としているのかもしれないって。

 だってわたしは理事長と普通に挨拶することさえ、今はままならないのだ。

「俺は」

 蓮の表情に、わたしは気がつく。蓮は、言おうとしている。

「蓮」

「本当は俺、こんなこと、何一つ言えた立場じゃないんだ」

「蓮!」

「でも俺は、もう黙っているままじゃいられない。どんなにウメちゃんを守っても、言葉を重ねたって、謝らないと始まらないことがあるんだ。毎日毎日ウメちゃんとこを好きだなあって思うたびに、つらくなってくる」

「蓮!待て!」

 わたしの剣幕は蓮を止めた。

「いいからその言葉の続きは無くてよし!」

「……ウメちゃん?」

 蓮は怪訝な顔を隠すこともできない。

「ウメちゃんもしかして、もう気がついて……?」

「うるさいな。わたしがそれ以上言わなくてよしといったらそれはそれでいいんだって。今は蓮が悔いていることもわかっているし、わたしを本気で守ってくれていることも分かっている。だから昔のことなんて言わなくていい」

 蓮がわたしに謝りたいことがあるとすれば、それは蓮だけの問題じゃない。他の誰かを巻き込む。その誰かがわたしを敵だと思っているのなら、それはわたしの敵だ。蓮にまで、その人の敵になってもらわずとも、わたしは一人でその人には立ち向かいたい。

「……高瀬先輩の言っていたこともなんとなく分かる」

「……俺が、本気で牽制を無視すれば、後に続くやつは一杯いるだろうから……。まあろくでもないやつもいるから、俺はウメちゃんからしばらく目を離すつもりはなかったんだけど……」

「だから、美術室の前で警戒していたの……バカみたい。麗香先生と高瀬先輩しかいないのに」

「あの二人ならいいけれど、中に入ろうとするずうずうしい連中もいるんだよ。まあ麗香先生狙いも大勢いるみたいなんだけどさ。その辺は区別するのは面倒だから、全員追い返していた」

「……麗香先生が『最近美術室に生徒が来ないの……』って寂しがるはずだよ……」

「まあね。でもさりげなく高瀬先輩には恩が売れたなあ……」

 蓮がなんだか少し泣きそうな顔で言う。

「俺は、ウメちゃんとぎくしゃくするのはつらい。でも何事もなかったかのようにもただの友達なれない。かといって、ウメちゃんからきっぱりと距離を置くのはもっと無理。前みたいには行かないけど、でも俺を避けないでよ」

「ん……」

 わたしは顔をあげる。

「ごめん。わたしも逃げ出してずるかった。ごめんなさい」

「うん……ありがとう」

「蓮のことは友達としてもしくは対エロ上司の訓練としか思えないけど、これからも友達でいて欲しい」

「ちょっとまて。今なにか一言多かっただろ」

「気のせい」

 でもそんでわたしと蓮は笑いあった。文化祭が終わってから始めての、いつもみたいな会話だった。

「あーあ、本当に今まで一度もフラれたことないから、俺どうしたらいいかわかんね。わかる?」

「自慢だけならまだしも相談するか」

 するっと蓮の手が伸びてわたしの肩を抱いてきた。あんまり下心とか感じなくて、からりとしたオヤジの『まあまあスキンシップだよこれは』風味だったので、ま、いいかなんてわたしは思ってしまったのだ。

 どっこい。

 蓮の開いていた片手がひょいとわたしの前髪をかけ分けたかと思うと、額に柔らかいものが触れた。

 それはあっという間に離れたから、一瞬の出来事だったけど。

「れ……れ……蓮ー!」

 わたしは怒鳴りつけた。

 それと同時に右手でパンチを左足で回し蹴りを連続攻撃でたたき出したけど(上右下下AB、RL同時押し)蓮はさらりと避けて笑う。

「いいじゃねーかよ、おでこにチュウぐらい!」

「よくないよ!何考えて……!」

「減るもんじゃないし、ケチ!」

「減る!絶対減る!なんだかわからないけど何かが減る!」

 叫びながら、加速つけて飛び蹴りしようと思ったわたしの行動を察したかのように蓮は避けると、屋上から逃げ出した。

「いいじゃん、手付金くらいくれよ!」

「誰がいつ蓮のものになるって言ったよう!」

「いつでも言ってくれて大丈夫だ!」

「言うもんか!」

 ばたばたと音をたてながら階段を下りたわたしは、一階で蓮に追いついた。

「蓮!」

「二人とも、廊下を走ると理事長が飛んでくるよ」

 蓮に追いついたのは、蓮が急に立ち止まったからだ。その視線の先にいたのは、一成君だった。

「一成君」

 わたしと蓮と一成君がひさしぶりに向かい合った。夏休み前まではいつだって一緒だったのに、あれはなんだか遠い昔みたいだ。

「一成君、帰り遅いんだね」

「うん、生徒会関連の仕事があって」

 きまずそうな蓮とは逆に、一成君はいつもどおりだった。ああ、そういえば、という口調さえ聞きなれた感じの自然なものだった。

「そういえば、梅乃ちゃんに頼みたいことがあったんだ」

「何?」

「あのね、俺の知り合いの先輩が、生徒会長に立候補するんだけど、応援演説してくれないかな。俺がいうのもなんだけど、温和ないい人だよ」

 ありゃー。なんだかわたし本当に最近になってモテモテ。

「ごめん。高瀬先輩に先に頼まれちゃったんだ」

「あ、そうなんだ。高瀬先輩もでるんだ」

「やっぱり対立候補に同時に応援演説するわけにはいかないよね」

「まあねー」

 そういって、一成君は鮮やかなあの微笑を見せる。

「残念。少し遅かったかあ……じゃあ仕方ないや」

「ごめんね」

「いいよ。気にしないで」

 それじゃ、と一成君は軽く手をあげて、わたし達の横を通りすぎる。蓮にも「あ、俺遅いから先帰っていいよ」なんていつもどおりに気さくに言って。

 だからこそ。

「一成君」

 わたしは、彼の背中に呼びかけた。微笑をくずさないまま一成君は振り返る。


「一成君、今度はわたしにどんな嫌がらせするの?」


 わたしはあの笑顔に対抗できるものがどんな表情なのかさえわからぬまま、唯一つたどりついた真顔で彼に言う。

「カンペ盗んで、モニカで危ない目にあわせて、屋上に閉じ込めて、傘折って。それで、今度は応援演説断ったら、どんないじわるするの?」


 一成君はそれでも微笑んでいた。


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